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冒される日生《ひなせ》満月《みづき》 28


 その感覚をなんと表現したらいいだろうか。

 身体の中、全部が虫になって、モゾモゾと這い回るような、もしくは、血管という血管が突如、暴れ回るような感覚。

 それだけではなく、頭の中で知らない誰かが囁くのだ。


───どうだろう? 君の望みとこの身体の不快感を取り除いてやるというのは? 金、権力ちから、女、それとも、もっと高尚なモノを欲するのもアリだ。審美眼、知識、才能でもいい……さあ、何を望む?───


 囁きは冷静で、別に俺が望もうが望むまいがどちらでもいいような聞き方だ。


「あ……く……マジで、なんだこれ……」


 苦悶に顔が歪む。

 その歪みすら顔の皮の裏側で何かが暴れ回るせいに感じる。


 この不快感を取り除くと言っていた。

 それならば……いや、待て。

 もしかして、と考える。


───こいつ、再構築者(リビルダー)!?───


───その呼び名は、我らを目の(かたき)にするテラの戦士のものだったはず……テラに現出するには相性が重要とは言え、なんとも稀有なことだ……それで、どうするね?───


 俺だった。

 『TS研究所』からの警告(アラート)メッセージからしばらく後、取り憑かれたのは『俺』だったのだ。


───なるべく簡単に済ませようとしたが、それが悪手だったか……さて、ここで肉体の主導権を君と争ってもいいが、そのような力押しは趣味じゃない。まずはお互いに名乗ろうじゃないか───


 何を言っているんだコイツ、と思う。

 頭の中の囁きは、俺が明確に言語化した意識を拾っているように思う。

 相手の『再構築者(リビルダー)』もそうなのだろう。

 お互いの思考が垂れ流しじゃないのは良かったと思う。


───我が名はベリアル。君は?───


───名乗る訳ないだろ。お前はすぐにボコボコにされて、封印だよ───


───礼儀・礼節も随分と様変わりしているようだな。君たち『土くれの命』の時は早い故に、それも仕方なしか。

 では、日生ひなせ満月みづきと呼ぼう───


───何故、知っている……───


───手品のタネは知らない方が楽しめるだろうに、それどころではないということか───


 もういい。今すぐ隣の席の亜厂に報告して、俺をボコボコにしてもらって、このベリアルとかいう『再構築者(リビルダー)』を封印してもらおう。

 そう決めて、身体の不快感を抑え込みつつ、声をあげようとするが、身体が動かない。


───……それは不粋だな。もう少し会話を楽しむべきだろう。君が殴られるのは、私にも問題となる。そうすると、ほら、このように主導権争いに持ち込むしかなくなる。勝てると分かっている勝負などつまらないものだ。

 それよりも、どうすればお互いに満足行く結果が得られるか、それを模索するべきではないかな?───


───俺はお前に身体をくれてやる気はないし、何かを求める気もない!───


 そう突っぱねるものの、身体は動かないし、不快感も消えない。むしろ、酷くなる一方だ。

 身体の主導権争いが何によってなされているのかは分からないが、俺はヒーローとして負ける訳にいかないと、気合いを入れる。


───ははは、英雄願望か、なるほど。

 私の望みを聞けば、少しは話す気になるのではないかな?───


 だから、何故分かる。

 いや、待てよ……たしか『再構築者(リビルダー)』は肉体から記憶を読むとか聞いた気がする。

 なるほど、手品のタネはそれか。

 俺の言葉に合わせて、記憶を参照しているのだろう。

 ただ、そうだとすると、俺との会話をしながら、記憶を参照していることになる。

 マルチタスクをこなす能力があるということだろう。


───望みだと……───


 何故、『再構築者(リビルダー)』がこちらの世界に来るのかは、判然としないことが多い。

 何か理由があって来ているなんてパターンもあるのか。


───簡単に言えば、ライバルを追い返すことだ。我が世界では数百年年に一度、『大祭』が行われる。

 この『大祭』には大量の『土くれの命』を使うことが良いとされる。

 そして、最も大量の『土くれの命』を持ち帰った者が次の『サタン』と呼ばれる習わしだ───


───は? それって……───


───勘違いするな。ライバルを追い返すことで私が一番になろうというのではない。

 我が目的は、『大祭』の廃止にある。

 我らのエルパンデモンは初代『サタン』の頃よりこの『大祭』によって長を決めてきた。

 しかし、そのような古いしきたりを無価値なものへと変える時が来たのだ。

 つまり、テラの戦士よ、私と日生満月の目的は一致しているのだ。

 人々を護り、他の『再構築者(リビルダー)』を追い返す。

 そのためならば我が力を貸すのも吝かではない。

 考えてみれば、テラの戦士とたまたま相性が良かったというのは僥倖……いや、天の配剤としか思えん!───


───そんな……そんな都合の良いことがあるか!───


───だからこその天の配剤だろうよ。

 テラの戦士に協力するならば、我が身に余計な火の粉が降りかかることもない。

 日生満月は足りない知識と力を補うことができる、双方に利のある契約になるのではないかな?───


 その時、俺はピンと来たのだ。

 これが世にいう『悪魔の契約』というやつなのではないか、と。


───ふざけんな! お前なんかに好きにされてたまるか!───


───ふむ、例えば私なら日生満月を覚醒に導けるとしても?

 テラの戦士が使う魔術的要素は我らの魔法に似たところがある。

 私ならば、日生満月に足りない力を補ってやれるぞ?───


───ほ、本当か?───


───愚問だな───


───まさに悪魔の契約ってやつか……───


───エルパンデモンに住まう者は悪魔だと?

 そのような悪しき慣習による風聞を振り払うべく、お前たちは我らに『再構築者(リビルダー)』と名をつけた、そう記憶しているが?───


 それは俺の知らない情報だった。

 つまり、俺の記憶にない情報だ。

 コイツ、どこまでこっちの世界を理解しているんだ?


───それを俺は知らない。どういうことだ?───


───私は何度もこちらに来ている。

 日生満月では圧倒的に知識不足のようだ。

 そうだな……組木くみきりんを立ち会いにしよう。

 それでこそ、対等な契約になるだろう。

 さあ、そうと決まれば『TS研究所』に連絡を入れたまえ───


───無茶言うな! まだ授業中だし、まだ契約するとは言ってないぞ!───


───気分が悪いと早退すればいい。

 保健の真名森まなもり美也子みやこは仲間だろう。後でどうとでもできるだろう───


───くそっ! 勝手に人の記憶を読むんじゃねえ!───


───実際、身体の不快感は本物だ。時をかければ、酷くなるだけだぞ?

 日生満月と対等に話をするためには記憶の読み取りは必要な措置だ。

 不満だろうと、これがなければ日生満月に合わせた会話は不可能になる。

 妥協した方が身のためだぞ───


 悪魔は悠然と俺を諭しやがる。

 また、言ってることが、いちいちまともなのにも腹が立つ。

 怒るだけなら、無駄なことだと分かるだけに悔しい。


 結果的に俺は、授業半ばで抜け出して、『TS研究所』に連絡を入れるのだった。



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