カムナブレス伍式 89
蝿たたきと言うと簡単そうに思えるが、それが十匹以上、同時に襲いかかって来るとなると、途端に難易度が上がる。
まずは観る。
動きを観察し、パターンを見極める。
そして、視る。
魂の動きで俺の予測を補強していく。
優先順位で危険度の高いものから、排除すべきか、避けるべきかを決めていく。
これらは瞬間的なものだ。
最初は二匹いるだけで、頭が追いつかなくなって噛まれていたが、少しずつ対処できる数が増えていく。
この三か月、何度も何度もベルゼブブの蝿と対峙してきたのだ。
七、八と数えながら、蝿を叩く。
その度に、バヂッ! と高圧電流が爆ぜる。
「思ったよりも数が多い!」
「密集陣形を取れ、フォローし合うんだ!」
「くそっ! ま、とわりつくんじゃねえよ!」
本来なら俺が勝てないはずの隊員たちが、その数に押されて傷ついていく。
彼らには俺のような魂を視る予測などない。
パターンの見極めと反射だけで、俺と同程度の蝿を相手にしているのだ。
九、十と蝿を叩いて、攻勢が弱まったところで他の隊員にまとわりつく蝿を叩きにいく。
だが、その数はやはり脅威だった。
何千というベルゼブブの蝿が連なる様は、まるで龍のように見える。
十匹やそこら叩いたところで、それは何の意味もないように見える。
二百人もの機動隊がいたところで、龍を前にしたら、それは風前の灯に見える。
春日部隊長から無線が届く。
「日生想士。カムナブレスの使用を許可する」
カムナブレス。改良に改良を加え、今では伍式。
ただし、俺の全てを吐き出すような、ピーキーな設定にしてあるため、使いどころが難しい。
だから、これを使うためには春日部隊長の許可を必要としている。
俺は叫んだ。
「変身!」
全身を『想波』の鎧が覆っていく。
弐式の頃は手甲と胸、盾と剣を形作るのに精一杯だったが、今は全身。
全身を覆ったことで、盾を無くし、完全にどこかの特撮ヒーローのような出立ちになった。
背中や肩、その他全身に六十か所あるのは『想波噴流』の噴出孔だ。
俺は噴出孔から、俺の中の有り余る『想波』を吐き出す。
ソレは俺を空へと誘う。
全力機動で約三分。攻撃に『想波』を割けば、その分、機動時間は短くなる。
時間は掛けられない。
一撃で決める。
空へと駆けた俺の『想波』を固めて作った半透明の鎧の光が目印になったのか、龍がその顎を俺へと向けて、持ち上げる。
機動隊員たちは、俺が空へ上がったことで、慌てて逃げ出した。
俺は腕についた噴出孔を龍へと向ける。
身体を持ち上げる厚みと勢いを持たせた『想波』ではなく、鋭さと熱気を持たせた『想波』を込める。
これは気分の問題だが、どうやらこの俺の気持ちは『想波』に影響する。
敵を貫き、燃やし尽す『想波』。
「くらえ! 『星辰源流』!」
ぶわあああああぁぁんっ!
蝿の羽音が重なって、怪物の叫びのように聞こえる。
その叫びを打ち消すように、光の奔流が龍を押し流していく。
それは巨大なベルゼブブの蝿どもの魔力を狂わせ、変質させていく。
その魔力の変質に耐えられなくなった蝿は自滅していく。
外林研究員によれば、おそらくこれが『想波』という『テラの戦士』に授けられた力の源流。
異世界のものをこちらの世界のものにしてしまう人間の受動的多様性だろうという話だった。
意味が分からないと言うと、神話・伝承によってこちらの世界に来た『再構築者』に縛りを与えるのと同じ力だと言われたが、とにかく、この力で敵を倒せることが重要だと思ったので、考えるのはやめた。
最後の一絞りの『想波』で地上へと降り立つ。
カムナブレス伍式の力で顕現していた鎧が溶けるように消えていく。
「一匹も逃すな! 殲滅しろ!」
春日部隊長の檄が飛ぶ。
力を使い果たした俺は、ゆっくりと膝を着く。
どうにか、ここで見つけたベルゼブブの蝿は殲滅できそうで、ホッとしながら俺は意識を失うのだった。




