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小野田先生 72


 俺はまた電車に乗っていた。

 ユキユキは楽しそうにしているが、尾野田先生は心做しかイラついているようにも見える。

 前とはまた少しだけ違う方向に一時間。

 写真を撮ろうとしたら、尾野田先生に、これはバイトと言えども仕事だ、と怒られた。


「満月がイマドキの男子高校生みたいなことすると、違和感あるな」


 ユキユキが小声で伝えて来る。


「いや、イマドキの男子高校生だろ、俺たち」


 俺も小声で反論する。


「はは、それもそうか……」


 言ってユキユキは表の景色に視線を移す。

 俺はそれならばと、ベリアルに感覚のスイッチを入れてもらう。


 ユキユキを視る。

 基本、本能的にユキユキはほとんど二重写しに見えない。

 食い物屋の看板が見えた時だけ、魂が激しくブレる。腹が減っているのか。

 まあ、ユキユキはたっぷり練習した後だしな。

 変異の兆候はないようなので、それだけは救いだ。


───良く視るがいい。ユキユキの指先だ。糞食らいの魔力だな───


「……お前がユキユキって言うなよ」


「ん? 何か言ったか?」


 思わず出てしまった俺の呟きに、ユキユキが反応する。


「あ、いや、なんかユキユキ腹減ってそうだな、と思って……」


 俺は言い訳しながら、ユキユキの指先に視線をやる。

 ユキユキは手で腹を撫でながら言う。


「あ、分かる? そうなんだよ。

 これさえなきゃ文句なしのバイトなんだけどな」


 その魂の指先は赤黒く汚れている。

 いや、虫に食われて、肉が抉れているように視える。

 俺は咄嗟に目を背けた。

 その視線を瞬間、追ってユキユキも後ろを見ようとする。


 俺が視線を戻すと、俺の視線の先を追おうとしたユキユキの肩の裏側も黒く煤けていた。

 糞食らいの魔力……。

 そうか、俺たちは、推定ベルゼブブの魔力を帯びたハエの卵を背負って移動し、手で取り出して設置する。

 元々、エルパンデモンの魔力は人間にとって過ぎた代物、触れるだけ、浴びるだけでも、有害なのかもしれない。


 いっそ、ユキユキの背中の荷物を降ろさせて、その背中を確認したい衝動に駆られつつも、どうにか我慢する。


 俺は尾野田先生へと視線を移す。


 『転生者診断アプリ』での写真撮影が望めない以上、頼れるのはベリアルに備わる『魂を視る眼』だ。

 パーセントではなく、感覚的な判断をせざるを得ないが、視れば分かることもあるはずだ。


 今のところ、時村先輩の魂の姿を基準にするしかない。

 アレが七十パーセント超えの基準として視る。

 そう考えて、尾野田先生を視る。


 全身が赤黒く染まっていた。まるで怒りで身を焦がすような表情をしている。

 額に瘤がふたつ。角が生えかけてるのだろうか……。


 ダメだ。時村先輩を基準にしようとしたが、尾野田先生の魂の変わりようが違うから、判断がつかない。

 見た目から言えば、肌色こそ違うものの、関節が節くれだったり、爪が異常に伸びたり、牙が生えているというほどではない。

 ただ、額の瘤ふたつが違うくらいだ。


───『遠隔操作体(ドローン)』のなりかけ……相性の良い個体作り、といったところか───


 ベリアルの評を聞く限り、七十パーセント未満の侵食率といったところか。

 『遠隔操作体(ドローン)』になっていないということは、本人の意思で動けるということだ。

 そして、それは尾野田先生は『再構築者(リビルダー)』ではないということだ。


「あの……尾野田先生は何故、この仕事を?」


 俺は改めて尾野田先生を見る。

 

 見る限り尾野田先生が中心になっているはずなのに、その尾野田先生は金があるように見えない。

 高価なバスケットシューズを履くでもなく、時計も安価な物、あまり物欲があるようには見えない。


 尾野田先生はイラついた表情をしたまま、俺を見ていたが、何を考えたのか、その表情を和らげて聞いた。


「あ〜、日生、だったか。

 この前のバイト代はどうした?」


 俺は少し考えた。

 使っていないとは言えない。

 何か適当な理由を言っておかないといけないような気がした。


「ああ、そうだよ満月、お前は何に使ったんだ?」


 ユキユキも一緒になって、興味深げに聞いてくる。


「実は……友達を増やしたくて、知り合いに奢ってたら、無くなりました……」


「満月……ようやく友達、増やす気になったのか……亜厂さんとかか?」


 何故かユキユキは感動していた。


「1ーBの御倉とか……」


 咄嗟に出たのは、昨日の御倉との買い物だった。


「ああ、あの転校生の女か。

 いつの間に知り合ったんだよ」


「あ、亜厂とちょっとな……」


 俺はユキユキの追求を躱すべく、適当に話を繋ぐ。


「なんだ、女か……」


 尾野田先生が少し鼻を鳴らした。


「お前、その女が食いたいだけだろ?」


 続けて出てきた言葉は、随分と下卑たものだった。

 一瞬、俺のまなじりが嫌悪と共に釣り上がりそうになるのを必死に堪える。


「いや……そういう訳じゃ……」


「くくっ……まずはお友達から、なんて悠長なことをしているんじゃ、どれだけバイトしたって足りないぞ」


「そうだよ満月……友達ってのは金で買うもんじゃないだろ」


 尾野田先生は途端にニヤニヤと笑い出し、ユキユキは少し怒ったように俺を諭した。


 帰りの客で混み合う電車内で、尾野田先生は、ぬうっと顔を俺に寄せて耳打ちする。


「そういう時は、直接、買っちまえよ。

 なんなら、やり方を教えてやってもいい……」


 にちゃり、とした笑顔を残して尾野田先生は位置を戻した。


 こいつ……。


 俺はユキユキの説教を聞きながら、密かに尾野田先生を睨むのだった。



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