告白する亜厂ほのか 50
「契約……?」
亜厂が小さく首を傾げた。
「あ、ああ、この前、外林さんが教えてくれて……ほら、魔法を使うのはエルパンデモンのリビルダーだろ。
彼らにとって、契約は特別な意味があるかもしれないって聞いたから……」
俺は外林研究員をダシにして、適当にそれっぽいことを言った。
後で口裏を合わせてもらおう。
「へえ……さっきのが日生さんの『欲望』なんだね。
美也子先生と同じ、特殊タイプだね!」
御倉が俺にだけ分かるように、片目を瞑ってみせる。
他三人に、ベリアルとの交代劇を『欲望』だと印象付ける作戦ってところだろう。
「ああ、まあな」
だが、亜厂は俺の『欲望』よりも気になることがあったようだ。
「あの……まつりちゃんさ……満月くんとさ……」
「あ〜……そうやね。
まあ、ほら、好きやからさ!」
「す、すすす、好きって、その満月くんを?」
「うん、ほのかちゃんには悪いけど、私も好きやねん」
ん? 俺の耳が、ただならぬ言葉を聞きつけた。
「あ、ちょ、あの……」
「ええやんか。私はうじうじしたない!
まあ、ちょっとは、するんやけど……でもやな、ちゃんと勝負したいねん!」
此川さんが亜厂を見据えて言う。
一瞬たじろぐ亜厂だったが、すぐに視線が上がる。
「う……あう……うん、分かった。
あのね、満月くん……好き、なの……」
「お……あ……う……」
亜厂が、俺のことを、好き?
俺は正直、混乱した。
モテとは無縁の生活を送って来た。
此川さんに告白されただけでも、俺の世界が一変するような出来事だというのに、亜厂まで俺に告白する世界線って、なんだ?
まさか、『再構築者』の攻撃だったり?
俺は周囲を見回した。
御倉が口笛を吹いて、カメラを構えていた。
いや、どういうことだ?
「ああうう……ごめんなさーい!」
亜厂が逃げ出した。
「ちょお、ほのか!」
逃げ出した亜厂を此川さんが追っていく。
「ほのちゃん、恥ずかしくなって、逃げたか……あ、逃げられた日生さん、こっち向いて!」
パシャリ! カメラのフラッシュが炊かれる。
それから、御倉は拳をマイク代わりに、俺へと向ける。
「告白しつつ、耐えきれなくて逃げた亜厂さんですが、告白を受けた側として、今の心境はどうですか?」
「これがリビルダーによる精神攻撃の可能性は?」
「……なるほど。そうきたか〜。
なかなか不遇な学生生活を送られて来たようで……」
「……余計なお世話だよ」
「まさか、こんな近い距離感で、くんずほぐれつのドロドロ恋愛劇が起こっているとはね〜。
いやあ……」
それから御倉は声を潜める。
「……これって、例の『欲望』のせいって可能性は?」
「うっ……無いと思いたいけど……こ、此川さんに告白されたのは、取り憑かれる前だったはず……」
やばい、自分で言ってて痛々しく感じる。
俺が、あの此川さんから告白されたという事実。
実は友達と遊んだ時の罰ゲームで……という可能性をゼロにできない自分が居る。
いや、それは勇気を示してくれた此川さんに失礼だ。
自分のこれまでモテて来なかった事実と、どう考えても人気者の此川さんが自分に惚れたという現実。
どちらを信じるかと言えば、此川さんを信じるべきだ。
「そっかぁ……ふーん、なるほどねぇ……」
俺の周りを回りながら、御倉が俺を観察する。
パタパタ、とスリッパの音が響いて、真名森先生が屋上に姿を現す。
「いやぁん、もう、ア・オ・ハ・ル!
満月くん、モテそうだもんね!」
真名森先生は『目玉の邪妖精』で一部始終を観て、それから声を掛けに上がってきたのだろう。
「美也子先生から見ると、モテそうなんですね」
御倉の言葉に、俺は軽く傷ついた。
「そりゃあね! 満月くんって、友達想いだしぃ、高校生にもなって、ヒーローに憧れちゃうのとか可愛いしぃ、誰かのために本気になれるところとか、かっこいいじゃん!」
面と向かって褒められると、なんだかむず痒い。嬉しいけれども。
「ああ、だから、あの変身みたいな掛け声!」
御倉はかなり明け透けに話をする。
くっ……色々とこちらの事情を知っているだけに、妙に気恥ずかしくなる。
「それで……どっちにするの?
もしかして、どっちもとか?」
「え、サイテー……」
真名森先生は目を輝かせるが、御倉は真名森先生の言葉で、俺に冷たい視線を送って来る。
「えっ!? いやいやいや……その……正直、整理がつかないと言うか……どっちも俺にはもったいないというか……組木さんから殺されるとか……ええと……時間が欲しい、です……」
「ああ、セクハラ疑惑ね」
「ああ、それもありましたね……」
既に二人の耳にも入っているらしい。
「二人が嫌じゃなければ、アオハルしちゃっていいと思うけど?」
真名森先生のアオハルが変な意味に聞こえてきそうな気がした。
だが、そういうことではなかったようで、真名森先生はさらに言葉を重ねる。
「満月くんは、まだ恋と愛の区別とか分からないんだと思うの。
だから、いっぱい悩めばいいよ!
それが、アオハルなんだから!」
恋と愛。たしかに、亜厂が気になっているという想いが恋愛感情なのか、此川さんの言葉に揺れ動いた気持ちが恋愛感情なのか、俺にはそんな区別もないような気がする。
表面的な『リア充』という言葉に、憧れはあるものの、それは何かと言われれば、分からないと答えるしかない。
「最近の子なら、付き合ってから決めるとかでもいいのよ。
あ、性教育が必要な時は言ってね!
お互いに傷つかないためにも、必要だから!」
真名森先生がオープン過ぎてツラい。
ただ、「いっぱい悩めばいい」この言葉だけはまっすぐ受け止めていい気がしたのだった。




