『ケーキカット』な真名森先生 38
「うふふ、初めての共同作業だったね、えへっ!」
「真名森先生……その言い方は、ちょっと……」
真名森先生の変形させた『目玉の邪妖精』は大型のメスの形をしていた。
アドラメレクを斬った。
真名森先生はソレを『初めての共同作業』と名付けた。
「ちょお、ふ、不謹慎ですよ……」
此川さんは真名森先生の物言いに不満を洩らす。
「松利ちゃん……みゃー子ちゃんも辛いだろうから……」
亜厂の言う通り、真名森先生はおどけて見せているが、その実、学校の生徒を斬ったのだ、冷静にいろというのも無理がある。
見れば、その指先は小さく震えていた。
大人になり、倫理観が固まれば固まるほど、こんな状況は受け入れ難いのかもしれない。
俺たちは封印した『アドラメレク』と山県さんを大人たちに渡して、捜索を再開する。
偶然とはいえ、二人目の『再構築者』に選ばれてしまった山県さんを発見したのは僥倖だが、この学校にはまだ二人の『再構築者』が潜伏しているのだ。
一条先輩と俺だ。
俺については、まあいい。
組木さんが上手くやってくれるはずだ。
だから、俺が今、考えるべきは、一条先輩の逃走先についてだ。
俺は亜厂に聞く。
「そういえば、亜厂。
一条先輩は学校の中にいるってのは、なんで断言できるんだ?」
「だって、随分と弱ってたでしょ。
エネルギースポットから離れたら、死んじゃうもの……」
やはりそれか、と俺は納得する。
「それよりも、ひな、じゃなくて、満月くん、松利ちゃんも凄いね!
特に満月くんは、TS研究所で不可能と判断された『欲望』を発現させて、松利ちゃんとの『フリッグの約束』も成功したでしょ!
もしかして、二人で特訓でもした?」
「え? ひなせくん、『欲望』発現したん?」
「うん、それもすっごい特殊な感じの『欲望』だったよ!」
「……ホンマに?」
亜厂の発言を受けて、此川さんが俺に聞いてくる。
「ああ、ただ、亜厂に言われた通り、どうも発現が不安定みたいで、まともに使えるかどうか……」
そういうことにしておかないと、都合が悪い。
いけないと思いながらも、俺は嘘を吐いた。
「うんうん、かなり特殊だから、安定まではちょっと掛かるかも。
松利ちゃんとの『フリッグの約束』も、すごいよね!
松利ちゃん、めっちゃ努力してたもんね!」
「え、ああ、まあなぁ……」
「それで、どんな特訓したの?」
「ふぇ? ああ、まあ……とっくんというか、とっくん、とっくんはかなりしたんやけど……ま、まあ、内緒や、内緒!
努力は公言するもんでもないし、な!」
「えぇ、かっこいい!」
「そ、それより、一条先輩、探しに行かんと!」
「あ、ああ、そうだな!」
俺は此川さんに乗っかることにした。
この話題は広げるもんでもないしな。
改めて、捜索途中の『専門学習棟』と『総合体育棟』を探りに行く。
真名森先生は『本校舎』も『事務棟』も捜索が終わったらしく、次は『旧校舎』の捜索をお願いすることにした。
亜厂は戦闘能力が高く、此川さんは復元能力が高く、真名森先生は探索能力が高い。
そして、俺はというと、正直、誇れるようなことが何も無い。
『想波』量は多いらしいが、俺が『想波』を使えるのはアプリを通してだけで、それ以外は亜厂か此川さんを通さないと使えない。
なにしろ、『ヒルコ』だからだ。
ベリアルに身体を渡せば、魔法で戦えるが、それは俺の力ではない。
なんとも悲しい話だ。
俺には『妄想☆想士』としての芯がない。
それでも、今はベリアルが居ることで少しだけ救われている。
守られるだけの存在ではないからだ。
いっそ、もっと身体の変異を進めてしまえば……と思わなくもない。
山県さんのように、人からかけ離れたナニカになってしまうのだとしても、仲間の役には立てる。
ただナニカになった俺は仲間に受け入れてもらえるのだろうか?
まあ、此川さんの恋心はぶっ飛ぶかもしれない。
亜厂は泣かれそうな気がする。
真名森先生はどうだろう?
組木さんは?
他の大人たちは?
つい、勢いに任せて、必要なことだったとはいえ、ベリアルの変異を許してしまったが、今後は気をつけなきゃいけない気がする。
そんなことを考えながら、探索を進めたが、得るものは何もなかった。
「裏山かもしれへんね」
此川さんが言った。
裏山の神社が『再構築者』たちのエネルギースポットになっているのは判明している。
だから、神社周辺には監視カメラなどが仕掛けてある。
しかし、監視カメラは全てを網羅している訳ではない。
裏山は広い。
組木さんから連絡が入る。
一条先輩は他の校舎でも見つからないそうだ。
ただ、こうなると、いくら探索が得意な真名森先生がいると言っても、四人で山狩りはできない。
無力な大人たちを投入しての大規模な山狩りをする必要が出てきそうだった。
夜だ。
俺たちは、真っ黒な制服の機動隊員たちと山狩りに行く。
さすがに此川さんでも『フリッグの約束』を長時間維持するのは難しいらしく、俺たちは『欲望』を解いた。
ベリアルも魔力切れ、『フリッグの約束』もない。
一条先輩は瀕死一歩手前でも魔術で逃げた。
まだ、魔術を使える可能性はある。
それでも俺は山狩りに参加する。
例え無力だとしても、契約もある。
何より、俺が望んだのだ。
たくさんの無力な大人たちも参加している。
俺一人だけが、安全なところで待っている訳にはいかないと思ったのだ。
ライトを片手に、二、三メートルの距離を保って、山狩りが始まるのだった。




