饒舌なベリアルと積極的な此川松利 59
放課後の屋上。
俺が合宿と称して『TS研究所』にいる間に、学校内に潜伏していると思われる『再構築者』は二体になっていた。
一体はおそらくバスケ部顧問の尾野田先生だろう。
では、もう一体は?
これは、此川さんによると三年女子が怪しいらしい。
三年女子の間で、この三日ほど、妙なおまじないが流行っているらしい。
雨糸様の願誓盤と呼ばれるソレは七人でやるものだそうだ。
簡単に言えば、なんでも叶う予定の願掛けの儀式みたいなもので、願いを叶えたい人間が中心に立って、その周りを六人が回る。
この時の角度は一人五十一、四度でそうなると一箇所だけ穴ができる。
そして、六人はこの角度をなるべく崩さないように歩く。
願いを叶えたい人間は、羊の形にくり抜いたノートの切れ端に願いを書いて持ち、全員で雨糸様に願いを叶えてくれと唱和する。
願いはなんでも良いが、中心の子が倒れると願いが叶う予兆なのだそうだ。
このおまじないの出処は不明で、いつのまにかレクリエーション感覚で、ひっそりと流行っているらしい。
初夏の日差しが強まる中、「雨糸様、雨糸様……」と連呼して、自分の周りを等間隔で回るやつらが居れば、貧血なり、目眩なり、熱中症なりで倒れる人間も出てくるだろう。
そして、倒れるほどに強い願いがあるのなら、その願いを持つ人間はそれなりに努力もしているはずで、それならば倒れたら願いが叶う前兆というのも、あながち間違いではない気がする。
迷信、と言ってしまえばそれまでだが、怪しんで見れば、たしかに怪しい。
───七芒星か。随分と迂遠な方法を使うものだ……───
漏れ聞こえて来る、ベリアルのいつもの感想というやつだ。
普段ならば聞き流すが、何か知っているようなので、対話を試みる。
───何か分かるのか?───
───エルヘイブンの者が、エルヘイブンに居ながらにして種を植えている訳だ───
───どういうことだ?───
───分かりやすく言えば、昔からテラに干渉を繰り返して来たエルヘイブンの者や我らには、あちらの世界での身体を捨てることなく、こちらの世界の種を育てて、そうだな……ラジコンなりドローンを作る方法があるということだ。
もっとも、それも自身の魂を削るやり方だ。
それなりにリスクはあるがな───
『再構築者』として取り憑くのではなく、ラジコンやドローン、つまり遠隔操作できる身体を作る方法だということか。
───過去の法陣、法円のほとんどは無効化されて久しい。今、これをやろうと思えば、知識を持つ者を遣わすしかないだろうがな───
つまり、やはり裏で糸引く『再構築者』はいるのだろう。
───エルヘイブンのやつだとして、どういうやつか分かるか?───
───さてな……いずれにせよ、大祭に思惑を絡ませたい者だろうが……次期サタンに恩を売りたいのか、次期サタンに推したい者がいるのか、そのようなところだろうな───
エルヘイブンとエルパンデモンは表裏の世界。
しかも仲は悪かったはず。
なんだか政治的な臭いがする。
こちらの世界で駆け引きを持ち込むとか、勘弁して欲しい。
「なんだか面倒くさそうな感じしかしねえ……」
「やっぱり、このおまじないを始めた人が怪しいと思うねんよ……。
そやから、おまじないの最初の一人を辿っていってんやけど、ファミレスの隣りの席から聞こえてきたとか、ノートを拾ったとかで、繋がっていかへんのよ…… 」
此川さんは苦労しているようだ。
───ラジコンならば、動きがあるはず。
予兆を受け取った者を見張ることだ───
やはりベリアルとしても、エルヘイブンの横槍は嬉しくないのだろう。
今日はいつもに増して饒舌だ。
「失敗例じゃなくて、成功例、しかも願いが叶った人を調べるべきかな……」
「噂の出処じゃなく?」
「なんとなく、そっちの方が怪しいかと思っただけだけどね……」
俺は愛想笑いを返す。
だが、此川さんは真剣に頷いてくれた。
「たしかにな……リビルダーは人の欲望を利用するやつもおるしな……。
よっしゃ、ほな、ひなせくん、一緒に行こ!」
「お、俺も?」
「相手が誰か分かっとった方が、隙を見て写真も撮りやすいやろ」
「まともに話せるか、分からないけど、いいかな?」
「ええの、ええの。
おまじないの協力者ってことにして、校内デートしよ!」
此川さんが俺の腕を取って引っ張って行く。
なんか積極的になったような……。
俺は抗う理由も見当たらず、流されて行くのだった。




