甘い時間 84
甘い……。
魂に味があるのかと言われればない。
だが、たしかに俺はゼタルの魂から、甘美な何かを感じた。
それは、物心ついた頃、初めて食べた甘いお菓子のようで、当時の俺はその甘さに魅了され、気持ち悪くなるまで食べ続けたらしい、というのは親が聞かせてくれる俺の可愛かった頃トークの鉄板ネタだ。
今となっては、親と疎遠過ぎて、そんな話を聞いたのも、それなりに前に感じてしまう。
そんな昔のことを思い出すような甘さがあった。
「ふん……欠片では伝わらなかったが、さすがに丸々ひとつの魂を喰らえば、この感覚は共有できるようだな……」
俺は満足そうに言った。
「どうだ、命の味は?
他者の全てを我が身に取り込み、蹂躙する感覚というのは、格別だろう?
ましてや、日生満月にとっては、本来及ぶべくもない生命のその中心であり、全てだ。
旨さもひとしおではないか……くくく……」
分かる。俺の言っていることが痛いほどに分かってしまう。
俺の中の欲望というやつが、ムクリと起き出してくる。
例えるならば、レベル1の俺が、はぐれメタルを運良く倒して、延々とレベルアップの音を聞くような快感と言えば伝わるだろうか。
たぶん、この魂というやつにはレベルなのか位階なのか知らないが、強度みたいなものがある。
それが自分の中で高まっていくのを感じる。
それも急激にだ。
ああ、もっと欲しい。
俺の魂が高まっていくのが分かる。
「……月くん! 満月くん!」
空を見上げ、呆然と立ち尽くす俺に、亜厂が縋る。
「ねえ、どうしちゃったの!?
なんだかおかしいよ!
繋がりが消えちゃったよ! なんで!?」
おそらく血が足りないのだろう。
ふらふら、と立ち上がることもままならない状態で、亜厂は必死に俺に語りかける。
俺の視線は亜厂へと向かう。
その俺の表情は、おそらく鼠をいたぶる猫のような顔をしていると思う。
「ふむ……我はゼタルをその肉体ごと殺したのだ。
お前の犯すべからざりし禁を破ってな……。
お前を助けるためには、ゼタルを拘束している暇などなかった。
分かってくれるか?」
そう言って見せた俺の右腕は、ゼタルが取り憑いていた男子生徒の心臓を貫いたために、血塗れだった。
───おい、何を言って……───
ソレをわざわざ亜厂に告げる意味が分からない。
だが、俺に俺が抗議しようとしたところで、亜厂は、へにゃりと座り込んだ。
「うん……満月くんは悪くないよ……これは私……私が背負うべきものだから……満月くんは気にしないで……ごめんね……」
地面に尻を着けて、亜厂は悲しそうに笑った。
俺は俺の倫理観を救うためか、亜厂の矛盾を引き出そうとしてかは分からないが、責任を亜厂に背負わせようとしている。
亜厂は亜厂で、その亜厂の倫理観を守るために剣を落としたはずなのに、今度はその倫理観を捨てようとでも言うのか、自分の責任だと宣言した。
「何故、笑う?」
俺は不思議そうに聞いた。
「だって、満月くんにもう一度、会えたから……」
死を覚悟したのだろう。今だって、本来はこんな悠長に話している場合ではないのだ。
俺は、俺の操作をベリアルから奪った。
無理やりだったためか、身体から力が抜けて倒れそうになるのを、どうにか堪える。
言わなくちゃいけないことがある。
「亜厂……俺も背負うよ……」
俺は震える手で、そっと亜厂の涙を拭おうとして、やめた。
血塗れの手では、亜厂の顔を汚すばかりだ。
だが、俺が下ろそうとした手を亜厂が掴んで、そっと自分の頬に当てた。
「ありがとう……」
亜厂の泣きそうな眉間の皺が、少しだけ緩まった。
俺たちは自然と見つめ合い、お互いの
距離が縮まっていく。
ごほんっ、と機動隊員の咳払いが聞こえ、俺たちは我に帰る。
「担架が来た……亜厂想士を乗せるぞ……それと、真名森想士も無事に保護した……命に別状はないそうだが、衰弱が酷い。もう少し遅かったら、助からなかったそうだ。
ギリギリだったな。すまない。
いつも戦いは、若い君たちに任せるしかない。感謝している」
そう言って、機動隊員は俺たちに敬礼をしてくれた。
だが、その後、少しニヤついて言う。
「日生想士。君も一緒に担架に乗って行くか?」
「歩けます……」
機動隊員と連れ立って、組木さんたちの待つ校門へ向かう。
「邪魔して悪かったな……」
「いや、そういうんじゃ……」
軽く肘でつつかれるのだった。




