ファームガーデン・ナイン珈琲ストア 7
説明回です。
マンドクセ……って人は、説明が始まったら、後書きの簡単版をどうぞ!
こねくり回して考えたい人は、じっくり読むんやで。
発見があったら、感想よろしく。
たぶん、秘密にしてくれーって叫ぶからw
カラカラカラ……と自転車のタイヤが回る。
亜厂は自転車通学らしいが、今は歩く俺に合わせて自転車を押している。
亜厂は、たあいもない話を嬉しそうに話している。
「……それで鍋島先生の家には猫が二十匹も居るんだって、すごいよね!」
「へえ、物理の鍋島って猫好きなんだ」
俺は必死に亜厂の話題についていく。
正直、今の状況で、物理の鍋島が猫好きかどうかとか、あんまり興味がない。
今、俺は女の子と二人っきりで駅前までの道を歩いている。
しかも、二人でコーヒー屋に行くためだ。
次第に陽は傾いて来ていて、学校は山の上の方にあるので、駅前まではほとんど人通りがない。
いや、人通りはあるのかもしれないが、俺の目には嬉しそうに笑う亜厂しか見えない。
リア充してる。
中学の時のなんとなく家が近いから、女友達と帰りが一緒になるみたいな感覚とは違う。
目的を持って、二人で歩いているのだ。
しかも、その目的というのが、二人でお茶をすることにあるというのが、俺の胸を締め付ける。
俺の高校生活、リア充的なイベントなんて、起こらないと思っていた。
なんだよ、あるじゃん!
まあ、二人でお茶と言っても、実際は亜厂に仕事の教えを乞うためだが、そこだけ考えなければ、完璧なリア充イベントだ。
俺が心の内で一人、興奮していると、目を覚ませとでも言いたげに、冷たい風が、びゅうと吹いた。
「さむーい! まだ、寒いね。
あ、一瞬だけ自転車、支えてもらっていい?」
「お、おう……」
亜厂の自転車を支える。
「変なことお願いして、ごめんね。
すぐだから……」
「いや、問題ないよ……」
自転車をちょっと支えるのって、変なことだろうか?
いや、これはそこまで気安い関係は築けてないよって意味なのかもな。
亜厂はポケットからリップクリームを取り出して、唇に塗る。
上唇と下唇を合わせて、リップを馴染ませる動作に、俺はドキドキしてしまう。
急に大人の女になったように感じてしまったのだ。
俺は口を半開きにして、ソレを見ていたら、俺の視線に気づいた亜厂がツヤツヤした唇で、ニカッと笑った。
「まだ、乾燥きびしーよね。
私、すぐ唇荒れちゃって……良かったら、使う?」
使う? そ、そそそ、それは間接的な?
俺はお互いのために封印した記憶が、瞬間的に戻ってきて、頬が熱くなるのを感じながら、慌てて首を振って否定した。
「あ、いや、だ、大丈夫……」
「あ、そ、そうだよね……」
亜厂も、もしかしたら、言ってから気づいたのか、少し頬が紅い。
ありがとう、と礼を言う亜厂に、まともな返事もできないまま自転車を返して、そこから少しトーンダウン。
ぽつりぽつりとお互いのことを語りながら、俺たちは駅前に着いた。
亜厂の自転車を置いて、駅ビルへ。
その看板が見えて、亜厂が嬉しそうに笑った。
「あ、見て、見て、ほら、新商品のポップが出てる!」
ファガナイン珈琲の新商品。
亜厂が飲みたいと言っていた赤と緑の飲み物が新商品として大きく取り上げられている。
「すごいね! 隠し味として、ちょびっとあんこだって、美味しそう!」
はしゃぐ亜厂が実は裏で秘密のヒーローとして、国防のために戦っているなんて、こうして見ていると全くそうは思わない。
中に入る。
亜厂は予定通り『イチゴと抹茶の二色ラテ』、俺は『オレンジを効かせたチョココーヒー』を頼む。
「さっき寒いって言ってたのに、アイスを頼むんだな」
「え、だって、美味しそうでしょ!」
寒いなら温かい物をというのは、男ならではの考えなんだろうか。
「ん〜♪ 美味しい!」
はしゃぐ亜厂に俺は本題を切り出す。
「それで、例のアレの話なんだけど……」
「あ、そうだよね。私たちは『欲望』って呼んでる」
「『思い込み』と『葛藤』だっけ?」
「ええとね。『思い込み』は意識を拡張することで、欲望を具現化、現実世界に現出させることで、『葛藤』は盲目的にならずに常に精神を活発化することによって生まれるエネルギーなんだって……」
亜厂はひと息でそれだけ喋ると、俺の反応を待つかのように『イチゴと抹茶の二色ラテ』を啜る。
「ええと……つまり、『思い込み』が『欲望』で『葛藤』が『想波』って認識でいいのかな?」
「そう! すごいね! もう理解しちゃった」
亜厂が感心して、目を輝かせている。
ただ、残念ながら俺の理解というのは、言葉の表面をなぞっているだけで、ほぼ何も理解していないのに等しい。
「思い込んだら、亜厂が使ったボールペンを武器にするやつが使える?」
俺は、むむむ……と手にしたコーヒーを混ぜる道具、使い捨ての木製マドラーを手に、大きくなれ……大きくなれ……と念じてみる。
「大きくならねえな……」
俺の言葉に亜厂は苦笑する。
それから、ゆっくりと話し始めた。
「例えば雨の話から始めるね。
雨は空から降って来て、川になり、海へと流れ込んで、やがて、気化して天へと昇り、それが冷えると、また雨になって落ちて来る。
もしくは、お肉の話。
肉食動物は草食動物を食べて、草食動物は草木を食べる、草木は大地の養分を吸い上げ、大地はそんな動物も植物もまとめて養分へと変換している。
これは前置き。
要は循環しているってことは学校でも習ったよね。
私に教えてくれた人は、蛇だって。ウロボロスの蛇でメビウスの輪なんだって言ってた。
たぶん、世界そのものが常に循環しているって話をしたかったんだと思う」
循環。生物学ってことだろうか。
中学時代でそれに似たような話は聞いた気がする。
さすがに、ウロボロスやメビウスの輪というのはスピリチュアルが過ぎると思った。
なるほど、『TS研究所』の誰かがまとめた話だろうか。
「えっと、日生くんも考えながら聞いてね。
分かりやすく、そうだな……この『コーヒー』の話にするね。
コーヒーは『日生くんのもの』と言えると思う?
ここに飲みかけの『コーヒー』があるでしょ。
これはどの時点で『日生くんのもの』になると認識するかな?
私が「奢るよ」と勧めた瞬間かな?
それとも、日生くんが口に含んだ瞬間?
さらには、体内に入って吸収された瞬間?
これは日生くんの認識の問題なのね。
そして、一番の問題点は、この一杯の『コーヒー』。
これが『日生くんのもの』として認識される瞬間がある、ということなんだって。
飲んで、吸収されたら、さすがに私が「やっぱり、返して」と言ったとしても、この飲んでしまった『コーヒー』は『日生くんのもの』として認識されるでしょ?
ちょっと変なこと言うけど、出して返す?
汚い話だけど、変質した『コーヒー』は『コーヒー』と言える?
それは汗とかその……オシッコと呼ばれるもので、『コーヒー』じゃないという認識にならないかな?」
「オシッコ……」
「もう、今は認識の話。だって、私はそう教わったんだもん……」
「ああ、認識の話ね」
まあ、出して返すはかなりひねくれた答えだろう。
そもそも、話の本質は、どこまでが俺のものとして認識されるのか、という話だ。
「コホン……では、その変質した『コーヒー』は『日生くんのもの』かな?
ここで最初の話に戻るね。
日生くんによって変質させられた『コーヒー』を大地に撒いてみて……」
想像してみる。
変質させられたコーヒー。要はオシッコだ。
それを大地に……開放感はありそうだ。
俺が馬鹿な想像をしている間も、亜厂の話は続く。
「大地に撒かれた『ソレ』は、日生くんの老廃物なんかを養分に変えて、水は大地に染みて、いつか天へと帰るでしょう。
さて、また問題ね。
今、外では雨が降っているとして。
この雨は『日生くんのもの』でしょうか?
違うと思うなら、どの時点で日生くんの認識が変質したかな?
出したものが、大地に染みたら、『キミのもの』じゃなくなるのかな?
それとも、日生くんの老廃物が大地に吸収された瞬間?
もしくは、気化して天へ帰った瞬間?
私たちDDは、ある意味、とても我儘な人種なのね」
ここで一度、亜厂は話を区切って、飲み物を口にする。
少しして、もう一度口を開いた。
「じゃあ、今度は日生くんの意識について考えてみるね。
意識に強い、弱いはあるのか。
『強い想い』なんて言うよね。
この『強い想い』はどれくらいの強さなんだと思う?」
「どれくらい?
漫画なんかだと、『強い想い』で力が覚醒したりするよな……」
熱い展開というやつだ。漫画好きな亜厂なら分かってもらえる気がしたが、亜厂が話すのはもっと単調な、ともすれば冷たく聞こえてしまうような話からだった。
「極論から言うと、人間の意識というものは、微弱な電流がシナプスを刺激して、受容体でタンパク質を受け止めて生まれている反射に過ぎないってのは分かる?
そう考えると精神的活動に強いも弱いもないような気もするよね。
ある特定の刺激が日生くんの脳の中の迷路を駆け抜けて、同じ答えに行き着く。
その行き着く先が同じ受容体なら、答えも同じ。
入口が複数あって、何度も同じ答えに行き着くから『強い想い』になると思う?
答えはイエスであり、ノーなんじゃないかな?
例えば、日生くんに好きな人がいるとして、事ある毎に日生くんは彼女への『想い』を感じる訳でしょ」
ストローを回しながら、淡々と話す亜厂だったが、俺はドキッとしてしまう。
彼女への『想い』。
この、彼女という言い方がやけに冷たく感じる。
いや、亜厂にしてみれば、この説明自体が『TS研究所』の受け売りの言葉なのだろう。
どこか、自分の言葉ではなく、誰かの言葉をそのまま話しているような感じが強い。
だから、淡々としているし、説明らしさがある。
亜厂にしてみれば、俺が亜厂という人間が気に掛かっているということも知らないはずだし、当たり前といえば当たり前の話だ。
「勉強とか仕事の合間、美味しい物を食べた時、面白い映画や本を見つけた時、彼女と共有したらどんな反応が返って来るだろう、なんて考えると思うの……。
漫画でも大体そうだしね。
これを、入口が複数あって、何度も同じ答えに行き着くから、『強い想い』だと言われて、それが単なる反射行動のひとつです、なんて言われたら、はい、そうですって言える?
ほら、そうだけど、そうじゃないって言いたくならない?」
分からなくはない話だと思う。
俺は、いや、人というのは心のどこかで全てを既知のものとして扱うことに大きな違和感を持っている。
脳を流れる電流の仕業だと片付けられるのかもしれないが、どこかで、そうじゃないと思いたがっている。
「これの答えは単純で、『ノー』で『そうじゃない』なんだって。
『強い想い』というのは、日生くんの行動の原動力になるの。
早く家に帰ってゲームがしたいから、学校でのことを頑張って早く終わらせる、なんてね。
でも、『強い想い』では収まらなくて、『もっと強い想い』があったらどうなると思う?
日生くんの行動の原動力になるソレ。
ソレを使って、私たちは動いている。
でも、日生くんを動かす以上の『ソレ』はどうなると思う?
エネルギー保存則に従えば、『ソレ』は私たちを動かす原動力に全て変換されなきゃならない。
でも、日生くんが動き出す以上の『想い』というのは余剰エネルギーになるの……」
次第に俺の中でもソレが何を意味するのか分かってきた。
俺は小さく呟く。
「それが『想波』……」
「私たちDDはね。『想い』の余剰エネルギーを使って、自分と認識しているモノを自在に操ることができるの。
この一杯の『ラテ』は、飲むまでもなく『私のもの』だし、外に降る雨も『私のもの』として認識する。
だから、私を動かす原動力の余剰エネルギーを使って、『私のもの』を動かす。
こんな風にね」
亜厂が飲みかけの『イチゴと抹茶の二色ラテ』を俺の方に押しやる。
そのカップの中を覗き込むと、上に置かれた抹茶クリームが、むにむにと動き出す。
その現象に声を出しそうになるが、俺は慌てて自分の口を押さえた。
抹茶クリーム色のデフォルメされたカエルだ。
そいつが俺を見て、楽しそうに身震いしている。
「ケロケロ……ボクはケロ助だよ……」
亜厂が普通に声色を変えて話している。
別に腹話術でもなんでもない。
ただ、亜厂の言葉に合わせてケロ助が動いていた。
「なーんてね!
どうかな?」
ケロ助が元の抹茶クリームに戻っていく。
『デザイア』だ。
先程の話からすると、亜厂は『イチゴと抹茶の二色ラテ』を自分の物と認識することで、自在に操ったということだった。
俺は感想を聞かれたので、素直に答えることにする。
「すごい、けど、喋るのは亜厂なんだな……」
「ご、ごめんね、まだそこまで、できなくて……いいの、そこじゃないからっ!」
恥ずかしさを隠すように亜厂がおどけて見せる。
ついでに、べしべし叩かれた。
「お、おう……」
俺は余計な事だったかと、反省した。
簡単版。
『想波』が生まれるメカニズム。
○○がしたい!→○○をする。これがいわゆるガソリン。
めっちゃ○○がしたい!→○○をする。『○○がしたい!』で、すでに動けちゃうなら『めっちゃ』はどうなるの?
この『めっちゃ』が『想波』。
DDの場合。この○○は自分のモノだから、好きに動かせるはず!
この自分のモノという認識が、自分の体の延長線上にあるものとして感じられるんやで、それが『デザイヤ』という現象。
まあ、曲解の最終形態ですね。
ただし、これはDDという素質があってこそ。
組木さん、曰く『葛藤』というのも実はポイントだったりします。