秘密の共有者、御倉琴子 45
俺は御倉と合流していつもの屋上に居る。
御倉は俺のサポートが欲しいと言ったが、2ーAが体育だと知ると、迷わず『総合体育棟』へとドローンを向けた。
「校庭でサッカーやってるから、あれじゃないか?」
「ああ、そっか、男子と女子って内容違うもんね!」
てへっ、と舌を出したが、俺がサポートできたのはそれだけで、正直、俺はいらない子状態だ。
「サポート、いらなかったな……」
俺は呟く。
「そんなことな、くもないけど……どっちかって言うと、二人で話してみたかったからさ」
「『想波』もまともに使えない男と?」
何ができるの、と聞かれれば、何もできないと答えるしかない俺だった。
だが、御倉は静かに首を横に振った。
「ううん。『再構築者』と共存を選んだ男の子と、かな?」
ニコリと笑う御倉は、ある意味どこにでもいる高校生活を謳歌する普通の女子生徒だった。
あっけらかんとした物言いに、俺は何とも言えない顔をする。
「あ、その表情いいね!」
ドローンを置いて、首から掛けたカメラで俺を撮り始めた。
十数枚撮ってから、それを確認しながら、御倉は言った。
「うーん……『空よりも青いブルー』なんていいかも」
作品名だろうか。だとしたら、俺は余程、沈んだ顔をしていたということか。
まあ、憂鬱な顔をしていたのは確かだ。
「どんな感じ?」
「そうだな……端的に言えば……」
「端的に言えば?」
「ムカつく」
「へえ、そうなんだ。普通の『再構築者』って、もっと開放感とか、全能感を強調してくるから、日生さんもそうなのかと思ってた……」
「身体を乗っ取られるんだぜ」
「でも、こう言ったら悪いかもしれないけど、えーと、『ヒルコ』?
それでも戦う力を持ったってことでしょ。
エルパンデモンからの『再構築者』なら、魔法が使えちゃうって凄くない?
ひと言、呪文を言うだけで炎の玉とか出ちゃうでしょ」
「ああ、そこら辺も聞いてるのか……。
まずひとつ、俺が『ヒルコ』だって分かったのは、俺の中のベリアルが言ったから分かったんだ。
それまでは、俺も『欲望』が使えると思ってたからな。
乗っ取られてから、最悪の報告を聞かされたら、ムカつくだろ?」
「ああ……はは、なるほど…… 最初から『ヒルコ』だって知ってた訳じゃなくて、取り憑かれてから知ったんだ……」
「それから、もうひとつ。俺は魔法の力が使えない。
使えるのは、俺の中の『再構築者』が俺の身体を使っている時だけだ」
───元の持ち主は誰であろうと魔法は使えんよ。『土くれの命』に使える魔法などない。
あるとすれば、そう思わせているだけだ。
意思が合致した方が変異は進みやすいからな───
「そ、そうなんだ……なかなか難しいんだね……」
「ベリアルが言うには、俺たち人間に魔法は使えないってさ。
元の人間と意思が合致した方が変異が進みやすいって。
つまり、元の人間が魔法を引き出しているように見せて、使っているのは『再構築者』ってことらしい」
「あ……えっと……その……こんなこと言っていいのか分からないけど、その情報って上に上げてる?」
急に御倉が汗をかきながら、キョドり始める。
「いや、今、聞いたし……」
「あ〜……その……」
焦った御倉が近づいてきて俺に耳打ちする。
「たぶん、日生くん、今、研究職の人たちが躍起になって研究してる『人が魔法を使えるようになるためのメカニズム』に終止符を打ったよ……」
あ、御倉って花みたいな良い香りがする。
そんなことも気になったが、この二人っきりの屋上で、何故、耳打ちを?
もしかして……。
「ごめん、今の全部、ベリアルに聞こえちゃってる……」
「え……あ、あ〜っ!
そ、そうだよね! 何やってんだろ、私。
いや、まあ、隠さなきゃいけないって訳でもないから、いいんだけどさ……」
おそらく、ベリアルに『TS研究所』の内情を漏らしたくないという気持ちだったのだろう。
いつか、ベリアルが急に裏切らないなんて言い切れないからな。
契約はエルパンデモンにとっては、かなり重要らしいから、簡単には裏切れないだろうが、不利な情報を渡さないよう、組木さんから言い含められているのかもな。
「まあ、今さらだよ」
俺は自分の頭を、コツコツと指さす。
「コイツに隠しごとをしようと思っても、俺が見聞きしたことは全部、肉体の記憶とやらを参照すれば出てきちゃうからさ」
「あっちゃあ……そう、そうだよねぇ……うわぁ、私ってバカ……」
落ち込み始める御倉。
なんだか、可哀想だが、それ以上にかわいいと思ってしまう。
「ま、まあ、ほら、組木さんもそういうのは全部、織り込み済みで契約してるし……」
「うぅ……ごめんね……」
「大丈夫、大丈夫!
それより、吉岡先輩の監視を続けないと」
大してフォローにならないフォローをして、仕事を続けようと促す。
「うん。……はぁ、私ってダメだなぁ……」
凄い落ち込んでる。
俺は何かないかと、フォローの言葉を探す。
「あ、そういえば、一条先輩が岩の中に隠れているなんて、どうやって割り出したの?」
「あれは……たまたまと言うか……その、普段から気になるものは写真に残す癖があって、健気に生えてるお花が綺麗だなって撮ったら、たまたま写ったというか……」
「ぐ、偶然……」
「うぐ……」
御倉が言葉に詰まって、ぷるぷると震え始める。
ちょっとドジっ子なのか……。亜厂の天然と似た匂いを感じる……。
「いや、でも、偶然でも見つけちゃうなんて、凄いよな。
御倉は『持ってる』ってやつだな!」
「も、『持ってる』?」
「なんか、ほら、そういう天運みたいなのをさ。
俺なんか、持ってるのは、たぶん、悪運ってやつでさ。
たまたま亜厂が『再構築者』と対峙しているところに出会して、死にそうになったり、ベリアルに取り憑かれたり、『想波』をようやく感じられるようになったと思ったら、『ヒルコ』だって判明したり……うわあ……そう考えると、俺ってなんか不幸の星の元に生まれて来てる気がしてきた……」
俺は、ガクリと肩を落とした。
考えると、酷いな。
腕が炭化したり、足が捻れてすんごいことになったり、亜厂や此川さん、真名森先生の助けがなければ、簡単に死んでるはずだ。
───我にとってみれば、ここまで相性の良い肉体が奇跡的に残っていて、さらに現代の能力者集団にコンタクトできた日生満月は奇跡なのだがな……───
───うるせーよ、一番の悪運が!───
───くふふ、無駄に抗うか……それもまた甘美なり……───
ベリアルの堪えきれない笑みが頭の中で響く。
これだ。これだから、『ムカつく』のだ。
最近になって理解できて来たが、このベリアルというやつは、他人の『無意味』とか『徒労』とか『無駄』とか『余計な事』なんかが大好物という変態だ。
そう考えると、次代の王を決めるための『エルパンデモンの大祭』を阻止したいという目標は、別に俺たち人間を助けたいとか、他世界に迷惑を掛けるシステムを廃止したいとか、そんな崇高な使命感では無いというのが良く分かる。
たぶん、他の転生者の目的を無駄に阻止したいのだ。
そうして、大祭が中止になり、徒労に終わった他のエルパンデモンの住人を見て、呵呵大笑したいだけなのだろう。
超、頑張ったね、無意味だけど……くふふふふふ……あーはっはっはっはっ!
そう言って、ベリアルは笑うのだろう。
完全に愉快犯とか変態の思想にしか思えない。
だが、その為だけに、わざわざ自分を転生させている。
最近はテラの戦士が活発化していると知っていて尚、自分の世界の肉体を捨てて、こっちまで来ていると考えると……極まった変態、なのだろう。
こんな変態に、命を助けられるのだ。
心労が溜まる。
「あの……大丈夫?」
御倉が心配そうに声を掛けて来る。
「ん? ああ……大丈夫、大丈夫。
やっぱ、ムカつくなって再確認してただけだから……はは……」
力ない笑い。笑うしかない。
『空よりも青いブルー』とは、まさに今な気がする。
「うん……なんか、ごめんね、変なこと聞いて……」
「いや、他のメンバーには話せないから、事情を知ってくれている人が居るってだけで、ありがたいよ……」
「そっか……うん、私で良ければ、愚痴でもなんでも聞くからね!
ほら、人に言えない悩みって、抱えてるだけでも大変だからさ。
……昔、って言っても、ちょっと前なんだけどさ。
いきなり、あなたはDDですって言われて、世界のために戦いなさいって、理不尽でしょ。
周りに言う訳にもいかないし……戦いは嫌だけど、知らない内に周りの人が入れ替わっているのも我慢できない。
結構、悩んだのよね。そんな時、ほのちゃんとだけは共有できた。
だから、今の私が居るの」
「そういえば、亜厂と知り合いなんだっけ?」
「うん。修行時代のね」
「そっか……」
御倉は俺の手を両手で包み込んで言った。
「今度は、私が日生さんのほのちゃんになってあげる。秘密の共有者!」
「御倉、さん……」
「あ、えと、へ、変な意味じゃないからね……」
「変な意味?」
「あ、いや、違……変な意味って、変な意味じゃなくて……その……やだ……私、からまわってる?」
「えーと……よく分からないけど、たぶん?」
なんだか分からないが、自分で言った言葉に振り回されているのだけは分かった。
顔を真っ赤にして、あたふたとしている様は、なんだか自分の尻尾を追い掛けて回る犬のようにも見える。
なんか、かわいい。
「……ありがとう、御倉さん」
「う、うん。えへへ……御倉でいいよ。
ほのちゃんも亜厂って呼んでるでしょ」
「うん、御倉」
「よ、よし! さ、仕事を続けよっか!」
まあ、話しながらも仕事はしていたが、なんとなく区切りとして言っているだけだ。
吉岡先輩はすぐに分かる。
柔道部だと言う話だが、身軽な動きが信条のようで、良く動く。
サッカーの授業を対戦形式でやっているが、めちゃくちゃ走るし、ボールを蹴る姿もかっこいい。
体格には恵まれなかったようだが、その分、動きと体幹でカバーしているようだ。
「あ、また決めた!」
これでハットトリック。一人で三得点決めるのは、素人サッカーとはいえ、なかなかに難しい。
だが、これが変かと言われれば、別に変ではない。
空中で機動が変わる訳でもなく、元気に球を蹴っているだけだ。
シュートを決めて、仲間と喜び合う姿も普通。
まあ、ちょっとカッコつけているように見えるが、御倉曰く、俺のやっかみとして一蹴されてしまった。
「問題なさそうだね」
「ああ、確かに……」
授業終わり、校舎に戻る時なら屋上から写真が撮れる。
そう思って、俺は携帯を構える。
だが、ぞろぞろと戻る人の流れの中に吉岡先輩はいなかった。
「あ、キャッ……」
御倉が思わず自分の視線を手で覆った。
俺が御倉の画面を覗き込むと、吉岡先輩は上裸になって水道水を頭から浴びていた。
「すげぇ、腹筋……」
思わず呟くと、隣で息を飲む声が聞こえる。
御倉が指の隙間から吉岡先輩を見ているが、つっこんだら負けな気がした。
下の階から声がする。
「おい、吉岡! 次は負けねえからな!」
「おう!」
吉岡先輩が二年の教室を見上げて応えていた。
写真を撮ったらバレそうだ。
タイミングの悪さに煩悶としながら、吉岡先輩を見送った。
その後も調査を続けたが、特に吉岡先輩に変わった様子は見られなかった。
仕方がない。
放課後、俺は御倉と保健室に報告に行くのだった。




