『ヒルコ』だった日生《ひなせ》満月《みづき》 31
家に帰って、寝る準備を整えた頃、此川さんから連絡が来た。
此川︰今日、真名森先生からひなせくんが早退して『TS研究所』に行ったって聞いたけど、なんかあったんかな?
日生︰ちょっと組木さんに相談があったから。
此川︰相談?
ここでどうしようかと考える。
俺が『ヒルコ』だと告白してしまおうか。
そうすれば、此川さんが俺に時間を割いて『欲望』が使えるように特訓する時間は減る。
亜厂より此川さんの方が、より俺に時間を使ってくれてしまうため、正直、申し訳ない気持ちが強い。
だが、ダメだ。俺が『ヒルコ』だというのは、先程の帰り道で判明した状況で、その情報はベリアルからもたらされたモノだ。
組木さんに口裏を合わせてもらわないと、何も説明ができない。
日生︰大したことじゃないよ
此川︰あ、うん……もし、わたしで何か役に立てることなら、言うてな!〈満面の笑みの絵文字〉
これ、気にしてるやつだよな。
今の此川さんは、俺の教育係なのだ。
基本的に相談するなら此川さんに当たるのが筋で、それを吹っ飛ばして、トップの組木さんに相談を持っていくとなると、まるで俺が此川さんを信頼していないように思われても仕方がない。
ただ今回の『再構築者』取り憑かれ事件は、やはり此川さんに相談するのも筋違いな気がしてしまう。
此川さんには申し訳ないが、メッセージのやり取りは切り上げさせてもらって、また組木さんに相談するしかない。
此川さんには「ありがとう」とだけ伝えて、俺は組木さんに電話を掛ける。
組木さんは、夜分にも関わらず、すぐに出た。
「組木です。何かあった?」
「あ、夜分にすみません。ベリアルと話して、分かったことがあるので、報告をと思いまして……」
「分かったわ。続けて……」
「ええと……俺……」
DDになれないんです、と言うのか?
役に立たない宣言だ。
いざ、言葉にしようとすると、難しい。
「何か言い難いこと?
大丈夫よ。日生くんが頑張ろうとしているのは見てて分かるもの。
まずは言ってみなさい。それから一緒に考えましょう」
それは組木さんだから、DDが発現するのは十代、二十代の若者に集中しやすい、つまり、俺のような人間に刺さる言葉だった。
「実は……その……『ヒルコ』なんです……」
俺は何故だか自分が『童貞』だと告白したような気分になる。
陰鬱として、とにかく恥ずかしかった。
「ひるこ?」
「タカ・マガハラで言う『ヒルコ』。
つまり、俺に『想波』はあっても、『欲望』は発現しない体質、なんだそうです……」
この説明の時間の苦痛から逃れるため、まるで無機質で事務的な言葉を発する。
「ベリアルがそう言ったの?」
「……はい」
「そう……つまり、身を守る術がないのね。
任務の性質上、『想波』が使える人材というだけで貴方は貴重な人材よ。
だから、仕事は続けてもらうしかないの。
ただ、身を守る術が無いとなると問題ね。
亜厂の『生太刀・生弓矢』を使わせるのも問題だけど、此川とで同じ状態を作れればいいけど……」
「……まだ、成功していません」
「ええ、把握しているわ。
タカ・マガハラの『ヒルコ』、そう言ったのよね?」
「はい」
「こちらでも早急に何か考えてみるわね。
それと、この件は私から皆に伝えます。
いいわね?」
「……はい」
「こうなると、ベリアルが取り憑いているのは、不幸中の幸いだわ。
最低限、生命の保障だけはできるもの」
そうして、翌朝、皆に一斉送信で俺のことが伝えられた。
曰く、昨日、研究の結果により、正式に日生満月の『欲望』不全が判明した。
ただし、これによる学校内での任務の変更はなく、これまで通りとする。
本人の希望次第で『欲望』発現への努力は認める。
本人が希望しない場合、無理強いはしないこと。
また、以後、日生満月は放課後、『TS研究所』にて特別任務に従事させることがある。
呼出については別途、本人に連絡するものとする。以上。
つまり、諦めきれないなら『欲望』発現の修行は続けていいという提示だった。
それから、特別任務?
組木さんが早急に何か考えると言っていたから、それの答えだろう。
何をするかは聞かされていない。
呼び出されたら分かるのだろう。
亜厂と此川さん、真名森先生から何を言われるのだろうと、俺の胸は急激に苦しくなった。
だが、組木さんから事務的に説明文が届いたことで、少しはマシだった。
自分で全員に説明するとなると、苦行どころじゃなかっただろう。
朝、教室で亜厂と目が合う。
亜厂が声に出さず、口の動きだけで「大丈夫だよ」と伝えてきた。
何故だか、凄く安心した。
だが、ホッとしたのも束の間、『TS研究所』からの警告メッセージが届いた。
それから、昼前にも一件、またもや警告メッセージが届いた。
これで、二件目だ。
ベリアルの言う次のサタンを決めるための『大祭』というのは本当だったようで、この日から俺たちは「エルパンデモン大戦」へと突入していくことになるのだった。




