体育館裏の亜厂ほのか 6
放課後。何となく校内をぶらついて、時間を潰してから、俺はゆっくりと体育館の裏に向かう。
亜厂と一緒に体育館裏に向かうなんて選択肢は取れないし、あまり早いと部活で体育館を使うやつらと被ってしまう。
仕方なく、無駄に校内をぶらつく。
なるほど、学校内で人目を忍ぶとなると、多少、人が少なくなるのを待つしかない。
ついでに言われた通り、帰っていく学生たちを校内から何枚か『転生者診断アプリ』で写真撮影するが、これといった反応はない。
図書室で何か物色しているフリでもすれば、時間潰しには最適かもな。
次からはそうしてみようか。
そんなことを考えながら、俺は体育館の裏に顔を出す。
亜厂は居た。
なにやら一人でニコニコしながら携帯を弄っている。
小さな鼻歌が聞こえる。
話しかけるのが申し訳なくなるほど、一人の時間を満喫しているようで、俺は少し待ってみた。
暫くして、亜厂が「ほぅ……」と空を見上げながら吐息を吐いた。満足気だ。
よほど楽しい時間だったらしい。
それから、俺に気付いた。
ビクッとして、亜厂が携帯を仕舞う。
「ひ、日生くん、い、いつから?」
「ああ、いや、たぶんちょっと前?
ごめんな、時間取らせちゃって……」
亜厂は俺の教育係に任命されたから、そのせいで自分のプライベートを削っている。
少しの間、お互いに無言の時間が続く。
「ええと……彼氏と連絡とか?」
林先輩が彼氏じゃないのは分かったが、イコール彼氏がいないとはならない。
あれだけ楽しそうなら、やはり彼氏と連絡していたなんて線が濃厚な気がする。
「ええっ!?」
「いや、やけに楽しそうだったし、終わってから、空を見上げて、ほぅ……なんてやってるからさ……」
かあぁぁ……。と見る間に亜厂の顔が赤くなっていく。
「み、見てた?」
「あ、ああ、なんか余りに楽しそうだったから、邪魔しちゃ悪いかと思って……」
ブンブン、ブンブンと亜厂が首を振る。
「……少女漫画。今、ハマってて……」
「え?」
「だから! 少女漫画……」
「あ、少女漫画、好きなの?」
「漫画全般好きで……」
「なるほど……」
「彼氏とかいないから!」
「おおう、いきなり声、大きくなんね!」
「だって、誤解されてるみたいだったから……」
「あ……ごめん……クラス内で良く他の女子たちに言われてたから、てっきり、そういうもんかと……」
「う……誤魔化すの面倒だったから、つい……」
「あ、DDの?」
コクリ、と亜厂は頷いた。ちょっとバツが悪そうにしている。
「そうか。そういうことか!
うわぁ、俺も先輩の彼女できたとか噂になっちゃうのかな……」
「日生くんは、あんまり目立たないから……」
「あ、そうね。俺、友達もユキユキくらいだしね……」
ズバリ、言われると凹むもんなんですよ、亜厂さん。
「あ、えっと、そういう意味じゃなくて、日生くんはそういう感じじゃないから!」
「そういう感じ?」
「浮ついたイメージとか?」
「ああ、チャラそうに見えないって意味ね」
「そうそれ!」
「まあ、見た目だけじゃ分からんけどね!」
俺は少し強がった。
「ええっ! 日生くんはないよ。結城くんの飼い主だし」
実のところ、クラス内の女子一番人気はユキユキだと思っている。
背が高くて、イケメン、バスケ部のホープで実直な性格〈但し、おバカ〉だから、そりゃ人気になるのも頷ける。
まあ、ユキユキ人気のお陰で、俺もそれほど悪いやつじゃないと思われているなら、ありがたい話ではある。ただ……。
「俺ってユキユキの飼い主だと思われてんの?」
「うん。なんか良い感じだよね!」
「お、おう……」
まあ、薄々、俺もそれに近い感覚はある。
ただ、他人から指摘されると、なんとも言えない気分になるのは、なんでだろうな……。
ん? なんだ、俺、普通に亜厂と話せてるな。
「はぁー、良かったよ。まともに話せて……」
「え、なんで?」
「いや、ほら、アレで避けられてると思ってたから……」
「あ……えと……」
途端に亜厂がしどろもどろになって、顔が紅潮していく。
「ああ、待った、待った!
一回、忘れよう! このまま、話しづらいままだと、お互いに困るから、な!」
「う……あう……うん。ごめんね。嫌、だったよね……」
「いや、嫌じゃないよ……むしろ……いや、何言ってんだ、俺は……ええと、そうじゃなくて……俺の方こそ……その……悪かったというか……あ、いや、助けてくれて、ありがとう……そう、お礼が言いたくて……」
「ううん、私の方こそ、助けてもらって……ありがとう……その……ええと……やっぱり、なしなし!
ごめんね、ちょっとこの話はまだちょっと……」
「お、おう、そうだよな……悪い。
一回、落ち着こう……そうだ、深呼吸しようぜ、深呼吸、はい、吸って〜、吐いて〜、吸って〜……」
このままじゃ拙いので、なんとか方向転換しようと音頭を取る。
それは、亜厂も感じていたのだろう。
なんとか合わせようと、深呼吸を始めた。
「う、うん、すぅ〜……はぁぁぁ〜……すぅぅぅ〜、ぷっ……うふふっ、何してんだろ、私たち……ふふっ、ふふふっ……」
「いや、そう言うなよ。
だって、このままじゃ、肝心な話ができないだろ……いちおう、俺も『妄想☆想士』として選ばれたからには、その、国のためとか、まだ良く分かんないけど……ヒーローになれるもんなら、なってみたいって言うかさ……」
「ふふふっ、そうなんだ。男の子っぽいなぁ」
亜厂は眩しいものでも見るみたいな目をして、そう言った。
「いや、だって、まあ、俺も男だしさ。
ヒーローとか子供の頃は、憧れてたし……」
「うんうん、カッコイイよね!
漫画の主人公みたいに、敵をやっつけたりとか!」
「そう、そうなんだよ!
やっぱり、男ってそういうモンなのよ!」
うむ、組木さんの言う通り、キスについては、とりあえず黙っているのが正解だったらしい。
つい、頭の中がそれでいっぱいで、話題にしてしまったのは、置いておくとして、普通に話す分には、亜厂はクラスの人気者らしく、楽しい。
漫画が好きというだけあって、男のそういう憧れみたいなものも否定しないでくれる辺り、包容力を感じる。
惚れ……いや、今はよそう。また、変な緊張感に包まれるのは、勘弁願いたい。
「えっと、それで肝心な話なんだけどさ……」
「あ、うん。そうだね。
DDのことね。
えっと、私が日生くんの教育係ってことになったの。
クラスが同じだし、人に教えると自分の中でも勉強になるからって組木さんが言ってくれて……」
「おう。じゃあ、先輩って呼ぶか?」
「ううん、亜厂でいいよ。クラス内で変な目で見られちゃう」
「そっか。それもそうだよな。
んじゃ、亜厂。俺はどうしたらいいんだ?」
「ええっと……捜査に関しては松利ちゃん、此川さんが言った通りで、それとは別に、DDとしての訓練をしたいの」
「うす。組木さんからは想像力を鍛えろって言われてるけど」
「そう。それでね、訓練なんだけど、まずはお話から始めようと思って……この後って何か予定ある?」
「いや、特にないけど……」
「じゃあ、駅前のファガナイン珈琲、行かない?
新作のイチゴと抹茶の二色ラテを飲んでみたくって……」
ファームガーデン・ナイン珈琲ストア。通称『ファガナイン珈琲』は最近人気の若者向け、コーヒーチェーン店だ。
若者向けと言いながら、少しお高めの値段設定なので、普通の高校生が行くのはちょっと敷居が高い。
もっとも、DDは公務員。
亜厂の奢りだと言う。
「校内の調査はいいのか?」
「うん、そんな簡単には分からないよ。
何日か掛けないと、人が変わったかどうかなんて、判断つかないし……今日は機嫌悪いのかなって思っても、人が変わったとは言わないでしょ」
それはたしかにそうだ。
日によって、ちょっと雰囲気が違うなってやつは結構、居る。
人が変わっていても、そんな簡単には分からないのかもな。
俺と亜厂は場所を移すことにした。
あれ? 俺、女の子と二人で帰るのか……?