此川《このかわ》松利《まつり》 5
俺の携帯が新しくなった。
最新モデルのホロビジョンディスプレイ搭載、思考型イヤホン連動のやつだ。
国からの支給品で、特殊な電波で人を遠ざける『人払いアプリ』やカメラに写した相手が『再構築者』かどうかを判定する『転生者診断アプリ』なんかが入っている『妄想☆想士』必携アイテムなんだそうだ。
まあ、そんなことより超大充電システムとか、思考リンク操作システムなんかが嬉しい。
「昨日、いきなり学校休んで、どうしたんだ?」
ユキユキこと結城裕貴が朝のホームルーム前に声を掛けてくる。
「うん、まあ、ちょっとな……」
国の秘密組織に行って、簡単な説明と今の首相に会って来たとは、言えない。
言葉を濁す。
「あ、お前、ソレ最新モデルの携帯……さては、サボって買いに行ったな……」
目敏くユキユキが俺の携帯に目を付けた。
ちょうどいい、そういう事にしておこう。
「あ、分かる? 分かっちゃうかぁ……まあ、自慢するほどでもないんだけどぉー」
「うわ、そのドヤ顔、めちゃくちゃムカつく!」
そこから使い勝手がどうだとか、ホロビジョンの見やすさがどうだとか、ひとしきり自慢したら、ユキユキは悶えていた。
なっはっはっ! 羨ましかろう!
俺は無邪気に喜んでいた。
授業が始まり、退屈に欠伸を噛み殺しながら、チラリと亜厂の方を見る。
今日は、寂しそうな顔はしていない。
なんとなく、俺がホッとしていると、亜厂がこっちを見た。
目が合った瞬間、目を逸らされた。
ちょっと傷ついた。
亜厂と秘密の共有者になって、少しばかり嬉しかっただけに、そっぽを向かれると心に来るものがある。
そんな時、俺の新しい携帯がメッセージの着信を訴えていた。
こっそりと確認する。
───近隣に『再構築者』反応有り、捜査されたし───
捜査? 何をどうしたらいいんだ?
そもそも、このアドレスって誰だよ?
なんとなくだが『TS研究所』のような気がした。
だとしても、俺は頭を捻る。組木さんからは昨日、大枠の説明と新しい携帯を貰ったくらいで、実際に何をやるか、どうやるかなんて話は聞いてない。
俺が困っていると、新たにメッセージが届く。
───昼休み、屋上で待ってます。亜厂───
思わずとなりの亜厂を見る。
相変わらず、そっぽを向いたままだが、心なしか耳が紅いような気もする。
このメッセージって、この亜厂だよな?
さすがにここで愛の告白なんじゃ……なんて勘違いはしない。
おそらくは、その前のメッセージ絡みだろう。
ちょっと不安になりつつも、俺は昼休みを待つことにした。
亜厂は昼休み、友人たちと連れ立ってどこかへ行ってしまった。
俺は気もそぞろになりながら、買ってきた菓子パンを大急ぎでやっつけて、部活の愚痴を語りたいユキユキを置いたまま、コソコソと屋上へと向かった。
立ち入り禁止のはずの屋上のドアは、呆気なく開いた。
ウチの学校の制服に身を包む女子が外を眺めていた。
「亜厂……?」
なんだか違和感を感じながら声を掛ける。
制服女子が振り返る。
そこで違和感に気づいた。
亜厂は胸くらいまでの長さの髪をポニーテールに結んでいるが、その制服女子はショートカットだった。
「ああ、ごめんな。亜厂やなくて。
ウチは1ーAの此川松利。
DDの一人や」
「えっ、あっ……1ーCの日生満月……です」
「うんうん。ひなせくんな。
聞いてるで」
DD。それは『妄想☆想士』の隠語だ。
此川さんはクリクリした瞳を笑ませていた。
「亜厂はもうすぐ来るはずやねんけど、先に始めとこか」
「始めるって、何を?」
「そりゃもちろん、捜査会議やろ」
いや、何も知らないんだが!?
さすがに初対面で気安くツッコミを入れるのは気がひけるので、どうしようかと思っていると、此川さんがベンチを指さした。
今でこそ屋上は立ち入り禁止だが、昔は解放されていた時もあったらしいので、その名残りだろう。
此川さんと二人でベンチに座る。
「ちょっと、これから説明するんやから、もっと近く!」
此川さんが、自分の横の座面を、ぺちぺちと叩く。
「う、うす……」
俺は少し近づく。
「こっちの画面、見えへんやろ。もっと来て!」
俺が言われるままに、さらに近づくと、二人の距離は三十センチもない。
「もう……」とか何とか言いながら、此川さんが近づいて、二人の距離がほぼゼロになった。
ちっか! 近いんだが!?
急に俺の体温が上昇した気がする。
顔が熱い。
「ほら、見て。ええ? 説明するよ」
最新モデルの携帯からホロビジョンが立ち上がる。
覗き見防止機能のため、ほぼ正面でないと画面が見えない。
だから、これは仕方がないことなのだと自分に言い聞かせる。
女性への免疫がない自分がなんとも恨めしい。
昨日の組木さんとは違う、爽やかな香りが俺の鼻を刺激する。
「ひなせくんがやることは簡単や。
怪しいと思う人がいたら、『転生者診断アプリ』を立ち上げて、写真を撮る。
ここの転生者度が八十パーセント以上だったら、こっちのボタンを押す。
それだけ。な、簡単やろ?」
「う、うす……」
「この学校ってな、たぶん異世界からの門になってんねん。
だから、ここら辺で警報が出た時は、大抵はこの学校の誰かに『再構築者』は取り憑く。
私らは魔が刺すって言ったりするんやけどな、魔が刺した人ってのは、大抵、元の人格から、ガラッと様変わりしてたりするんよ」
「いや、それって元の性格知らないと分からないんじゃ……」
いきなり怪しい人は人格が違うと言われても、この学校の知り合いなんて、俺の場合、担当の教師とクラス内のまともに話をするやつくらいしかいない。
「うん、だから、私らはなるべく友達増やしたりして、普段から情報集めたりしてんで」
う……俺の中で捜査のハードルが上がった。
まともな友達なんて、ユキユキとあと数人しかいないぞ。
俺が困っていると、此川が下から覗き込んで、花が咲くような笑顔を見せる。
「あー、友達おらんタイプ?」
「いや、いない訳じゃねえけど……」
「そしたらあとはな〜……『転生者診断アプリ』で全体写真とか集合写真を撮んねん。
中に『再構築者』がおったら、数値が高くなるから、そこから絞ってくのも手やねんで」
「お、おう……友達いない訳じゃねえけど……」
なるほど、『転生者診断アプリ』は何も一人だけを撮ることにしなくてもいいのか。
その写真の中に『再構築者』が居れば、数値は高くなるらしい。
自撮りを装って、背景に他人を入れるだとか、趣味の写真ですって感じで撮れば、怪しまれずに済みそうだしな。
「あははっ! そんな言わんでもええよ!」
何が面白いのか、此川がコロコロと笑う。
肩と肩が触れ合って、女性特有の柔らかさを感じる。
ヤバい、また顔が熱くなってくる。
「松利ちゃん、ごめんね!
遅くなっちゃった!」
「あ、亜厂! 遅刻やで、もう……」
少し怒った風に見せる此川さんだが、顔は笑っている。
亜厂は俺に向かって会釈だけすると、此川さんのとなりにしゃがむ。
「何しとんの? ひなせくんのとなりに座ったらええやないの?」
此川さんはベンチの右端。俺は真ん中。左端にはもう一人、座れるスペースがあるものの、亜厂はあからさまに俺を避けて、ベンチの無い部分にしゃがんだわけだ。
これは、俺が何か言うべきだろう。
「あ〜……組木さんから、あの……アレは救命措置だったって聞いてるから、その……」
グダグダだ。
「ん?」
此川さんが亜厂と視線を合わせる。
亜厂は顔を真っ赤にして、必死に否定のために首を振っていた。
此川さんは、俺を見て、もう一度、亜厂を見て、うんうんと一人納得したように頷くと、立ち上がって、自分が座っていた場所に亜厂を座らせ、此川さんは俺の左どなりに場所を移した。
「あ、ちょ……松利ちゃん……」
捨てられた仔犬のように亜厂が此川さんを見上げるが、此川さんは自信満々に場所を移動した。
「亜厂はちょーっと変なとこあるねんけど、優しく見守ってあげてな!」
此川さんは俺に向かってそう言うと、ウインクして見せた。
「さ、それじゃ、続きな……ひなせくんは、まだ『デザイア』が使えへんって聞いてるから、もし見つけたら、私か亜厂に連絡な。
余計な事したらアカンで!」
「えと、アドレスって……」
「わ、私のはさっきのメッセージのやつがそうだから……」
亜厂が口早に言う。
「ああ、同じクラスやったっけ?
そしたら、これが私のな」
此川が自分の携帯をスワイプさせる。
ヴヴッ、と俺の携帯が着信した。
ブルートゥースで飛ばしたのだと分かった。
同じクラスでも、となりの席でも、アドレスを知らなかったって場合もあるみたいですよ、此川さん……いちいち指摘しないのは、俺の心の保護のためだ。
でも、今日だけで二人も可愛い女の子のアドレスをゲットしてしまった。
なんだか得した気分だ。
「私が日生くんの教育係だから……」
潤んだ瞳で亜厂が俺に言う。
「そんな、ガチガチで言われたら、ひなせくんも困惑するで。
まあ、袖振り合うも多生の縁やろ、いつでも連絡してきてくれてええからな!」
なるほど、亜厂が俺の教育係で、此川さんは、この場合、同僚ってことになるんだろうか。
「昨日の今日で、何にも分かってないんだけど?」
「まあ、ひなせくんにいきなり戦えなんて言わんから安心してな。
あくまでも、まだ捜査協力。
対処は私か亜厂がするから」
「え、でも、一昨日みたなやつなんだろ。
大丈夫なの?」
「ふっふっふっ、私の力はまだ内緒やけどな。
戦ったら強いんよ、私!」
どうも亜厂には避けられてる節があるし、現状だと此川さんの方が話しやすい。
ただ、カチコチに身体を強ばらせている亜厂の方から、凄い熱だけが伝わって来る。
「わ、私も強いから!」
いきなり大きな声で、亜厂がそれだけ言った。
びっくりした。
亜厂を見て、俺は思わず頷いて見せる。
「もう、ホンマにどうしたん、亜厂?
もしなんなら、教育係、交代するように組木さんに私から言おうか?」
ブンブンと首を振って否定する亜厂。
「私の仕事だから!」
「それならええんやけど……。
それで、亜厂の方で怪しい人の情報って入ってるん?」
「ま、まだ……」
「私の方もまださっぱりなんよな……放課後、もうひと当たりしてみよか」
なるほど、こういうことをするから、亜厂に年上の彼疑惑とかが出るんだな、と俺は思った。
「放課後、日生くん、教えるから、体育館の裏で……」
「なんか、亜厂、ロボットみたいやんな」
くすくすと笑いながら、此川さんが俺に同意を求めるが、俺は返答に困るしかない。
「ほな、後は何かあったら連絡ってことで!」
昼休みの会合はこれで終わるのだった。