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日生満月を鍛える大人たち 56


 勝った。

 男子バレー部顧問で『再構築者(リビルダー)』アルテミスによって、高速分身の術と神気パワーアタックを駆使する中野先生にバレーボールで勝った。

 ただし、その勝利は両手を挙げて万歳するようなものではなく、幕切れと同時に中野先生が崩れるように倒れる勝利だ。

 中野先生が倒れた瞬間、白い粉が、バサリと宙に舞う。


 おそらくは過度な急速変異による後遺症。

 身体の表面が卵の殻のように石灰化、それが衝撃で崩れていく。


「琴ちゃん、早く!」


 亜厂に急かされて、御倉がベンチに置いたカメラを素早く取る。

 御倉のカメラには『人払いアプリ』と同等のものが入っている。

 『人払いアプリ』を反転させれば、ソレは『再構築者(リビルダー)』の『封印アプリ』として使える。


 カシャリ! 何か力場のようなものが、中野先生に向かって収束、カメラへと吸い込まれていく。

 カメラからは細いメモリースティックのようなものが吐き出される。

 これが封印済みの『再構築者(リビルダー)』だ。


 チラと覗くと、なにやら禍々しいオーラのようなものを感じる。

 俺が呪いたいほど恨まれているからだろうか。


 御倉のキス。

 たぶん、俺は防ごうと思えば、防げたはずだ。

 此川さんと亜厂に関しては、そもそもそういう考えがなかったような気もする。


 貞操の神を謳うアルテミスに恨まれて当然、なのかもしれない。


 俺は、自分で言うのもなんだが、流され易いタイプだと思う。

 もしかしたら、愛情が薄いのかも、とも思う。

 御倉がキスをして、御倉と繋がった瞬間、たしかに俺も御倉と同じく、これでアルテミスを俺に釘付けにする一助になる、と考えていたからだ。


 愛でもなく、恋でもなく、肉欲ですらない、打算のキスだ。

 それでも俺の『想波(カムナ)』は三人に同じように預けられる。


 此川さんと亜厂から向けられる特別な感情を理解していながら、俺は御倉と戦略的にキスをした。

 これってやっぱりセクハラなんだろうか。


 この五日間、訓練漬けの日々で考えられなかった二人との関係、それが、そこに御倉のことまで加わって押し寄せて来る。


 最低な自分と割り切れない自分と選択する勇気がない自分が、それぞれに顔を出して、結果、混沌の泉へと還っていく。


 訓練したい……。


 ヘルメットを被り直した俺は、無線で春日部隊長に現状を報告。

 春日部隊長からは、「久しぶりにDD同士、積もる話もあるだろう」としばらくそっちに居ていいと連絡をもらったが、俺は皆との会話もそこそこに、「今、訓練してもらっているから、早く戻らなくちゃ」などと言って、そそくさとその場を逃げ出すのだった。


 その夜、俺はめちゃくちゃ訓練した。


 朝、疲れが取れぬまま大音量で起こされる。

 モヤモヤが取れぬまま、訓練する。

 千人組手というものの、格闘技経験のない俺は、大人相手に一本も取れない。

 ここでやっているのは、柔道、剣道、捕縛術、総合格闘技が主で、せめて基礎だけでもと、相手の真似をしてみるが、やってもやっても必ず負ける。

 ちなみに、俺の安全はあまり考慮されていない。


「自分で考えろ! 身体が覚えたことは忘れない!」


 延々とボコボコにされる。


───なるほど、肉体的に劣る故にこのように技術が発展する訳か……面白くはないが、理があるのだな。尤もあの春日部とかいう土くれの教え方は嫌いじゃない───


 ベリアルが俺の肉体の損傷を治しながら、そう評する。

 ただ、これは問題だ。

 ベリアルが嫌いじゃないということは、この訓練にはほとんど意味がないと太鼓判を押されたようなものだ。


「よし、休憩終わり!

 日生想士、続きだ!」


 俺は、このモヤモヤをぶっ飛ばしてしまいたくて、幻の山に登っているようなものだ。

 ボコボコだろうと、とにかく何も考えずに身体を動かせれば良かった。


「おねがいしゃーっす!」


 俺は見様見真似の動きをしながら、相手の隊員に柔道っぽく掴みかかる。

 同時に相手の隊員が俺の身体をすくい上げるようにして、俺の身体は宙に舞った。


「違うっ!

 いいか、日生、ここはお前の感情をぶつける所じゃなくて、訓練をするところだ。

 見様見真似はいい。だが、もっと見ろ。細部に注目しろ!

 そして、何故、そうするのか考えろ!

 貴様はガタイがいい訳でもなければ、他の隊員を振り回せる筋肉がある訳でもないだろうが!

 何故、やられるのか、何故、やれないのかを考え続けろ!」


 春日部隊長の言葉が響く。


「はい……」


 正直、今は何も考えたくなかった。

 だが、それは見抜かれていたようで、春日部隊長は続ける。


「どうした? 昨日の出動から変だぞ。

 何かあったのか?」


 俺は考えたくないはずなのに、気がつけば此川さんと亜厂、さらに御倉のことを話していた。


「つまり、三人の女性とキスをした。

 お前は誰が好きか分からない。

 自分のやっていることが悪に見える、とそういうことか?」


「はい……御倉とは、たぶん感情のないキスで、それはいいんですけど……」


「おい!

 ……感情のないキスだと?

 本人からそう言われたのか?」


 春日部隊長の目は真剣だった。

 何故か怒られているような気分になる。


「あ、いえ、言われてはいないですけど……」


「ならば、なぜ決めつける?」


「いや、会って間もないですし……パワーアップ目的のキスなので……」


「時間は関係ない。

 手段が目的と合致する可能性もある。

 何かお互いの共通項があったりしないのか?」


「共通項……俺が……俺の中に『再構築者(リビルダー)』が居ることを知っている、秘密の共有者ではありますけど……」


「春日部隊長!」


 山田隊員が立ち上がる。


「なんだ、山田」


「日生想士に稽古をつけます!」


「許す!」


 俺は山田隊員に襟ぐりを掴まれ、立たされるとぶん投げられた。


「日生想士!

 貴様に足りないのは、想像力だ!

 貴様とキスをした御倉想士は尻軽女だと思うか!」


「いや、尻軽ってことは……」


 俺はもう一度、ぶん投げられた。


「ならば、どのような決意で日生想士とのキスを選んだか、考えたか!」


「それは、戦略的に……」


「キエーイ!」


 立たされ、投げられる。変な落ち方をして、めちゃくちゃ痛い。


「首を上げろ、身体を開け、衝撃を分散させろ!

 それが戦略的な立ち回りということだ!

 無防備に感じる動きにも意味はある!

 御倉想士が好意のない相手とキスをするような膿んだ輩に見えたか!

 それともキスは挨拶とでも言う欧米帰りの異文化を持つように見えたか!」


 はじめて、アドバイスに意味を感じた。

 俺は本質的な部分を見ずに、言葉の表面だけを追っていたらしい。

 身体を丸めて落ちると、痛い。

 御倉に戦略的意図があったとして、そのために好きでもない相手と唇を重ねるという行為をすることは、どれだけの重荷になるのだろう。

 胸の奥が痛い。


 相手も俺と同じように、ようやく恋や愛を知ろうとしている可能性もある。

 それなのに、俺は「戦略的に……」なんて、御倉をバカにした言葉だった。

 意外とサバサバしているタイプなんだろう、くらいにしか見ていなかった。


 想像力。

 細かい部分に目を向けていない。

 たしかに言われる通りだ。


 自分の気持ちが定まらないからと、自分のことだけを優先して、ちゃんと考えていなかった。

 此川さんは亜厂とキスする俺をどう見ているんだろうか?

 亜厂は此川さんとキスする俺をどう見ているんだろうか?

 その中に割って入った御倉は、他の二人とどうするつもりなのか?


 俺が想像しなければならないことは無数にある。


 山田隊員が、今、ここで、さらにもう一度投げ飛ばさない意味は?


「も、もう一本、お願いしますっ!」


 俺は立ち上がった。

 分からないことを考える。


「よし、来い!」


 大人たちは俺に何かを教えようとしている。

 その意味を知りたくて、俺は訓練を続けるのだった。





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