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福音の用務員 79


 俺はカムナリング弐式の鎧をつけたまま、亜厂と『事務棟』へと向かった。


 DDの携帯は学校内で使える万能鍵になっている。

 電子ロックは全て開けられる。

 電子ロックでない扉に関しては、専用の鍵が必要だが、それだって真名森先生に頼めば済むし、いざとなれば『欲望(デザイア)』で開けてしまえばいいのだ。

 俺にはできないことだが……。


 普段は開けられない扉、例えば宿直室や職員専用の待機室、学食の厨房の電子ロックも開けられる。


 『再構築者(リビルダー)』が出る度に、学校を封鎖して探索をする関係で、俺たちにとって学校は勝手知ったる他人の家も同然だ。


 職員室や教頭執務室などを確認して、用務員室へ。


「鍵掛かってる……」


 普段は開けっ放しの用務員室。

 用務員の立花さんは頭髪が真っ白で、心無い生徒からは「おじいちゃん」と呼ばれているが、未だ五十代。

 寡黙だが、いつもニコニコと掃除をしている、ザ・用務員さんだ。

 入学当初、体育館の場所が分からずウロウロしていた時に、場所を教わったのを覚えている。

 少しだけ嫌な予感を覚えながら、解錠して踏み込む。


「なっ……」


 俺と亜厂は絶句した。

 真っ赤な部屋。そこに倒れる一人の女生徒。


「た、大変!」


 亜厂が女生徒を助け起こす。


「あ、ひっ……」


 ぐじゃり、と女生徒の身体が潰れそうになる。

 胸に十字の傷があり、辺りに散乱しているのが、この女生徒の血だと分かる。

 横に十センチ、縦に十五センチ程だろうか。

 まるで十字架のような傷。

 そして、亜厂が抱き起こそうとしたことで分かるように、全身の骨が折れているようだった。

 部屋の血を見る限り、全身の血が吹き出したんじゃないかと思える。


「ダメ……死んじゃダメ!

 これは私の物。だから、傷は治る!」


 亜厂が女生徒にキスをする。

 見る間に女生徒の身体は骨が繋がれ、胸の十字傷も塞がっていく。

 だが、それだけだ。


「……どうしよう。息してない……ねぇ、満月くん、息してないよ……」


 亜厂がもう一度、女生徒に『欲望(デザイア)』を掛けようとするのを、俺はやんわりと止めた。

 首筋の動脈に触る。


「死んでる……」


 いくら『欲望(デザイア)』が万能でも、死んだ人間を生き返らせることはできない。

 俺が今まで復活できていたのは、虫の息だろうと、生きていたからだ。

 俺の眼には、彼女の魂が見えない。

 たぶん、復活に必要なモノが欠けている。


「そんな……なんで……」


 学校の生徒の死に直面するのは、初めてだった。

 もしかしたら、亜厂も初めてなのかもしれない。

 俺はなんだか冷静だった。

 一班の人たちの死を知ってしまったからだろうか。

 この面識のない女生徒、おそらく校章から一年生だろう。その彼女の死を見て、よく分からなくなってしまった。

 こんな簡単に慣れてしまうものなのだろうか。

 でも、そういうものなのかもしれない。


 いつか起こるべきことが、今だった。

 今までは運が良かっただけなのだ。

 『再構築者(リビルダー)』にとって、人間の命というのは、取ったり取られたりするモノ。

 いずれは誰かの死に直面せざるを得ないのだ。


 亜厂が涙を堪えようとして、ポロポロと涙を零していた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 亜厂は女生徒に向かって謝る。

 俺は部屋の中を眺めていて、それに気づいた。


「窓が開いてる。状況から考えると、立花さんがリビルダーになって、怪しまれたかなにかして、思わず彼女を殺して逃げた……時間稼ぎのために鍵を閉めていったってところか……」


 用務員室の入口は靴置き場があり、入る時は見逃していたが、女生徒と立花さんの靴、さらには立花さんのものと思わしき血塗れの靴下の跡が残されている。

 その跡は、走るというより歩いて鍵を閉め、歩いて血の海に戻っている。


 まるで俺たちの発見を遅らせようとしているかのようだ。


「もしかして、ゼタルとテレパシーみたいなもので繋がってるとか?」


 ふとした思いつき。ゼタルの言動からすると、追えば罠があるような口振りだった。

 『TS研究所』の警報に多少のタイムラグがあるとはいえ、ゼタル自身もこちらに来たばかりのはずだ。

 罠を用意して、羽田先輩を刺して、斎藤先輩を迎え撃ったというより、仲間が転生して、そちらと合流しようと逃げたという方が説得力がある。

 だとすれば、やはりテレパシーみたいなかものがありそうだと思った。


───ソレを奴らは福音と呼んでいるがな───


 俺の言葉にベリアルが反応した。

 やはり『福音(テレパシー)』はあるようだ。

 だとすると、女生徒の魂を奪うために殺したという線もありそうだ。


「亜厂、泣いてる場合じゃない。

 皆にこのことを伝えないと……」


 亜厂は女生徒を抱いたために血塗れになった手で、必死に涙を拭きながら頷いた。


「もう、殺させない。殺させないからね……」


 震える声で女生徒に向かって言うと、亜厂は立ち上がる。

 俺は用務員室に備え付けの簡易流し台で亜厂に血を洗うように言いながら、組木さんと御倉たちに連絡を入れるのだった。



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