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虚飾のアドラメレク 36


「今の爆発音って、どこ?」


TS指揮︰事務棟三階で爆発を検知。DD各員は至急、向かわれたし。


 学校の周囲を封鎖している大人たちからのメッセージが届いた。


「事務棟三階……たしかに人が少ない場所だ」


 『事務棟』三階は入学案内用展示室〈トロフィーや制服、学校行事の写真などが飾ってある部屋〉や、生徒面談室、生徒会、校長室、会議室なんかがある場所で、普段は人が少ない場所だ。

 基本、この学校の生徒は近づかない、近づきたくない場所だ。


 だが、潜伏場所としては向いていないかもしれない。

 人は少ないが必ず誰かしらいる場所でもある。


 俺は此川さんと急行する。




 そこは入学案内用展示室だ。

 それなりに広い室内だが、パーティションで区切られ、順路が作られているはずだった。

 たしかにここなら、順路の奥に潜む場所はある。

 今は焼け焦げたパーティションでめちゃくちゃになっている。


 中央にはブレザー姿の女子生徒。背中から孔雀の尾羽が広がっている。


 一条先輩じゃなかった。


「山県さん……なんで?

 今日は休むって連絡あったはずやのに……」


「此川さん、知ってる人?」


「ウチのクラスの山県さんや……」


───ああ、匂うな。エルパンデモンの匂いだ。

 それにしても、随分と相性の良い肉体があったものだ───


 一年生女子、山県さんは此川さんのクラスメイトらしい。

 顔つきも動物的になっていて、元を知らない俺には誰だか分からないが、此川さんは分かったようだ。


 山県さんの周囲を真名森先生の『目玉の邪妖精(イビルアイ)』が飛び回っていて、亜厂はいつもの『木刀ボールペン(トツカノツルギ)』を構えて戦闘状態に入っている。


「亜厂、大丈夫か!」


「日生くん、危ないから下がってて!」


「問題ない、ひなせくんとは『フリッグの約束』をしてあるからな!」


 此川さんが自信ありげに胸を張った。


「え!?」


 亜厂が驚きに俺を見ている。

 その時、山県さんが動いた。


「余裕だな、土くれ如きが!

 『百眼の虚飾』!」


 山県さんの孔雀の尾羽が光ったかと思うと、周囲が暗闇に沈む。

 目の前には此川さんが山県さんを睨んで居た。

 そんな此川さんが、チラリと俺を見る。


「なんでわたし、ひなせくんのこと好きなんて言ってしまったんやっけ?

 改めて見るとダッサイし、なんもカッコよくあらへん!

 わたしの気持ち返してや!」


「は? え、此川さん?」


 いきなりの展開に、一瞬、頭がついていかない。


 同じく山県さんに対して構える亜厂も、唐突に話し出す。


「まだくっついてくる……日生くんて、正直、苦手だな。

 命を助けてあげた価値なんてあったのかな?

 仲間のフリして、くっついてくる変態とか、気持ち悪いなぁ……」


 山県さんの孔雀の尾羽が震える。


「ヒヒヒ……お互いの本音が聞こえるだろう……飾りのない奥の奥……なんと汚らしいものだろう……」


───なるほど……誰かと思えば、衣装係のアドラメレクか。

 さて、日生満月はどのような幻覚を見せられているのやら……───




 なんだこれは?

 いや、山県さん曰く、二人の本音なんだそうだ。

 まあ、一理ある。

 ついでに言えば、俺が言われたくないことの確信をついている。

 ただ思うのは……これが二人の本心だとして、それを二人が俺に言うだろうか、ということだ。


 はっきり言って、二人とも優しい心根をしている。

 亜厂は俺なんかのために躊躇なくファーストキスを投げ出し、此川さんも、俺を守るためにイミエルから殺されそうになるくらい殴られた。

 そんな二人が、ここまでキツい物言いを、エルパンデモンの『再構築者(リビルダー)』の魔法の力だとして許すだろうか。

 未だ二人は俺を睨むように視線を向けているが、これもおかしい。

 そこまで俺に対して思うことがあるのなら、睨むだけでは済まないはずだ。


 例えば、何かの拍子に二人が心変わりすることはあるだろう。

 こんな風にキツい物言いをしてくる可能性がないとは言いきれない。

 ただ、亜厂と此川さんなら、と思ってしまうのだ。

 期待し過ぎだろうか。

 いや、そんなことはないはずだ。


 なにしろ、身体の感覚は未だぼやけたままで、これは『フリッグの約束』が効いている証明とも言える。

 それは此川さんと俺との繋がりだ。


 この繋がりがある限り、俺は此川さんに見限られていないのだと信じられる。


 だとすると、今の状態は、『嘘』『大げさ』『紛らわしい』何かの魔法。

 いや、幻覚でも見せられているのかもしれない。


「何が飾りのない奥の奥だよ……真逆だろ……」


 俺は拳を握りしめる。

 ほっぺを抓って、痛みによって目覚めようかとも思ったが、残念ながら今の俺は痛みに鈍感だ。

 なら、やるべきことはひとつ。

 この幻覚の元凶を叩く。


 ふと、ベリアルの言葉が思い出される。

───近づいて匂いを嗅げば、エルパンデモンのやつか分かるぞ───

 そうだ。匂いだ。

 間接的にとはいえ、俺はベリアルが嗅いだ『エルパンデモン』の匂いを知っている。

 それを必死に思い出す。

 目を閉じて、匂いに集中する。

 もう一度、嗅げば絶対に分かるという確信がある。

 だというのに、この俺の鼻は、ソレを捉えられない。


「ああ、クソっ! おい、『再構築者(リビルダー)』の匂いが分からねぇ……この身体を弄って分かるようになるなら、特別に許可する!

 おい、聞こえてるか?

 匂いが分かるようにしてくれ!」


 身体中を走る嫌悪感。

 幻覚に囚われている俺には、ベリアルの声は届かない。

 だが、この嫌悪感が、俺の声がベリアルに届いたことを教えてくれる。


 身体中がボコボコと沸き立つほどの不快感。

 ソレを堪えて、鼻に意識を集中する。


「あ、が、があぁぁぁ……ぐ……こ、コレダ……」


 匂いを辿る。

 こ、此川さん!?

 いや、見た目に騙されるナ!


 俺は此川さんに、思いっきり拳を叩きつけた。


「ひぶぇっ!

 ……な、ななな、何故、分かった!」


 幻覚が溶ける。

 もう山県さんに見えないほど、顔が変形して、馬なのかうさぎなのか、なにか馬面っぽい悪魔の顔が見えた。


「だって、だって……え?」「なんでそんなこと言うん……は?」


 亜厂と此川さんが、二人とも泣き崩れていた。

 何を見せられていたのかは分からないが、幻覚によって戦意を喪失していたらしい。


「幻覚だ! 俺たちはコイツの幻覚に惑わされていたんだ!」


 俺は叫ぶ。


「幻、覚……」「あ、あはは……そうやったんや……良かったぁ」


───なんだ、意外と嗅覚を得るまで早かったな……しかも、見破りも早い。

 それとも、アドラメレクが甘いだけか……───


 俺の不快感が消え、ベリアルの声が頭に響く。

 ちゃんと変異を止める辺り、誠意があると見るべきか、余裕があると見るべきか。


「はっ! お前、まさかこの匂いは……」


 山県さんが鼻を鳴らす。


───余計な事を喋らせるな───


 ベリアルに言われるまでもない。

 俺は山県さんに躍りかかった。


「ひ、ひぃぃぃ……何故だ! 不可侵の約定を破るのか!」


 山県さんがみっともなく四つん這いで逃げ出す。


───ふん、愚かな……そのように形骸化した過去の掟にどれほどの意味もない───


 馬面だからなのか、山県さんの四つん這いは思いのほか早い。


「くっ……逃げるな!」


 俺が慌てて追おうとした時、山県さんの顔面に紅い球がめり込む。


「ぶっひぃぃぃっ!」


 山県さんが仰向けにひっくり返る。

 その間に、紅い球はいつのまにか地面に広がっていた血溜まりのところまで飛んで行って、血溜まりの血を吸い上げる。


 真名森先生の『目玉の邪妖精(イビルアイ)』だ。

 血溜まりは、たぶん、一度やられたのだろう。

 本体が遠くにいる分、幻覚も食らわず、一人で戦っていたのかもしれない。


 一条先輩のことも気になるが、今は山県さんをなんとかするべきだ。


「亜厂、此川さん、いけるか!」


「満月くん、うん!」


 亜厂が『木刀ボールペン』を構える。


「み、満月くん!?」


 いきなり下の名前で呼ばれて、つい戸惑ってしまった。


「あ、ひ、日生くん! ごめんね……」


「いや、呼びやすければ満月でいい」


「ホントに!? うん、やれるよ満月くん!」


「此川さんは?」


「……はっ! あ、う、うん、大丈夫……」


「俺が突っ込む! 援護頼む!」


 俺は一気に山県さんに肉迫するのだった。



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