『約束』する日生《ひなせ》満月《みづき》 35
軽く爆発の犯人扱いされ、しかも、キモいと言われたが、マネージャーさんたちの引き留めには成功した。
大人たちが大挙して、あちらこちらで『瞬間催眠装置』を使用して、全員の記憶を書き換えていく。
俺と此川さん、亜厂と真名森先生はそれぞれに分担して学校内の捜索だ。
特に真名森先生は凄かった。
「えへへ、じゃあいくね!
わたしの血。わたしのモノだから、動かせる。出て来て、わたしの妖精さんたち……」
真名森先生は保健室のベッドに座って、カッターナイフで小さく指先を傷つける。
とろり、と垂れた血液が体長五センチほどの蝙蝠の羽を持つ目玉になる。
「行って、わたしの『目玉の邪妖精』……」
『目玉の邪妖精』は全部で三体。
ミクロン単位の血液の紐で真名森先生と繋がっていて、かなりの広範囲をカバーできるようだ。
また、『目玉の邪妖精』が見たものは、真名森先生にも見えるらしく、捜索に力を発揮しそうだ。
いつもながら、『欲望』発動中の真名森先生は貧血で今にも死にそうなくらい、顔が真っ青になっている。
「本校舎と事務棟はみゃー子に、お任せ!
……あ、もう無理」
真名森先生は貧血で座っていたベッドに倒れ込む。
亜厂曰く、これで問題ないそうだ。
本体は動けないほどに衰弱するが、血の操り人形さえ戻せば、元通りとかで、そういう能力だから、心配無用らしい。
亜厂は『専門学習棟』。此川さんと俺は『総合体育棟』を探す。
『総合体育棟』はいわゆる体育館、剣道や柔道の武道館、屋内プール、弓道場、体育教師の為の体育準備室、シャワー室もあればロッカールームもあり、さらには体育倉庫、体育館に併設された舞台とその放送室など、調べるべき場所は多岐に渡る。
その『総合体育棟』を一か所ずつ調べて回るのだ。
「ひなせくん、先にアレやるで!」
「お、おう……」
もし敵を見つけてしまったら、そのまま戦闘になる可能性が高い。
此川さんの言うアレ。『フリッグの約束』。
此川さんと組むのなら、必要になる選択肢ではある。
組木さんからのアナウンスがなければ、俺は未だ無力なままだ。
───先ほどの魔法で魔力のほとんどは使い果たした。
日生満月の肉体改造が可能ならば、もう少し魔力を貯められるが、今の状態ではしばらく休まねば交代もままならん……───
ベリアルの説明にもある通り、魔力が溜まるまでは交代できないらしい。
……となると。
「ひなせくんはわたしのモノ。わたしのモノは傷つかない!」
俺の腕にはすでに「このかわまつり」と書かれている。
「えと……その……お願いします……ん……」
此川さんが顔を少し上げて待っている。
「あ〜……ごめん……首から上しか操作できないんだ、俺……」
なんとも締まらない話だが、俺の首から下は此川さんの操作下にあるので、此川さんが受身で待っていると、どうにもならない。
抱き締めることすら、近寄ることすらできない。
すまん……。
待っていた此川さんの顔が見る間に紅く染まっていく。
「あ、そ、そうやよね〜。
ええっと、目だけ瞑ってもろて……」
「お、おう……」
俺は目を瞑る。
「や……なんや、逆に恥ずかしいな……」
「ま、まあ、儀式だから……」
「そ、そうやよね。儀式やし……。
あ、でも、これってわたしの好きなシチュエーションで、キ、キスできるって、こ、と……ちょ、ちょお、絶対、目ぇ開けんといてよ!」
「あ、お、おう……」
歩く、抱く、傾ける……。
目を瞑っていても、薄く感覚は残っている。
これは、此川さんのためにも黙っているべきだろう。
たぶん、ダンスシーンの一幕のように、此川さんを抱き締め、此川さんを支えながら傾け、アゴくい……。
「ぅ、ん……」
柔らかな唇を感じる。繋がる。
「あ……」
……ええと、操作が返って来る。
元に戻るのは、俺の意思だ。
此川さんを立ち上がらせる。
なんか、申し訳ない。
此川さんにも分かってしまったはずだ。
どういう体勢でキスをしたのか俺が知ってしまったということを。
俺としては黙っているつもりだったが、繋がった瞬間に、此川さんも理解しただろう。
「……な、内緒やで」
「お、おう……」
約束するまでもなく、当然、内緒にしておくが、此川さんは言わずにはいられなかったのだろう。
俺としても、これ以上、いい返しは思いつかない。
お姫様抱っこからのアゴくいしつつのキス。
組木さんにバレたら、お説教だけでは済みそうもないな。
「くぅ……自分の考えが足りひんかった……恥ずかしい……」
「よ、よし、じゃあ、捜索開始といこう!」
俺は咳払いしつつ、なんとか雰囲気を変えようと試みる。
歩き出した瞬間、此川さんが俺の服の裾を引っ張る。
「あんな……ちょっとした気の迷いやねん……」
潤んだ瞳で顔を紅く染めた此川さんは、申し訳ないが、もう一度、同じシチュエーションでキスしたくなるくらい魅力的だった。
なんだこの可愛い生き物。
いや、いかん、いかん……流されてるぞ、俺!
「でも、可愛かった……」
「ほんまっ!?」
つい言ってしまった。
此川さんに笑顔が咲いた。
「あ、ああ。
ほら、仕事しよう。仕事……」
「うん! やるでー!」
途端に元気になった此川さんが気合い一発、進み出した。
俺も慌てて後を追う。
そんな時、他の棟から爆発音が響くのだった。




