バレーする中野先生 53
俺は自分の目を疑う。
中野先生と亜厂たちは、バレーボールをしているように見える。
たしかに、中野先生は男子バレー部の顧問だったが……。
中野先生対亜厂、御蔵、此川さん、真名森先生の操る『小人の邪妖精』で変則バレーボールをしている?
俺は体育館の入口で立ち尽くす。
「まつりちゃん!」
「琴子!」
「アターック!」
亜厂がレシーブしたボールを此川さんがトス、御蔵がアタックする。
御蔵は拳を握り込み、おそらく『想波』を使ったジャンプと共に、握り込んだ拳にも『想波』を纏わせているように見える。
「がうっ……ぎゃぎゃ……ぎゅあっ!」
中野先生は獣の動きでレシーブ、トス、アタックを一人で行う。
まるで、分身の術でも見ているようだ。
四対一だが、その一が強すぎる。
必死にボールを追う此川さんだが、反応の遅れか、決められてしまう。
どこからか、笛の音が聞こえて、勝手に得点表が捲られていく。
「あ、満月くん!」
俺を見た亜厂が声をあげた。
「ど、どうなってんだ……」
「た、タイム! タイム!」
「ぎゃっ……」
御倉が叫ぶと、中野先生は頷いた。
かくかくしかじか。
「要するに、これは中野先生に取り憑いた『再構築者』の権能『狩りの掟』ってやつでやってる封印と魂を賭けた変則バレーって解釈でいいのか?」
うんうん、と此川さんが頷く。
「お互い特殊能力あり、中野先生は一人で三回までタッチOK、ただし、特殊能力もワンタッチとして数える、こちらは六人までコートに入れて良し、二十五点の一セットマッチ。
それ以外は普通のルールと同じだって」
御倉が説明してくれるが、俺が気になったのはそこじゃない。
「権能ってことはオルムホスの『再構築者』?
それと、今の話だと中野先生が説明したような口振りだけど?」
「うん、そうやで。
ホントかウソかは知らんけど、アルテミスって名乗ってたわ」
「アルテミスって、月と狩猟の神だっけ?」
俺は拙いゲーム知識を披露すると、御倉が言葉を継ぐ。
「それと、処女神で貞操を大事にする神でもあるね」
「……中野先生、男だよな」
「文句言うとったよ。よりにもよってこんな身体しかないのかって……」
「じゃあ、侵食率は高くない?」
「八十一パーセントでした。
そこから考えても、あの動きはなんらかの権能が使われていると思います」
亜厂の言葉からすると、それがなんの権能なのかは分からないようだ。
「基本ルールがバレーなら、六人揃えた方がいいか?」
「ううん。生身でアルテミスのスパイクは受けられないよ。見た目よりも重さを感じるから……」
「マジで……」
人数が多い方が有利だろうと考えて、俺も参加するつもりだったが、自力で『想波防御』が使えない俺はもしかして戦力外か……。
俺が考え込むと、此川さんが俺の手を取った。
「組木さんから、私らが良いならって言われてる……『フリッグの約束』……しよ……」
「わーお、此川、積極的ぃ!」
御倉がはしゃぐ。
「あ、の……『生太刀・生弓矢』も!」
亜厂が恥ずかしそうに、しかし、目だけはしっかりと俺を見て、俺の服の裾を引きながら言う。
今度は『小人の邪妖精』が両手を上げて、ぴょんぴょん飛び跳ね、はしゃぐ。
「お……あ、う……」
「その方が動きが軽くなるんでしょ。
中野先生が時間を気にしてるから、早くしちゃって!」
御倉が中野先生を気にして言った。
得点は二十対二。
俺はヘルメットを外した。
繋がる。繋がる。
ポン、ポンポンポン……とバレーボールが転がる。
中野先生がこちらを唖然とした顔で見ていた。
俺を見ていた。
なんだ?
中野先生が雄叫びを上げた。
「ぐがあああああーーーっ!」
ふしゅ、ふしゅ、と鼻息荒くボールを拾う。
「なんか、怒ってへん?」
「ああ……貞操の神的に許せない、とか?」
「と、とにかく、頑張ろう!」
亜厂が全員に向けて言って、俺たちはコートに散った。
ピッ! また、どこからか笛の音がする。
ゲームスタートの合図だ。
中野先生はボールを高く浮かすとジャンプしつつサーブを打った。
早い! 俺の顔面に真っ直ぐ飛んでくる。
間に合わない。俺は顔面で受けた。
く、首が持って行かれそうな程に重い。
ズバンッ! ボールが浮いた。
「風よ、巻き上げて!」
変なところに飛んで行きそうなボールを御倉が『欲望』でトスに変える。
「よっしゃ! いくで、全力カムナアタック!」
手に大量の『想波』を纏った此川さんが、アタックと同時にその『想波』を爆発力に変えた。
ピピーッ!
中野先生は、そのエネルギー量に間に合わず、俺たちは久しぶりの得点をした。
「やったー! まつりちゃん、ナイス!」
「ほのちゃん、ひなせくんのカムナを混ぜるんや!
今までと桁違いのパワーになる!」
「えっ……」
「ええから、やってみて!」
「う、うん!」
ちょうど順番は亜厂のサーブからだ。
全身を『想波』で覆った状態ならば、普通の肉体の数倍の力が出る。
そして、亜厂の右手には、亜厂と俺の『想波』が握られていた。
「そーれ!」
それほど強烈なサーブではなかった。
そもそも、ジャンプサーブが打てるほどの器用さが亜厂にはなかった。
下手てはなく、上手で打てるだけでもマシと考えるべきだろう。
しかし、レシーブした中野先生は大きく体勢を崩す。
なんらかの作用があるらしく、重かったのだろうか。
半端な上がり方をしたボールを、中野先生は苦しそうに二打で返して来た。
「ええで、もらった!」
真名森先生、亜厂と繋いだボールを此川さんがアタックする。
どうやら、此川さんが見つけたふたつの『想波』を混ぜて使う方法は、劇的な効果があったようで、俺たちは面白いように得点を重ねていった。
「ぐがあああああっ!」
二十対十五になった時、中野先生がタイムを取った。
「一人っきりでタイム取って、どうするつもりだ?」
俺が不思議に思っていると、中野先生は自分自身を抱き締めて叫び始める。
それは玉子の殻を砕くような音と共に、自身を改造する時間だった。
変異が進む。
人と変わらぬ姿でありながら、確実に何かが変わっていく。
慌てて御倉がカメラで確認したところ、ほんの短時間で六パーセントも変異が進んでいた。
見た目的にも、獣のような姿勢が少し伸びて、何故か神々しさを感じた。
「くおおおおおおおおっ!」
少し甲高い声で鳴いて、中野先生はコートに着くのだった。




