奇跡を感じる日生満月 68
「……か、か……」
「おや? 土くれの魂だけ残ったか?」
───ベリアル! 再生しろ!───
それは奇跡のような瞬間だった。
セアルの元となった三年生が生きていた。
背中を貫かれ、木乃伊のようになった状態だというのにだ。
「その必要があるとは思えないが?」
責任。これは俺が、俺の力不足だと勘違いした結果招いた責任だった。
そうだ、ベリアルにとっては人間の生命など、しょせんは土くれの魂に過ぎない。
壊したところで胸の痛みがあるはずもなかった。
期待するだけ無駄なのだ。
つまり、ベリアルを動かすには、契約に基づいた何かが必要なのだ。
───リビルダーは消えた。人間は残った。つまり、封印せず、エルパンデモンの痕跡を消した。そこに再生をかければ、この先輩は入院することなく元の生活に戻れるってことだよな。
これ以上に俺が役に立つ証明はない!
お前との特約は俺に力を貸すことだ!
それだけを盾にしたっていいが、お前は俺が役に立つ人材だと証明するために力を貸すという認識をしている。
だから、敢えて言う。
俺が役立つ人材だと証明するために、この人を再生しろ!───
「ふむ、少しは機微というものを理解したか……だが、こうして魔力を吸えるのは、相手がエルパンデモンのリビルダーだったからだ。『御業』や『権能』には通じぬ。理が違う故な」
───それでも、大祭がある今、これは俺だけに許された証明だ───
「しかし、いいのか?
この土くれの魂はセアルの系譜と相性が良過ぎる。
肉体を再生させれば、すぐにまた次のセアルが憑くかもしれぬぞ?」
───エルパンデモンのやつらは馬鹿ばっかりか?
当然、この人には監視がつく。
この人に憑けばすぐに分かる。
そうしたら、またお前が魔力を吸い尽くせばいいだろ───
「くくくっ……なるほど……生贄に賛同しないかと思っていたが、エルパンデモンのリビルダーならば問題ないのだな……良かろう。
それならば再生するとしようか」
そう言って、俺の指先が紋様を描くと、名も知らぬ『セアル』だった先輩の肉体が再生していく。
そうか。俺は生命は尊いと思いながら、悪魔の生命をベリアルに捧げてもいいと考えていたのか。
自分の中の矛盾を突かれて、ドキリとしたが、所詮、人間なんてそういうものかとも思った。
ベリアルはこういう相反する倫理観に喜びを見出しているのだろう。
それはまるで、お前の倫理観なんて無価値なものだ、と突きつけられているようで、今は俺が動かせないはずの胸が、チクリと痛んだ。
自分の決めたことには、責任が伴う。
それは、流されたとしても同じだった。
生きていれば、勝手に結果が着いて来る。
いや、死んだところで、やはり結果は着いて来るのだ。
それは、亜厂のファーストキスを奪うことだったり、此川さんの防御力を奪うことだったり、ベリアルに魔力を使わせることだったりするのだ。
つまり、一人で生きていると思ってるんじゃねえ、ということだ。
なるほど、そう考えると俺が『ヒルコ』なこともなんとはなしに納得できてしまう。
世界の循環の中にいる自覚がない。
今さら気付いたところで、どうにもならないが、知らないよりは、知っていた方がいいのだろう。
責任という重い言葉を理解しようとしたが、なんのことはない、ただ俺のやりたいようにやった結果、何が起きたのかを自覚する、というだけのことだ。
俺はこの眠ったままの三年生を抱き上げ、裏山を降りた。
とりあえず、保健の真名森先生に見せるべきだと思ったのだ。
山道をなんとか進む。
すでに身体の主導権はベリアルではなく、俺に移っている。
人間一人分の重さが、なんとなく今回の俺の責任の重さのように感じて、俺は筋肉の限界を感じながらも、絶対に離さないと自分で決めたのだった。




