怪しむ真名森美也子 46
「ぜーったい、おかしい!」
放課後、真名森先生は俺と御倉の特に怪しいところはなかった、という報告に頷いていたが、どんな様子だったかを説明し始めたところで叫ぶのだった。
「でも、変なところはなかったよな?」
「うん。普通に学生生活を送っているだけに見えたよね?」
「違うよー! 体育、それもサッカーなんてできるはずないんだから!」
「へ?」
俺は間抜けな声を出した。
「むー、本当は秘密なんだけど……よっしー、足の爪、剥がれちゃってるの。
運動なんて、本当はできないんだけど、大会だけは出たいからって……だから、体育は出ないで済むように、体育の先生に根回ししたり、部活中でも痛くなったら休めるように準備したりしてたのに……その状態でサッカーなんておかしいよ!」
真名森先生が受けていた相談というのは、どうもそういうことらしかった。
それは想像すると、めちゃくちゃ痛いのではないかと思う。
「それはたしかに……」
おかしい。タイミング悪く『転生者診断アプリ』で写真が撮れなかったのも気になる。
「それじゃあ、カメラ同好会の初仕事かな!」
御倉がご自慢のカメラを確認して、動き出した。
『カメラ同好会』を立ち上げたらしい。
顧問は真名森先生。
御倉のデジタル一眼レフカメラには、『転生者診断アプリ』が入っている。
「ちょっと柔道部行ってくる!」
「あ、おい、俺も……」
「ううん、まだ怪しまれたくないから、一人で大丈夫! 日生さんはほのちゃんと此川さんを連れて、屋上に待機してて……」
そう言って御倉は行ってしまう。
俺は此川さんと亜厂に連絡して、二人と屋上で待機することにした。
暫くして、メッセージに写真が送られて来た。
八十五パーセント。
当たりだ。
御倉さんは『大事な話』と称して、吉岡先輩を屋上に誘ったらしい。
部活終わりに来てくれる約束をしたと連絡が来た。
「人気のない屋上で二人きりとか言うと大抵の『再構築者』は油断するんよな」
とは、此川さん談。
「や、やっぱり告白のパターンが多いのか?」
なんとなく、嫌だなぁと思いながら、聞いてみる。
いや、たしかに女子が男子を呼び出す口実としては、これ以上のものはないとは思う。
「えーと、組木さんに教わったんだけど、大事なお話があるので来てください、ってお願いすると来てくれます。
そうしたら、相手は勝手に勘違いしてくれるからって……」
組木さんの入れ知恵か……。
まあ、相手が同性の場合も使える手法だ。
───大抵の場合、我らはこちらの世界に何かを求めてやってくる。手駒は多い方が良いからな。テラの戦士が徒党を組んでいることも広まりつつはあるが、知らぬ者は簡単に引っかかるだろうな───
なるほど。効果的な手法らしい。
正直、俺は組木さんからそういった教育は受けていない。
まあ、『欲望』が使えない以上、俺は戦力外だしな。
本来、戦闘の場には居なくていい立場だ。
ただし、それもベリアルに取り憑かれたせいで、なし崩しになってはいる。
ガチャリ、と音がして御倉が屋上にやってくる。
柔道部が終わるまでは、まだ時間がある。
学校の屋上には階段の屋根やらエアコンの室外機など、隠れられる場所があるので、それぞれの配置を決めた。
『目玉の邪妖精』が飛んで来て、俺たちの話に混ざる。真名森先生だ。
俺は階段の屋根の上、先に此川さんの『フリッグの約束』を掛けてもらってから待機する。
さすがにみんなの前でキスをするのは抵抗があるのか、コソコソと隠れてした。
「ヤバ……ちょっとドキドキするわ……」
此川さんが瞳を潤ませて、そんなことを呟く。
いやいや、これは儀式だから、と思うものの、俺を好きだと言ってくれる女子からのくちづけなのだ。
そして、此川さんは可愛い。
ただ、役得とは思えなかった。
なんとなく、胸の痛みを感じてしまう。
唇と唇が触れるだけの儀式。
此川さんへの好意が、ラブかライクかハッキリしないまま、俺は彼女に俺の『想波』を預ける。
戦うためだ。と、自分に言い聞かせる。
彼女たちにだけ命を張らせる訳にはいかない。
俺はそうやって自分を納得させた
事実だ。
事実だからこそ、俺は胸の痛みを忘れた。




