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謹慎処分の日生満月 66


 月曜日、俺は答えが見えないままに学校に行った。

 これも『学校に行く』というレール上の行動なんだろうか?

 他の人は全員が全員、全ての行動を自分でそうすると決めて動いているんだろうか?

 組木さんの言葉が、頭の中をずっとぐるぐるしている。


 責任ってなんだ?


 選びようがなかったはずだ。

 『妄想(デリュージョン)想士(デザイアー)』は全員がなるもので、拒否権などなかった。

 そりゃ自分でも流されやすい性質タチだと思ってはいるが、そこまで批判されるようなことだろうか?


 分からない……。


 亜厂やユキユキと朝の挨拶を交わす。


「おはよう、満月くん!」


「よう、満月! あれから何か買ったか?」


 いつも通りな日常。

 ユキユキは『金』という魔力に目が眩んで、今、少々おかしくなっているが、基本はユキユキだ。

 俺が本当の日常に戻してやる、と思っている。

 これは、たぶん、俺が決めたことだ。


 ほら、ちゃんと自分で決めることだってある。

 問題なんかないはずだ。


 授業は話半分で聞いて、昼休みになった。

 屋上でみんなに聞いてみよう。

 そう思って、俺は人目を避けて屋上への階段を登る。

 俺の携帯には、屋上のオートロックを開くパスコードが入っている。

 他の学生は持っていない、DDだけの特権とも言える。


 ピピッ……とエラー音が鳴った。


 なんで? 何故、屋上に入れない?


 ピピッ……ともう一度、鳴った。


 謹慎処分だからか……俺は理解した。

 話し合うべきことはたくさんあった。

 ベルゼブブのこと、雨糸様のこと、これからどう動くのか、調査はどうやって行くのか……いきなり、糸が切られたような気がする。


 悔しくてドアをガチャガチャした。

 亜厂と此川さんと御倉の気配はあるのに、彼女たちは動かなかった。

 俺は強く一度だけドアを叩くと、屋上に背を向けた。


「……なんだよ。朝は普通に挨拶してたのに……」


 亜厂が何故そうしたかが分からなかった。


 仕方がないので真名森先生に話を聞いてもらおうと保健室に行った。

 保健室には保健委員がいて、真名森先生が留守だと言われた。


 ふと思いつく。

 そうだ、全員共通のSNSで現状を共有すれば……はじき出されていた。

 SNS上にグループが消えていた。


 学校という、ほんの小さな箱庭にいるのに、途端に距離が開いた気がした。


───おい、ベリアル───


───なんだい、無価値になった若者くん───


 実に楽しそうな猫なで声でベリアルが答えた。


───俺の価値を証明したい。力を貸してくれ───


 やはり、役立たずとして見られているのが問題なのではと思った。


───日生満月は謹慎しているのがデリュージョン・デザイアーとしての職務なのではないか?

 だとすれば契約上、手を貸すのは問題があるな……───


───違う! 謹慎処分は職務じゃない!

 ただのペナルティだ。だから問題なんかない!───


───ふむ、我らエルパンデモンは契約を重んじる。職務ではないのだな。

 それならば特例として、契約を交わそう───


 どうにかベリアルの協力は取りつけられそうだと、ホッとする。だが───


───契約? 組木さんとの契約でデリュージョン・デザイアーの職務に協力することになってるだろ───


───違うな。組木麟とは契約していない。

 あくまでも契約しているのは日生満月とだ。

 日生満月が契約内容を組木麟に一任しただけで、契約は日生満月とのものだ。

 だからこそ、我と日生満月が同意すれば、契約内容を更新することに問題はない───


 俺は勘違いしていたようだ。


───じゃあ、契約内容は変えられる?───


───双方の同意があればな。

 さて、そこで提案だ。今までの契約は今まで通りとする。

 謹慎処分はペナルティとして、デリュージョン・デザイアーの仕事が禁じられているという認識でいいな。

 そうなると、謹慎処分の間はただの日生満月として我は認識せざるを得ない。

 そこで、特約事項として謹慎中の協力関係について話をしよう───


───どういう意味だ?───


───なに、正直に言えば、魔力が足らぬ。

 日生満月は脆すぎる。契約により日生満月を生かすべく再生に魔力を注いで来たが、ただの食事で回復できる量はたかが知れている。

 さらに言えば、魔力の貯蓄量が少なすぎる……そこでだ。

 日生満月の変異を進めさせよ。

 本来ならば、生贄によって魔力の回復をはかりたいところだが、日生満月の精神を壊す訳にもいかぬ故な。

 日生満月からの条件はあるか?───


───力を貸せ。それだけだ───


───ふむ……それなら、次の謹慎処分のためにも、いつか、一度だけ無条件で我が力を貸してやろう。

 それでいいか?───


───ああ。それでいい───


 なるべく淡々と俺は答えたつもりだった。

 しかし、生贄……それは生命を捧げるということだ。

 できない。想像しただけでも無理だと思う。

 例えば、羊や山羊を買ってきて、その喉笛をかき切って……なんて想像をすると、たぶん、自分には無理だと分かってしまう。

 売られている肉は食えるが、自分で生命を断つことを考えると、それがベリアルの食事なのだとしても、忌避感がまさってしまう。

 俺はわがままな人間なのかもしれない。

 ベリアルはそれを見越している。


「わかった……」


 自分が決めるというのはどういうことなんだろう。

 今は流された? それとも自分で選んだ?

 考えれば考えるほど、分からなくなった。


 亜厂たちの協力が得られない今、俺の生命線はベリアルだ。

 そのベリアルの魔力が足りないと言われれば、俺に否やはなかった。


 トイレの個室に篭って、変異を進める。

 うん……うん……唸ってもおかしくはない。


───感覚を磨け。魂を視れば、その差異に気付けるようになるだろう───


 二重写しの世界だ。

 少しでも慣れなければ。


 席に着く。亜厂はすでに戻って来ていた。

 目が合う。何事もなかったように微笑まれる。

 なんだか胸が痛い。

 謹慎処分を受けたから、昼のミーティングに参加できなかったのにも関わらず、亜厂の接し方は普段通りだ。

 まるで、俺は最初からDDじゃなかったかのように感じる。


 やはりDDとして認められていないのかもな。


 放課後になって、俺は一人で校内をうろついた。

 たまにすれ違う部活をやっている生徒や、これから帰ろうとする生徒が二重写しで見えている。

 ベリアル曰く、魂の歪みが『再構築者(リビルダー)』の特徴らしいが、どの人もただ二重写しに見えるだけで、何が歪みなのか分からない。

 分かったのは、魂の動き方に結構、個人差があるということだ。

 二秒前に魂が動く人がいるかと思えば、ほとんど二重写しに見えず、瞬間的に二重写しになる人もいる。

 これは意識的に動いているか、無意識で動いてしまっているかの差のように感じる。


 家庭科室の前を通った時、ふと教壇に立つ時村先輩が見えた。

 その魂は時村先輩に見えなかった。

 同じ制服を着ているはずなのに、魂の時村先輩はカリスマ性の欠片もなく、飢えた獣のような顔をしていて、腕や足は節くれだち、爪は黒ずんでいた。


 これが、歪み……。


 ベリアルに憑かれ、変異を進めた俺の魂は、どんな風になっているんだろうか。

 それを考えると、背筋がぞくり、と震えるのだった。



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