全滅した一班 75
「近隣警察に通達、不発弾の発見を理由に周囲一キロ四方から住人を退避させろ!
二班を戻せ!
全車、『TS研究所』に移動、装備変更だ!」
春日部隊長から指令が飛ぶ。
一班が全滅したのだ。
全滅、つまりは四人の隊員の生命が失われた。
死んだ。
今までとは違う感覚だった。
今までなら、国防のために命を張った隊員の生命が失われたことに、やっぱりそれなりの痛痒はあったと思う。
だが、春日部隊長以下、隊員たちに鍛えてもらっている今、隊員の死は、知り合い、師匠たちの死として感じてしまう。
胸、鳩尾、腹と良いパンチを連続でもらって、ノックダウン寸前の時、支えてくれたのは一班の加古川さんだった。
「苦しい時こそ前に出ろ! 死中に活だ!」
その言葉通り、ボコボコに殴られている時に前に出て距離を詰めると、相手の間合いが狂い手を出しづらくなることを知った。
他にもグロッキー状態で、俺がトイレで吐いた時、目の前に水を差し出してくれたのは遠山さん。
見様見真似の構えを見てアドバイスをくれた安達さん。
藤見さんは、捕縛術で縄の結び方を教えてくれた人だ。
今となっては、隊員一人、一人と何かしらの想い出がある。
その隊員が四人死んだのだ。
俺の心臓が早鐘のように、ドクドクと鳴り響いた。
悔しかった。
何かできることがあったんじゃないかと、思いを巡らせる。
「くそっ、くそっ、くそっ……」
不甲斐ない自分、頭の悪い自分、未だ戦士としての自覚が足りない自分に腹が立つ。
「日生想士。そう、いきり立つな。
現場では、我をなくした者から脱落していく。冷静になれ」
春日部隊長が俺を、ピシャリと窘めた。
その時、『TS研究所』から全員の携帯に新たな『再構築者』の来訪を告げるメッセージが届く。
「……三班、日生想士を学校に送れ!
待機中の第一中隊に非常呼集、準待機に変更、学校側での不測の事態に備えろ。
命令系統は組木キャップに一任する。
我々はこのまま装備変更後、自然公園の蝿共の駆除だ」
春日部隊長の命令は早かった。
「えっ?」
俺は驚く。この状態で学校に戻れと言われるのは予想外だったからだ。
「何を驚く。蝿ならば我らの通常兵装で対処可能な相手だ。想士の出る幕はない。
想士であるならば、想士しか相手にできないリビルダーに当たれ!
それが適材適所というものだ」
「だって、一班の人たちが死んでるんですよ!
人を殺せる蝿です。俺が居た方が……」
「黙れっ!
貴様は学校だ。こちらは我らだけで対処できる!」
「でも、DDの……いや、ベリアルの魔法なら被害を最小限に……」
「日生想士っ!
我らとて国防、ひいてはこの任務が世界存亡に関わることなのは心得ている。
そのために命を落とす可能性があることもだ。
リビルダーの対処はデリュージョン・デザイアー。
それ以外の雑多な任務は我らが行う。
今のお前は、その身に宿すリビルダーの能力のために我らに同行しているに過ぎん。
DDとしての責務を果たせ。
それが責任ではないのかっ」
「……。」
責任。そう、責任だ。
俺はようやくソレを掴みかけたところなのに、ソレを手放す訳にはいかなかった。
冷静に考えなければならない。
今までと同じ、迷惑な味方ではいられないのだ。
春日部隊長たちは、自分たちの任務に生命を賭けている。
たしかに、ここで俺が残った方が蝿退治で出る被害は減らせる可能性が高い。
しかし、最悪を想定した場合、俺は『再構築者』と戦える戦力として、学校に戻る方が良い。
亜厂たちDDと春日部隊長たち機動部隊員では、残念ながら命の重さが違う。
俺は無言で頷くしかなかった。
俺が責任を放棄すれば、それだけ三班が春日部隊長たちに合流するのが遅れる。
蝿は危険な相手だ。
俺が我儘を言う時間はないのだった。
学校前で車が停る。
「頼んだぞ、日生想士」
隊員たちが頼もしい笑顔を見せる。
自分たちこそ、これから戦うのだ。
俺の元にはまだ連絡が来ておらず、『再構築者』を探している最中なのだろう。
車で急ぐ必要はなかった。
だが、最悪を想定すれば、車で急ぐ必要があった。
今日、見つかるとも思えないのにだ。
責任のもどかしさを感じる。
大人たちはこんなモノを背負っているのかと思うと、つい、大人になりたくないと思いそうになるが、それでも、時は待ってくれない。
俺は去っていく三班の車に深深と頭を下げた。
学校内に戻る。
俺のバディである此川さんと連絡を取り合い合流する。
此川さんは御倉と二人で動いていたようだ。
「ひなせくんの方はどうやった?」
此川さんが何の気なしに聞いた。
そう、何も知らないのだ。
分かっている。
でも、どうしようもなく俺は憤ってしまう。
「……。」
「え?」
「うん?
日生さん、なんか怒ってる?」
御倉が敏感に気づいてしまう。
「……ごめん。
ちょっと一人で動きたいんだ……」
俺は二人を置いて、一人で歩き出した。
「ちょ……ひなせくん?
私、なんか変なこと言ったんかな?」
「……。」
「ひなせくん!」
「……。」
四人の死。それは自分の責任のように感じてしまって辛い。
そして、当たらなくてもいい此川さんに当たってしまっている。
「やめとこ……なんか虫の居所が悪いみたいだし……落ち着いて話せるようになってからにしよ」
「でも、ひなせくん、デザイアはまだ安定してないって……」
「大丈夫、日生さんだって、きっと分かってるよ。それに、そろそろ独り立ちしてもいい頃でしょ」
「信頼してない訳やないけど……」
御倉が此川さんを宥める。
それから、声を張り上げて、俺に言う。
「日生さん! 何かあったら、連絡して!
こっちも連絡するから!」
俺は片手を上げて、理解を示して、そのままその場を立ち去るのだった。




