ラーメン屋で話すユキユキ 73
チリチリと鳴るパワースポットの綻びの音を聞きながら、三人で白いつぶつぶボール〈ベルゼブブの魔力入りハエの卵〉を設置していく。
その際にリュックサックを降ろす手伝いをしながら、魂の背中も確認しておく。
ユキユキは背中の卵が当たる部分を中心に、ボール大の赤黒い肌色の変化。
尾野田先生はやはり、全身が黒く変色しているのが視えた。
「そこの茂みの奥へ」
俺が切株の上に、ドンと置いた卵を尾野田先生に直すよう言われる。
まあ、GPSで俺の位置情報を春日部隊長たちが確認しているはずだ、言われた通りにしておこう。
設置が終わり、駅まで戻る。
尾野田先生が「知りたくなったら連絡しろ」と連絡先を交換した後、いち早く帰って行く。
女の買い方を教える教師……なんともモヤモヤするが、受け取っておく。
「今日はどうする? 俺は飯が食いたい」
「そうだな。行くか」
「おっしゃ! そうこなくちゃ!」
知らない駅だが、駅前なら何かしらあるだろうと、ユキユキと二人、駅前を歩く。
この前と違い、あまり大きな駅ではない。
たまたま見つけたラーメン屋に二人で入る。
俺は春日部隊長に、卵の回収に入っていい旨をメッセージして、ラーメンに取り掛かる。
ユキユキの食欲は相変わらず見ていて気持ちが良い。
チャーシュー麺、肉、麺、大盛り、ギョーザ三人前にチャーハンと天津飯。
「ユキユキ、腹減ってたんだな……」
俺は普通の醤油ラーメンを、ずぞぞと啜る。
「おう、もぐもぐ……練習して、山登ってだからな!
チャーシュー麺が沁みるぜ!」
普通の会話。ユキユキはまだ大丈夫だと、自分に言い聞かせる。
「そう言えば……このバイトしてるのって、俺たちだけじゃないんだよな?」
「まあ、数は多くないぜ。
レギュラーメンバーの三人と、俺含めたベンチ組が三人だな。
ま、レギュラーメンバーは怪我しちゃマズイとかで山登りは免除されてるけどな」
「免除されたら、何やるんだ?」
「学校に例の玉を持ってくるんだ」
「どこから?」
「さあ? 尾野田コーチの指示で動いてるし、俺たちベンチ組が知る必要はないって言われてる」
「なんなんだろうな……あの玉……」
ユキユキがどこまで知っているのか、俺はカマをかけてみる。
「知らね。気味が悪いけど、薬とか拳銃の類いじゃないから合法だろ?
もしかしたら、他の学校に呪いでもかけてるのかもしれないけどな……尾野田コーチ、今年で結果出せなきゃ解任って話もあるし……」
「尾野田先生って、そんなにバスケ部に賭けてるのか?」
「ああ、元々、バスケ部強化のための臨時講師扱いだからな。
バスケ部で結果が出なきゃ、教師も辞めさせられるとか聞いてる」
「そうなのか……」
そういうところでベルゼブブに付け込まれた?
いや、視た限りでは尾野田先生は『再構築者』ではない。
では、誰が?
ユキユキがレンゲで米粒を集める音が、カチカチと響く。
「ああ、そういや、満月。
知りたがってた俺がバイトで行った場所。
まとめといたぞ。
大抵は駅からバスで移動してるから、バス停までは覚えてなくてよ。
だから、駅までな」
俺がユキユキにメッセージで頼んでおいたことをすぐさま実行してくれたらしい。
○○駅、ここの寿司が絶品!
△□駅、定食屋で生姜焼きが美味かった。
○△駅、夜遅くまでやってる本格窯焼きピザが最高!
□□駅、高級焼肉だけど、量が少なすぎ。
見事に飯屋とセットで覚えていたらしい。
「他の部員が行ったところは分かるか?」
「分からん。細かいことはバイト同士でも他言無用って言われてる」
駅名からすると、近場から次第に遠くまで足を伸ばしている感じだ。
だとすると、ユキユキが行っていない方向の綻んだパワースポット巡りでもしているのだろうか。
パワースポットについては、外林研究員たちが、穴以外〈綻びやひきつれ〉も検知できるような機材を開発しようと努めているらしいが、今のところ有力な機材の開発は成功していない。
探すならベリアルの耳を持つ俺が必要になるだろう。
「ところで、何でそんなことが知りたいんだ?」
ユキユキからしたら当然の疑問だろう。
「いや、このバイトってなんなんだろうと思ってさ……」
「考えても分かると思えないな。
それに、これだけ儲かるバイトなんてないし……夜の山道は危険かもしれないが、ちょっと面白いだろ。体力作りにもなるし。
あんまり変なことすると、外されるぞ」
「それもそうか。素直に配達員しときゃ儲かるしな」
「そうそう……」
ユキユキを軽くいなして、俺は水を口に運ぶ。
盲目的なのは、やはりベルゼブブの魔力に毒されているからだろうか。
早くなんとかしないと。
俺は焦りを覚えるのだった。
食事が終わり、ユキユキと二人、タクシーで帰る。終電の時間はとっくに過ぎていた。
ユキユキと別れて一人、得た情報を春日部隊長と共有しておく。
春日部隊長たちは、無事に卵確保に成功したようだった。
前回、確保した卵はすでに孵化して蛆虫になっているらしい。
ベルゼブブの蝿の幼虫は、カブトムシの幼虫くらいの大きさで、栄養次第でもっと巨大化する予想だそうだ。
ただし、朗報がひとつある。
それは、通常武器でも倒せるということだ。
『TS研究所』では、現在、効率的な蝿駆除の方法を考案中という話だった。
ベルゼブブの蝿が、異世界との綻びを通してエネルギーを集める役割があるとして、その集めたエネルギーをどうするのか等、未だ分からないことも多いが、『再構築者』のやることだ。
こちらの世界に有益ということはないだろう。
明日の放課後から、とりあえず春日部隊長たちと卵の設置場所探しをすることにして、俺は家に帰るのだった。




