舌戦する組木《くみき》麟《りん》 29
『TS研究所』から黒塗りの車がやってくる。
中には運転手の大人が一人と組木さんだ。
運転席と後部座席には間仕切りがしてあって、つまりは組木さんと二人、いや、俺の中の『再構築者』を含めて、三人だけという状況だ。
まずそもそも、俺の話を良く信じる気になったなという一点と、そのために運転手の大人がいるとはいえ、ある意味『再構築者』と二人っきりの状況になる可能性の中、狭い車内で会う胆力に驚嘆させられる。
「名前は?」
組木さんが俺の名前を聞くはずもない。
「ベリアル、だそうです」
「エルパンデモンから来て、大祭をぶち壊しにしたいって言ってるのよね?」
「はい」
「こちらの世界でベリアルと言えば、かなりの大物よ。
過去に何度も現れては、この世とエルパンデモンをくっつけようとしたり、大罪のひとつと呼ばれるような混乱を招いているわ。
今の日生くんの中にいるのが本物なら、永久封印してもいいくらいよ」
組木さんは冷たく言い放った。
───ふふふ、永久封印か。それが無駄だったことは伝わっていないのかな?
いや、分かった上でのせめてもの抵抗か。
日生満月の記憶通り、話せるタイプだね───
「……だそうです」
俺の中の不快感は一時的に消えている。
どうもあの不快感は、俺の身体をいじくってエルパンデモン式の肉体に改造しようとしている時に感じるものらしい。
俺が契約に乗り気になったところで、一時的にベリアルが止めたらしい。
今は組木さんに伝えた話の再確認と、組木さんによる精査タイムって感じだろうか。
「あら、今の技術は進歩しているのよ。
昔は打ち破れた封印も、今ならどうでしょうね?」
───しかし、封印できる確証はない。だからこそ、私の話に乗る気になった。違うかな?───
俺はベリアルの言葉をそのまま伝える。
組木さんからは、なるべくニュアンスもそのまま伝えるよう言われている。
「……始めから弁舌で太刀打ちできるとは思っていないわ。
ただ、いざと言う時の覚悟はあると示しておきたかっただけよ」
───日生満月を殺す一歩手前まで進む覚悟か。アレも相当に綱渡りだろうに……『再構築者』が諦めれば、取り憑かれた者はそのまま死ぬ。
相性の良い身体は希少だからな───
「……は? そうなんですか?」
俺は半殺しになる覚悟はしていたが、封印ってそんなに危ないものなのか?
「……そうよ。リビルダーとその宿主の相性については、まだ教えてなかったわね。
宿主に生命の危機が及ぶ時、相性の良い宿主なら、リビルダーが惜しがって生命を守るわ。
その時ならリビルダーを封印できるの。
もし、リビルダーがその身体を捨てる選択をするなら、宿主はそのまま死ぬわ。
そして、次に相性の良い身体を探すことになる。
リビルダーもバカじゃないもの。
リビルダーにとっては身体との相性が何より重要で、相性が悪くなればこの世界に及ぼす影響力はどんどん衰退していくわ。
その内、スプーンが曲げられるだけみたいにね。
そして、相性は血に宿る。
昔は悪魔に取り憑かれてしまったら、一族皆殺しでもおかしくなかったのよ。
今は倫理的に許されない、とされているけれど……」
そこで組木さんの説明は終わりだった。
ええと、整理してみよう。
相性は血に宿る。
つまり、血縁関係で相性の良い身体は継承されていく訳だ。
それって、例えば俺の何代も前の誰かがベリアルに乗っ取られたことがあるってことだろうか。
しかも、ベリアルは何度もこちらの世界に来ているような口振りだ。
───良い理解だが、日生満月、それでは足りない。我ら『再構築者』は何世代どころではない、ただの土くれが命を宿した瞬間からこの世界にあり続けているのだ。
我らの生殖能力はとても、弱い。
ただし、その魂はほぼ不滅と言っていい。
つまり、古くからテラで語られる『再構築者』ほど、相性の良い身体は多いということだ───
ちくしょう。心の声を読むんじゃねえよ!
───身体を共有している以上、それは難しい話だ。
それよりも、組木麟の説明だ。
倫理的に許されないとされているという方便こそ憎むべきだな。
倫理では許されないが、いざとなれば、という話だ。
そこらの生まれて数百年ごときの『再構築者』には辛い話だな───
ベリアル的に若い世代の『再構築者』は、ほいほい身体を乗り換えられない理由があるということか。
これは逆に言えば、ベリアルはいざとなれば俺を見殺しにしても、次に相性の良い身体がたくさんあるということだろう。
「それで、ベリアルはなんて?」
───古き者にその言葉では響かない。
日生満月を大切に思うなら、平身低頭して契約して欲しいと頼むべきだな───
「……だそうです」
「自分こそ、最も都合の良い宿主に寄生させてくださいと頼むべきじゃないかしら……。
まあ、いいわ。
具体的な契約内容へと進みましょう」
とりあえず、組木さんもベリアルも、俺を必要としてくれていて、同時にいざとなれば失うのもやむ無しと考えているのは分かった。
トランプタワーの最上階で俺はバランスを取り続けなければ、どちらかの鼻息ひとつでバラバラなんだろう。
組木さんの主張は次の通り。
・俺の生命の守護
・俺の許諾なく肉体を再構築しない
・俺の質問に嘘を吐かない
・俺の仕事に出来うる限り協力する
・大祭の終了、又は破棄をもって、ベリアルはエルパンデモンに退去する
ベリアルの主張は次の通り。
・ベリアルを攻撃しない、これには封印行動も含まれる
・いかなる場合であろうともエルパンデモンのベリアル以外の『再構築者』撃破を優先する
・ベリアルの功績に合わせて、食事を捧げる。その間、日生満月の肉体の主導権はベリアルのものとなる
・契約を一方的に破棄した場合、日生満月の全てはベリアルのものとなる
侃侃諤諤、組木さんとベリアルは一人で十人力かのように舌戦を繰り広げた。
俺は蚊帳の外だ。
そして、お互いに一歩も譲り合うことなくお互いの主張を通した。
ああ、一点だけ。
・ベリアルが契約を破棄した場合、千年間、テラの戦士として無料奉仕することが付け加えられた。
俺は少し組木さんが怖いと思った。
「これで契約成立よ」
───はっはっはっ! なかなかに楽しめたな。よかろう。成立だ。
理論的思考に感情論を混ぜて、無理やり押し通す論法は見事。またやりたいものだな───
「……だそうです」
「もう二度とごめんよ……。
とにかく、日生くん。
取り憑かれてしまったものは仕方ないことだし、それもよりにもよって、最悪の部類の『再構築者』だったのも不問としますが、貴方はエルパンデモンとの重要な架け橋になったわ。
身体を奪われたくなかったら、契約は絶対遵守よ!
そして、契約を上手く使って、せいぜいこき使うことね」
───はっはっはっ! まさに女傑だな。
お互いに毒を仕込んだとはいえ、これはあまり楽観せぬ方が良さそうだ───
毒? なんのことだろう?
まあ、比喩表現で相手を揶揄したりしていたが、ソレのことだろうか?
「いい、エルパンデモンが騒がしくなれば、エルヘイブン、ひいては全ての異世界が騒がしくなるわ。
これからは今までの比じゃないくらい忙しくなるはず。
皆にも心するように伝えておいてちょうだい。
それから、今回の件は折を見て、私から伝えます。
日生くんは口を閉じておくように!」
組木さんが迫ってくる。
俺はその迫力に気圧されながら、逃げるように車を出るのだった。




