探るベリアル 33
俺は屋上から校門を狙って、『転生者診断アプリ』で写真を撮る。
知り合いの少ない俺にできる、唯一の方法。
放課後、下校時刻が狙い目だ。
───面白い機械だ。今はそのように『再構築者』を探すのだな───
───昔は魔女狩りとかだろ───
───ああ、今よりもコミュニティが小さかったからな。クククッ……我に疑いを向ける者を逆に告発したりな。明確な判断が難しいゆえに、先に告発した方が有利でな。教会に寄付するだけで逃れられたり、色々とやりやすかったな───
───過去自慢かよ───
───まあ、そう言うな。ただの無駄話だ。若者の特権であろう───
───若くないだろ───
───我よりも旧き者は数多ある。その面々に比べれば、我もしょせんは若輩よ───
まさに無駄話だ。
時間潰しのようにベリアルと会話しながら、『転生者診断アプリ』で下校する生徒たちを撮っていく。
これで見つかるなら苦労はしないが、やらない訳にもいかない。
実は無駄仕事なのでは? と思う。
ベリアルは無駄や無価値であることに興奮する変態だ。
俺の無駄仕事がベリアルを喜ばせていると思うと、非常に歯痒くなるので、あまり考えないようにしないとな。
八十二パーセント。
ん? まさか、と思う。
思わず屋上から身を乗り出して、今撮った辺りを探す。
めちゃくちゃ、キョロキョロと辺りを窺う男。
他の生徒が去ったのを見て、学校に戻って来る。
俺は慌てて、ズームしてもう一枚、写真を撮る。
八十二パーセント。
「いた……」
男、ズームで見ると三年生の校章。短髪、つんつん頭。顔はなんとか見えるから、特定は時間の問題だろう。
彼は雑草を引き抜いて、自分の鞄に仕舞う。
いかにも『再構築者』に取り憑かれたに相応しい振る舞い。
はたから見ても、何をしているのかさっぱりなのが証拠と言える。
───近づいて匂いを嗅げば、エルパンデモンの奴か分かるぞ───
───俺が『ヒルコ』だって言ったのはお前だろ! そんな危ないことできるか!───
───ふむ……それなら、この後はどうする?───
───他の三人に行ってもらう。学校は封鎖だ───
───しばらく身体を貸せ。命は保証する。
と言っても、最低限の防御くらいしかできんがな……───
───マジで言ってんのかよ……───
───契約にある。エルパンデモンの『再構築者』だとしたら最優先だ───
そう、俺と組木さんを介したベリアルの契約。
これがある限り、ここでノーとは言えない。
───……くそ。連絡だけさせろ───
言いながら俺の指は動いていた。
───日生満月の仕事に協力するのも契約だ。認めよう───
『すぐに応援呼び出し』ボタンを押して、亜厂と此川さんと真名森先生のグループメッセージにも連絡を入れる。
───では、代わるぞ───
俺の意識だけが、ふわりと宙に浮いたような感覚がある。
身体の感覚がない。
亜厂や此川さんに、操作されている時とは、また違う感覚だ。
俺の身体で、ベリアルがようやく解放されたという風に髪をかき上げる。
妙なことだが、身体の感覚はないのに何をしているかは分かる。
まるで、他人事のような、第三者的感覚とでも言うのだろうか。
ベリアルの感じたモノが、少しのタイムラグで理解できる。
全身に熱が篭もる。
走り出す。
やけに軽快な走りで、これが俺の身体か?
そう思わされるくらい、無駄のない動きに感じる。
「エネルギーが足りないからな。日生満月を模倣する余裕がない。後で食事を頼むよ」
疲れていなさそうに俺が言った。
風のように駆けた俺が、屋上から一階へ。
周囲を探る。
「エネルギースポットから離れたがらないのは、まだ若い証拠だ。
しかし、テラの戦士の話は、近年、各世界に出回っていると聞く。
最低限の備えはしたい……ならば、人気のない場所がいい。
ただし、エネルギースポットに近すぎれば、発見されやすくなる。
あの取り憑かれた男が見知った場所、どこか知らないか?」
状況判断、軽快な動き、たぶん、俺よりもベリアルの方がDDに向いている。
ただし、先程は若輩だと言っていたくせに、敵は若いやつだと言った都合の良さは忘れない。
───携帯に連絡が来てないか見てくれ。
他のメンバーが知っている相手なら、情報が入ってるかも?───
「そういえば、日生満月の友達は少ないのだったか……」
───余計なお世話だ───
俺は携帯を開いて確認する。
SNS、グループメッセージ、流暢に使いこなしてやがる。
たしかにベリアルの目の前で携帯は何度も使った。
肉体の記憶も見ているのだろう。
ただ、あまりにも自然に使いこなしている姿に、『再構築者』の怖さを知る。
老獪なやつに取り憑かれたら、発見は難しい。
それを思い知らされた気分だ。
亜厂︰野球部の一条先輩かな。
此川︰うん。今日は野球部休みだから、早めの下校組なんやね。
真名森︰へぇ。みんな、凄いね!
日生︰それは野球部の部室なら今日は誰もいないということか?
亜厂︰うん、試合前の休息日だから、誰も入ったらいけないって。
此川︰まあ、一部の部員は合鍵を作って、こっそり持ってるらしいけど。
真名森︰き、聞かなかったことにするね……。
「ふむ、ならば部室の線が濃厚か。行ってみよう」
俺は応援を待つことなく、『部室棟』へと向かってしまう。
命の保証はすると言っていたが、それもどこまで信用していいのだろうか。
『部室棟』は何人かの姿は見えるものの、どこかの運動部のマネージャーが洗濯をしていたり、飲み物を作っていたりという程度で、放課後半ばの今の時間帯は全体的に静まり返っている。
俺は『部室棟』の前で鼻から胸いっぱいに息を吸い込む。
それから、ニヤリと笑う。
「ふふ……匂うな……」
───やめろ! 学校でまで変態疑惑を持たれたら、死んでしまうっ!───
『部室棟』の前で、汗臭い空気を鼻から盛大に吸い込んで、笑うとか、知り合いに見られたら、俺は学校内で社会的に死んでしまう。
『部室棟』、特に下の方の階は男子系運動部が集中しているため、正直、汗臭い。
「エルパンデモンの奴だな……」
俺は怒りと喜びが入り交じったような、獰猛な笑みを浮かべて、歩き出す。
「何、転校生?」「かっこいい……」「こんな汗臭い場所に王子様が……」
マネージャーたちの動きが止まっていた。
俺? 俺なのか!?
「ふむ、どうやら私の隠しきれないフェロモンに当てられているようだな……。
日生満月が欲望に素直になるのなら、事が終わってから肉欲を満たす手伝いでもしてやろう……」
───うるせえ! いらねぇよ!───
悪魔のフェロモン、なのだろうか。
ベリアルに最初の頃、少し肉体を弄られているからな。
もしかしたら、そのせいかもしれない。
「あなた、誰ですか?」
「私か?」
俺が振り向く。
そこに居たのは、亜厂だ。
「えっ!? 日生くん……?」
「そう見えるか?」
「う、うん……髪の毛が真っ白になってるけど、日生くんだよね?」
───は? 髪の毛が真っ白?───
「ああ、私の髪は白い。魂に引き摺られているのだろうな」
「あれ? もしかして、日生くん、無理だと言われていた『欲望』に目覚めた……?」
「まあ、そんなようなものだ」
「たしか、歴代のDDの中に、似たような発現の仕方をした人がいたって聞いたことあるし……」
「なるほど……前例があったと言うことか……」
まさか、組木さんに相談した時、すんなり契約の話に進んだのは、前に俺と同じように『再構築者』に取り憑かれた『妄想☆想士』が居たってことなのか。
「あ、もしかして、昼休みに松利ちゃんと?」
「ふむ、進展はあったな……」
「そっかぁー……やっぱり日生くんは凄いなぁ……。
研究所で不可能って言われたのに、覆しちゃうんだもん。
ごめんね。私、ちゃんと役に立てなくて……」
「亜厂ほのか。恥じ入ることはない。
全ては君から始まっている。
亜厂ほのかがいなければ、日生満月は今ごろとっくに死んでいたはずだ。
礼を言う」
「そ、そんな……お礼だなんて……。
全部、日生くんが頑張ったからだよ!」
「いいや、やはり、亜厂ほのかがいなければならなかった。それはたしかだ。
まあ、今はそのことを議論すべき時ではないな……まずは『再構築者』を何とかせねば!」
「うん!」
俺と亜厂は野球部の部室に向かう。




