神のために葡萄を絞る者 82
俺はアバクタと、亜厂はゼタルと対峙する。
自動的にそうなっただけだが、これは良いマッチアップだろう。
アバクタの奇跡は、遠隔で心臓の動きを弱らせる【選定】、身体に十字の傷を刻み、直径三メートル範囲に体外から圧力を加え、血を噴き出される【罪の烙印】、金属製の死神の鎌を現出させる【火の大鎌】の三つが見えている。
【選定】と【罪の烙印】のコンボは亜厂だと破れない可能性がある。
それでいうと、ゼタルが見せている奇跡は、火炎放射を浴びせる【浄化の炎】と金属製の両刃の剣を現出させる【火の剣】のふたつ。
よく分からないアバクタの奇跡よりも、ゼタルの奇跡は直接的で分かりやすい。
そして、亜厂も直接的なタイプなので、噛み合うと言っていいだろう。
アバクタとゼタル。どちらも転生したばかりで侵食率が低そうだ。
これ以上の奇跡はないと仮定しても良さそうに思う。
特殊な奇跡があるなら、わざわざ武器を現出させたりしないはずだ。
俺は愚直に突進する。
仕方がない。『再構築者』にはパワーもスピードも敵わない。
唯一、対抗できるのがスタミナしかないのだ。
アバクタの虚をつくことで一撃は入れたが、後はあしらわれるばかり。
相手に攻撃の機会を与えないように、延々と休むことなく攻撃を続ける。
亜厂のように、研鑽された技や『欲望』があれば、別の戦い方もできるが、ソレがない以上、俺が狙うのは、相手のスタミナ切れだ。
「くっ……まるで羽虫のようにまとわりつくね……」
羽虫で結構。今回はベリアルに期待もできない。
ゼタルとアバクタの狙いは、『大祭』の混乱だ。
それ自体はベリアルの目的とも合致する。
下手に身体を譲ると、ベリアルが何をするか分からない。
羽虫だろうが、ゴキブリだろうが、アバクタが発狂するまで、まとわりついてやる!
春日部隊長たちに教わったことが俺の全てで、それはまだ、俺の中で技と呼べるものにはなっていないが、それでも、戦う心構えだけはできたように思う。
力で弾き飛ばされても、そのまま低く足元を狙い、避けられても、下から盾ごと突き上げるように動く。
「はあ……はあっ……ぬっ……【選定】!」
「効くかっ!」
「おのれ、なぜ奇跡が効かないか!」
「さあな……考えが足りないんじゃないかっ!」
思考に集中すれば、動きが鈍る。
俺はわざと挑発するように言った。
次第にアバクタの動きに隙が生まれる。
大鎌なんて、ただでさえ扱いにくい武器だ。
だのに、アバクタは大振りを多用する。
弾きに来る大鎌を盾でずらす。
アバクタは未だ俺のカラクリに気づけず、だんだんと息が上がって来た。
剣を突き出し、アバクタは避けきれず、細かな傷を負う。
「羊がっ羊がっ羊がっ羊がっ羊がっ羊がっ……」
イラつき、それがまた余計な思考と余計な動きを生み、アバクタは狂乱、一歩手前といった感じだ。
一方、亜厂対ゼタルはまともな剣の勝負に入っている。
しかし、やはりゼタルは『再構築者』だ。
技はない。
人間のように小賢しいことをしなくても、パワーとスピードで勝負ができてしまうのが、『再構築者』の弱点とも言える。
打ち合いだが、亜厂は自身を『想波』で強化して、力負けはしないし、足りないスピードは技でカバーしている。
ゼタルと亜厂は体格があまり変わらないため、亜厂にとっては逆に組みやすい相手のようだ。
「くらえ! 【浄化の炎】!」
「守れ、【トツカノツルギ】!」
放たれる火炎放射を、空中に浮かんだ『木刀ボールペン』が絡め取るように消し去っていく。
その瞬間に亜厂の鉄拳がゼタルの顔面にめり込む。
「ごはっ!」
ゼタルが怯んだ隙に、『木刀ボールペン』を掴んだ亜厂の袈裟斬りがゼタルの肩を強かに打った。
「くっ……もっと時間があれば、お前程度に遅れを取ったりしないのに!」
負け犬の遠吠えのようになっていた。
俺はアバクタに降伏勧告する。
「このまま肉体を失って、彷徨うか?
それとも、大人しく封印を受けるか?
大祭は俺たちが潰す!
よって、魔王は生まれない!
それなのに、無駄な努力を続けるのか?」
「ぜひ〜、ぜひ〜……わ、分かった……分かったさ……どうせ、我らを捕まえたところで、いつまでも封印できやしない……はぁはぁ……我らの影響は根深いのさ……次の機会を待つとしようじゃないか……」
「いいだろう」
ようやくアバクタは折れた。
「おい、アバクタ!
何を言って……」
「限界だ! 我は降伏する!
この肉体を失っては、我は後の千年に抗う術を失う。
後はお前の好きなようにやりな」
ゼタルは悔しそうに舌打ちをする。
俺は素早く『人払いアプリ』の機能を反転させ、『封印』を行う。
「さあ、貴方もですよ……」
このタイミングで亜厂もゼタルの説得をすることにしたようだ。
だが、ゼタルは眉間に皺を寄せて、亜厂を下から覗き込むように言った。
「あ〜ん? 降伏?
する訳ないだろ……僕をあんな軟弱天使と同じにするなよ……」
「なんだかガラが悪くなりましたね」
「ふん……僕のもうひとつの呼び名を教えてやろうか?
不死の天使だよ───」
そう言って、ゼタルは剣を掲げて、亜厂に向けて突進するのだった。




