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勇気をくれる此川《このかわ》松利《まつり》 32


 此川さんから昼休憩に呼び出された。


「此川さん、時間、大丈夫なの?」


 すでに二体の『再構築者(リビルダー)』が学校内に潜んでいるはずだ。

 正確には三体だが。

 発見の確率が高い此川さんと亜厂は、聞き込みに忙しいはずだ。


「へへへ〜……あんな、ひなせくんと特訓しよう、思ってん!」


 嬉し恥ずかし此川さんが、下から覗き込むように言ってきた。


「え?」


 俺に『欲望(デザイア)』発現の目はない。

 ベリアルからハッキリとお前は『ヒルコ』だと告げられたのだ。

 修行を続けるかは、任意と言われているが、それは他に『再構築者(リビルダー)』がいない平和な時間でのことだ。

 教育係の此川さんが、俺のことを諦めないでいてくれるのは嬉しいが、正直それは今じゃない。


「あんな……わたしの勘違いやったらええんやけど……もしかしたら、ひなせくん落ち込んでるんちゃうかなって……?

 あ、そ、それにほら!

 わたしらの『フリッグの約束』もまだ未完成やんか!

 アレさえできれば、ひなせくんも無敵のヒーローやろ!」


 此川さんは、俺に『想波防御(カムナシールド)』を着けた状態で操作を俺に返す技を『フリッグの約束』と名付けた。

 北欧神話で母フリッグは世界の万物に息子バルドルを傷つけないという約束を取りつけた。

 そのため、バルドルは無敵だったという話から、そう名付けたのだ。


 ただし、未だに成功したことはない。


 そうだ! こういう時こそベリアルの知識が役に立つはずだ。

 俺はベリアルに脳内で語りかける。


───ベリアル。『フリッグの約束』はどうすれば成功するんだ?───


───ククク……いいな。実に『土くれの命』らしいじゃないか、日生満月。

 自分の都合だけで、黙れと言ったかと思えば、今度は自分の都合で話せと言う。

 私は日生満月の協力者だ。もちろん、その問いに答える義務がある───


 随分と嫌味たっぷりにベリアルは言った。


───なんだよ……俺にお願いしろとでも言うつもりか?───


───まさか。言葉通りの意味だよ。

 純粋に面白く感じているだけさ。

 実に私の嗜好に合うのだよ───


 何言ってんだこいつ……。

 その特殊な感性になんとも言えない気味の悪さを感じる。


───さて、操作の返還とエネルギーの譲渡だったか……ははは……なるほどな……───


───記憶を覗いて確認はできただろ……どうすりゃいい……───


 記憶を覗かれるのは諦めた。

 取り憑かれた段階で、俺のプライベートはベリアルにとって、ないも同じだ。

 ただ、だからこそ俺はぶっきらぼうに接する。

 取り繕う意味がないからだ。


───黙っていることを伝えればいい。

 亜厂ほのかと、此川松利、この二人で決定的な違いはひとつだけだ。

 簡単に言えば、儀式の欠如。

 亜厂ほのかは本能的に辿り着いたが、此川松利は理性が強い。

 時間を掛ければ、いつかは到達するかもしれないがな……───


───いや、それって……き、ききき、キスのことか!?───


───ふん……本能的にはお前にも理解できているはずだがな……原理的には操作の譲渡ではなく、簡単な論理ロジックを組んで、言わば二重操作をしている訳だが……───


 『キス』。くちづけ。接吻。ベーゼ。

 亜厂ほのかの『(キイ)』は唾をつけることだ。

 俺との場合、それは主にくちとくちを介して行われる。

 『生太刀いくたち生弓矢(いくゆみや)』では、一度、亜厂ほのかに操作される状態から、もう一度、軽い唇と唇が軽く触れ合うだけの『キス』をすることで、俺に操作権が譲渡された。

 俺はこれを、亜厂ほのかの『(キイ)』の派生と考えて、此川さんに半端に名前を書いてもらったり、流し込む『想波(カムナ)』の量を調節してもらったりして、再現しようと試みた。

 いや、それどころじゃない。

 此川さんと『キス』をする……?

 なんとか理性を保とうとするが、考えがまとまらなくなって来た。

 ベリアルが高説を宣っているが、頭の中で響く声なのに、ひとつも説明が入って来ない。


「なあ、ひなせくん、どうしたん?

 顔、真っ赤やで?」


「な……は……いや、その……キス……」


「キス!?」


「あ、いや……違くて……」


「もう……ひなせくんが落ち込んでるかと思って、時間作ったのに……」


 最悪だ。頭の中がソレでいっぱいになってしまったせいか、とんでもないことを口走ってしまった。

 此川さんは両手を腰に当てて、おかんむり状態だ。


「いや、ホントに、その……えと……ごめん……」


 組木さんからの変態疑惑がより強まりそうな、アホな発言。なにやってんだ俺は……。


 すると、此川さんが怒気を強めて、さらに言う。


「あんなぁ! 男の子ってバカばっかりやから、ホンマ、気をつけなアカンよって、おばあちゃんに言われとった通りやわ……」


「……。」


 俺はもう、何も言えないまま、深く深く、海の底より深く反省しきるしかない。

 そして、此川さんはポツリと洩らした。


「……わたしやって初めてはもうちょっとロマンチックに、とか思ってたのに……もう!

 ホンマにそれで元気出るねんな!

 それやったら、はい、いいよ……」


「えっ!?」


 俺は意味が分からないままに此川さんを見た。

 目を閉じて、少しだけ顎先を上に傾け……。


 それは、『キス』していいという合図なのは、さすがにアホな男の俺にも分かる。


「なんで……」


 思わず口をついて出た言葉に、此川さんは目を閉じたまま答える。


「バカはアカン。けど、アホな男の子は可愛いからしゃーないって、これもおばあちゃんの教えやねん……」


 次第に此川さんの頬が、耳まで真っ赤になりながら待っている。


───据え膳食わぬは男の恥などと言う気はないよ。ただ、相手にここまでさせて置いて、そういうつもりじゃなかったなどと言う男は、私からしても最低の部類だろうな。

 此川松利の勇気を粗雑に扱うのは、無価値ではなく、下策、または、下衆の所業だ───


 此川松利の勇気。

 それは、勘違いから始まった酷い喜劇かもしれない。

 俺をここまで心配してくれて、さらには勘違いかもしれないが、勇気を振り絞って、俺の答えを待ってくれている。

 俺はアホだ。いや、バカだ。

 ベリアルの言葉に感化されたつもりはないが、俺は此川さんと、そっと唇を重ねた。


「ん……あっ!」


 此川さんが、俺から逃れるように離れた。

 唇を重ねた瞬間のことだった。

 それは、俺にも分かった。


「「繋がった……」」


 二人で同時に言葉に出した。

 それまで閉じていた経路とでも言うのだろうか、『想波(カムナ)』の道が繋がったのを感じた。


「分かったかもしらん……」


 俺も頷いた。

 『フリッグの約束』を成立させるための儀式。


───タカ・ヴァルハラにおいて(セイズ)呪術と呼ばれるものの派生だな。

 それは性的恍惚感の中のきらめきに現れる。

 形のない愛と呼ばれる無価値な魂の揺らぎに現れるセイズの囁き……ははは……儚く美しく、ただの反響に過ぎぬ。

 なんと、麗しきことか!───


 ベリアルは随分とご満悦のようだ。


 ただ、俺たちは唐突に理解した。


「そっかぁー……そら、亜厂とは成功する訳やわ〜……う〜ん……こりゃ、頑張らんとなぁ……」


「頑張る?」


「ああ、いや、こっちの話やねん……」


 また、女の子特有の話か……。

 前に亜厂と此川さんがコソコソ話をした時も、教えてくれなかったし、きっと今回もそういうことなのだろう。


「……それで、少しは元気、出た?」


 そっぽを向いた此川さんが、チラリとこちらを気にして聞いてくる。


「いや、一瞬すぎて、良く分かんなかった……」


「ええ!?」


「いや、嘘、嘘。

 元気出たよ! ありがとう!」


 『フリッグの約束』の成功方法が分かったのはいいが、組木さんの手前、おいそれと使える方法ではない。

 ただ、空元気でも、此川さんに勇気をもらった気がした。


「もう……今度はもうちょっとロマンチックにしてな……じゃあ、もう行かんとやから……」


 そう言って、此川さんは風の様に去って行った。


「今度……」


 俺はつい、アホな想像をして、そう呟いた。





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