黒スーツの組木さん 3
俺は組木さんに手を掴まれて、引っ張られる。
「ちょ、ちょ、まだ目が……」
「亜厂ーーーっ!」
「は、はいぃ、な、何でしょうか、キャプテン……」
「この子に何したの?」
「あ、えっとですね……その……『ハボリム』を追い詰める時に『人払い』を掛けたんですけど……どうも、中に入ってたみたいで……」
「見られたのね?」
「あ、はい〜」
「それで?」
「『ハボリム』が逆上して襲って来まして……そうしたら、彼が、いきなり出てきて『ハボリム』の凶刃にやられまして……」
「ええっ!?」
組木さんが驚いた声を上げる。
「あ〜、もしかしたら、私を庇おうとしてくれたみたいなんですけど……それで、死にかけまして……」
「もしかして、『デザイア』で?」
「だって、仕方ないじゃないですか。
となりの席の子で、死なれちゃったら寝覚め悪いですし……」
目が眩んだまま、組木と亜厂の話を聞く。
おや? 亜厂の言い方だと、俺が乱入して勝手にやられたように聞こえる。
ん〜、待て待て、もしかして亜厂としては俺の乱入が予定外で、余計な事だった?
「はぁ……それで……」
「それで、『ハボリム』用の戦う力も残さなきゃとか、考えてたら『デザイア』が不完全だったみたいで、意識が残ってしまって……」
「もぅ……貴女まだふたつ同時にできないでしょ!」
「いや、できるかなって……すいません……あ、でもですね、首から下は完璧でしたよ!
いつもの『十拳剣』もできましたし!」
「えぇっ!? 凄いじゃない!」
「ですよね、ですよね!
ただ、二回目は右腕も解けちゃったんですけど……あ、でもですね。
日生くんのおかげで、『林先輩』が目を覚ましまして、『ハボリム』を引っ込めたんですよ!」
「ちょっと待って……二回目?」
「ああ、それは後で戦闘記録を見ていただくとして……」
「あんたねぇ、女の子なんだよ?
しかも、あんたの『デザイア』って……」
「わあぁぁぁ、わあっ、わあっ!
い、言わないでくださいー!
もう、意識があるって分かった時点で顔から火が吹き出そうなんです!
だから、日生くん、ねっ、忘れよう!
ホントに日生くんには悪いことしたと思ってるけど、素直にここは忘れるのが、お互いのためで……はい、コレ見て!」
ようやく、立ち直った俺に亜厂がペンライトを見せてくる。
「うわ、それ眩しいからやめろよ!」
俺は顔を背ける。
「だって、だって……お願い……お願いだから!」
「いや、なんなんだよ、ソレ!」
「お願い、しっかり見て!」
「お前、意外と変な性格してんのな……ったく、分かったよ」
あまりに一生懸命な亜厂に俺は折れた。
良く分からないが、目潰しされてやろうと思った。
シュボンッ!
「おあうっ……ぐ……目がぁ!」
亜厂の声が聞こえる。
───いつもと変わらぬ日常。今日はどんなことがありました?───
「いや、だから、亜厂が三年生の先輩の浮気を突き止めて、それを突きつけたら逆上して『ハボリム』が……」
「は? 先輩の浮気?
ま、待って! 何か勘違いが……」
「あれ? あ、そうか、林ってやつとは付き合ってない、んだよな……」
「ない、ない!」
真剣な声で亜厂が否定する。
「えっと、林って先輩が悪魔に乗っ取られて……」
「亜厂……」
組木さんが嘆息しつつ呟く。
「ああっ! ええと、ええと……日生くん、はい、コレ見てー!」
「いや、見ろって言われても、まだ目がだな……」
シュボンッ!
「ぐぎゃあああっ! 痛い! なんか、目が痛い!」
───いつもと変わらぬ日常。今日は何が……───
「なんなんだよ、コレ!
あ、忘れたことにしとけばいいの?
それで、もうこの目を焼く作業終わり?」
たぶん、アレだ。MIB的なやつ。
ピカッと光って記憶を改竄だか、消去だかするやつ。
ようやくその事に行き当たったが、忘れられないものはしょうがない。
だって、俺の初めてと二回目だぞ。
「ダメだな……ここまでダメだと、もうあっちを疑った方が早いかも……」
組木さんが言う。
「え、じゃあ……」
「ああ、妄想☆想士の才能がある可能性だ」
「はうっ! それじゃあ、今日の記憶は……」
「自分の実力が招いたことだからね。
仕方ないよ……」
「私の初めて……はっ! し、失礼します!」
「あ、逃げたか……まあ、仕方がないか……」
「逃げたって、亜厂がですか?」
「ああ。日生くん、だったかな?
今日のことは忘れられないかもしれないが、口外厳禁だ。特に亜厂とのことはな。
彼女から何か言われるまで、口を噤んでくれると助かる。
彼女にとっては術式のひとつに過ぎないが、紛うことなきファーストキスだ。
でも、勘違いしないように!
たぶん、救命措置で仕方なくなんだ」
「仕方なく……俺だって、初めてと二回目なんですけど……」
「ただの人工呼吸。勘違いしない!」
「う、うす……」
そうか。人工呼吸か……。そら、そうだよな。
ちょっとだけ、彼女を助けに来た王子様気分だったが、何から何まで勘違いだらけだったんだ。
亜厂は別に先輩と付き合ってた訳ではないし、浮気の上の逆上でもなく、では、何だったのかと言うと……そうだ。
ソレを聞かないと。
「さて、日生くん。
ここから先は大人の話をしようか?」
組木さんは、にっこりと微笑んだ。
カッコイイ大人の女性。
そんな人に微笑まれて、俺は不覚にもドギマギしてしまった。