繋がる三人 48
息ができない。ヤバい、死ぬ!
昔、昔、世界には何もなかったとか、混沌があったとか、真っ暗だったとか聞くし、なんとなく宇宙の中の星がない一角を想像したりもした。
ただ、そんな綺麗なモノじゃなくて、ぐるんぐるん、ぐわんぐわん、意味不明な衝突と濁流で極彩色のなにかの中に自分が翻弄されていて、気持ちいいのか悪いのか、そのどちらもがそこにはあって、ああ、これが何も無くて、暗闇で混沌なんだと理解しそうな瞬間、全てが収束して、黒に塗り潰された。
それはたぶん、コンマ何秒、もしかしたらもっと短い時間かもしれないが、光が差した。
その光は、生命なんだろうか。
良く分からないが、意識を失っていたと理解できたのは、喉を、するりとあたたかいものが通ったからだった。
瞬間的に思い出したのは、亜厂は無事だろうかということだ。
俺自身をクッションにしたつもりだが、ちゃんと守れたか分からない。
此川さんが供給してくれる俺の『想波防御』は瞬間において、万能ではないと知れた。
たぶん、許容量を超えるダメージだったのだ。
そのため、身体は悲鳴を上げ、精神は自己保身のために途切れた。
どれくらいだ?
何分? もしかしたら何時間だろうか?
「亜厂っ、無事かっ!」
「ひ、日生くん……」
目の前いっぱいに亜厂の顔があった。
泣き顔だった。
「もう……無茶しないでよ……ホントにダメかと思ったんだからぁ!」
ポトポト、と雨のように涙が落ちてきた。
「……亜厂は、大丈夫か?」
そう問うと、亜厂は声を詰まらせながら、コクコクと頷いた。
「悪いな……また、『欲望』を俺に使わせちまった……」
亜厂は必死に首を横に振った。
俺は、これでまた組木さんから疑惑の目を向けられると思うと、辛かったが、今回は亜厂が本当に危なかったのだから、救えて良かったと安堵した。
俺は起き上がろうとして、身体が動かないことに気づいた。いや、左半身だけ動く。
ずるり、と滑って転んだ。
「あ、あれ……動く……いや、動かない……」
「えっ!?」
「右半身が……」
「あっ!?」
亜厂に右半身を支えられて、どうにか立ち上がる。
「どう……なってんだ……これ……」
「あ、あの……あの……満月くん……その……目を閉じて!」
亜厂が急に強い口調になる。
「お、おう!」
俺は思わず言われた通りに目を閉じた。
ちゅっ……。
「なんで左半身だけ動いたかは分からないけど……『生太刀・生弓矢』を掛けたから……あ……」
此川さんに預けていた残りの俺の『想波』の内、半分が、此川さんから俺、俺から亜厂へと移動していく。
「まつりちゃんとキス……」
繋がった。俺を介して、亜厂と此川さんが繋がったのが分かる。
これは恐らく、此川さんにも理解できただろう。
「あ、いや……その……これはほら……」
繋がる意味。この時点で、『生太刀・生弓矢』のための儀式を本能的に理解していた亜厂が、本能とは別のところで繋がる意味を理解したのだと分かった。
「満月くん……」
「え、ええと……」
途端、俺の左手が天を指さした。
俺の意思にはないことだ。
俺は、まるで浮気がバレたダメ男みたいな反応をしていたが、自分の手の動きに驚いてしまう。
これは、此川さんの意思だった。
つまり、上に来い、という意思表示なのだろう。
同時に左半身の操作も俺に返ってきた。
見上げた屋上では、御倉の『北風の竜巻』が動いていて、戦闘が終わっていないことが分かる。
「亜厂、話は後だ。まずは吉岡先輩を封印しないと」
「……う、うん!」
「運ぶぞ、掴まれ!」
俺は亜厂の返事を待たずに、亜厂を抱き上げると、走り出した。
体力的にも強化されている俺が運ぶのが一番早い。
「あ、ちょっ……ダメなのに……」
「分かってる!
組木さんに怒られるのは、諦めた!」
俺はスピードを上げていく。
「まつりちゃんが……バカ……」
亜厂が何かを呟いた。俺と亜厂と此川さん、三人で繋がったことによって、亜厂に何か変化でも起きたんだろうか。
亜厂が此川さんをくさすとは思えないので、たぶん、俺が馬鹿なのだろう。
ただ、その後は亜厂が俺の揺れに耐えられなくなったのか、強く抱き着いてきたので、それ以上の罵詈雑言は聞くことがなかった。
封印が終わってから聞くとしよう。
そう考えて、俺は走るのだった。




