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説得する御倉琴子 47


 既に陽は落ちた。完全下校までもう少し、外では『TS研究所』の大人たちが、いつでも学校封鎖ができるように包囲を縮めている。

 帰っていく生徒たち。

 それを尻目に、屋上では吉岡先輩と御倉琴子が向かい合って立っていた。


「やあ、待たせたかな。大事な話って……?」


 吉岡先輩が少し斜に構えて聞いた。

 御倉は恥ずかしそうにモジモジしながら、携帯に移しておいた証拠写真を見せながら言う。


「あの〜、吉岡先輩って……吉岡先輩じゃありませんよね?」


「は……?

 いや、俺は俺だよ。良く見てくれ……」


 吉岡先輩は両手を広げて、自分アピールをしながら、写真を良く見ようと近づいてくる。

 そこに写るのは、吉岡先輩自身と八十五パーセントの文字列だけだ。


「何が写っているのかと思えば、俺じゃないか……この文字列は?」


「吉岡先輩の〜……『再構築者(リビルダー)』としての侵食率です〜。

 あの! 素直に還りませんか?

 封印されると面白いことにはなりませんよ?」


 吉岡先輩が身構える。

 御倉はまずは交渉から入る。

 場合によっては、素直に認めるやつもいるのだそうだ。


「お前……テラの戦士か……何故分かった?」


「それは重要じゃないですね……問題は、還るか還らないかです……」


「還らないと言ったら?」


「永遠に封印されます」


「俺は……」


 吉岡先輩が答える直前、花壇の裏から亜厂が姿を現した。


「還った方がいいですよ」


 亜厂の横には、真名森先生の『目玉の邪妖精(イビルアイ)』が浮かぶ。


「……おっと、仲間がいたか。

 仕方がないな……とでも言うとでも?

 『筋肉注射(パンプアップ)』!」


 吉岡先輩の周囲に注射器が現れる。

 魔法、だ。

 その注射器が吉岡先輩に刺さると、小柄な吉岡先輩の筋肉が倍ほどに膨れる。


「はぁーはっはっはっ!

 テラの戦士が何人来ようが関係ない。

 上質な魂としていただくのみ!」


「せっかく、穏便に済ませてあげようとしたのに……」


 御倉がカメラを構える。


「大祭の関係者……容赦しませんよ!」


 亜厂が『木刀ボールペン(トツカノツルギ)』を具現化して、吉岡先輩に一気に肉迫する。


「何故、それを知っている……まさか、エルヘイブンの手が伸びたか……」


「そう言うっちゅうことは、エルパンデモンの住人やな」


 此川さんも隠れていた室外機から『彫刻刀槍(グングニール)』を持って飛び出す。


 俺は学校近くに控えている大人たちに、学校封鎖開始の指示を出して、屋上に邪魔が入らないように『人払いアプリ』を起動する。


 その間にも、亜厂は吉岡先輩を斬りつけ、此川さんは苛烈な突きを放つ。


「ぐえっ……ぐふっ……」


「さあ、死にたくなければ、封印を受けなさい!」


「『再生の錠剤』!

 この程度で、私を追い込んだつもりか……」


 空中にラムネが一粒、空気を凝縮するように生まれる。

 吉岡先輩は、それを摘んで口中に放り込む。

 同時に傷が癒えていく。


「『毒の薬液』!

 これを浴びれば、皮膚は爛れ、強烈な渇きに苦しむぞ!

 さあ、誰から浴びたいんだ?」


 次に生成されるのは毒薬の瓶だ。

 まるで科学者のような魔法使いだ。


 だが、御倉は一葉の写真を懐から取り出し念じた。


「この写真は私のモノ。私の切り取った空間は私のモノ。自在に操り、自在に動く。

 風よ、切り裂け、『北風の竜巻(ボレアース)』!」


 冷たい氷の刃のような竜巻が生じる。

 吉岡先輩は竜巻の端に触れただけで、カマイタチに切り裂かれ、腕を痺れさせたようで、慌てて竜巻から逃げた。


「くそっ! なんだこの冷たい竜巻は!

 だが、お前は武器を持たないようだなっ!」


 逃げた吉岡先輩は異常に増えた筋肉で、御倉へと走る。


 俺は両手のゴツイスマートウォッチ、『カムナブレス』を起動する。

 スマートウォッチを中心に力場が形成される。


「試運転だ……」


 俺は階段の屋根から躍り出ると、御倉の前に出る。


「食らえっ!」


「させるかっ!」


 吉岡先輩に投げられた毒薬瓶を左手の盾で弾く。


「ちっ……まだいるのか!」


「おとなしく封印されろ!」


「テラの戦士ごときに負けるか!」


 俺の前面に展開された半透明の盾が、ジュワジュワと音を立てる。

 此川さんに預けている俺の『想波(カムナ)』がどんどん消費されていくのが分かる。

 還元率が悪いとは聞いていたが、これほどかと思う。

 いや、この毒薬の効果もあるのだろう。

 盾の『想波(カムナ)』による再生が延々と続くほど、ヤバい毒らしい。


「みんな、気をつけろ!」


「はああああああっ!」


 亜厂が突っ込んで行く。

 吉岡先輩の肩口から入った『木刀ボールペン』が、その分厚い筋肉のためか、止まる。


「はっはっはっはっはっ!

 ダメージを受ければ、受けた分だけ超再生が働く!

 先ほどと同じだなどと思ったら、大間違いだぞ、女ぁああっ!」


「……っ!? きゃっ!」


 吉岡先輩が亜厂に喉輪を決めたと思うと、そのままその膂力を使って、亜厂を放り投げた。

 まるで丸めた紙くずを放り投げるような、スナップだけの投擲〈に見えた〉。

 それは屋上の手すりを超え、亜厂の驚きの顔だけを残して。


 瞬間的な出来事に、俺は無我夢中で跳んでいた。


「ほのちゃん!」「ひなせくんっ!」


「『再生の錠剤』!

 ははっ、これで更なるパワーアップだ!」


 それはスローモーションのように感じた。

 亜厂に跳びつき、その体を伝って、亜厂を抱き締めた。

 亜厂自身、『想波防御(カムナシールド)』は使える。

 だから、俺がしたのは結果的に無駄なことかもしれない。

 ただ、亜厂が危ないと思った時、勝手に身体は動いていたのだ。

 身体を壊し慣れているというと変かもしれないが、実際、『フリッグの約束』が掛かっている俺の感覚は薄い。

 それに、ぐちゃぐちゃになった亜厂を見たくないという想いもあったかもしれない。

 だから、俺は亜厂を守るために跳んで、想いのままに下敷きになった。


 腹から込み上げた鉄臭い何か、それが血なのか、それとも内臓そのものなのかは分からないが、ソレを口から撒き散らし、全身の骨が地球の引力と重力で砕ける音を聴く。


 此川さんから繋がる『想波(カムナ)』が流れ込んで来るが、瞬間的なソレに供給が追いつかない。

 ここに来て、俺は「良かった」と思った。

 亜厂は、抱き締めた感触から、壊れていないと思った。

 うまくクッションになれたようだ。


「日生くんっ! ……日生くんっ!」


 声……ブツリ、と辺りの音が途切れた。

 後になって、それが意識が途切れた瞬間だと知った。



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