外林《ほかばやし》研究員 25
『TS研究所』の食堂。
来たのは二回目で、一回目は検査の時、この時は組木さんと一緒だった。
豊富なメニュー、量も選べて、何より安い。
ここには何日も泊まり込みするような職員が何人もいるとかで、食事に飽きが来ないように、食堂は充実している。
生姜焼き定食にカニクリームコロッケ、ミニカレーとミニ醤油ラーメンと餃子、安さに負けて、ついあれもこれもと頼んでしまう。
両手にお盆を持って、どこで食べるかと席を探す。
「おーい、こっち、こっち!」
白衣、青シャツに黄色のネクタイ、分厚いグリグリ眼鏡の研究員が手を振っていた。
見たことある人だ。名前は忘れたが、俺の検査をやってくれた人、だったと思う。
俺は後ろに居るであろう別の研究員の人に道を譲るべく、少し避ける。
「いや、キミだよ、キミ!
日生さん。高校生の日生満月さ〜ん!」
周りの職員たちの視線が俺に集まる。
う……ちょっと恥ずかしい。
そそくさと派手な研究員のところに行く。
「はい、そこ座って。
大丈夫、変なことじゃないから、一緒に食べよう!」
「あの……」
俺が戸惑っていると、その研究員は笑って自分の前の席を勧めてくる。
「おお、そんなに食べるの!?
健啖家だねぇ……若いっていいなあ!
……あ、覚えてるかな?
検査の時に会ってるんだけど、ぼかぁ外林。ここの研究員だよ。
ねぇねぇ、その後どう?
デザイアは発現した?
日生さんの潜在的『想波』って凄かったからさ、どんな風にその力が発現しているのか興味があるんだよね!」
外林研究員は食べかけのかけうどんの箸を置いて、矢継ぎ早に話してくる。
「あ、いえ……まだ……」
「まだ?
そっか、『鍵』が見つからないとか?
それとも、『想波』を流すべき思い入れのあるアイテムが見つからないとか?
あと考えられる要因はそうだな……」
べらべらと喋りかけてくるが、俺と話しているというより、本人の知的好奇心を満たそうという感覚が強いようで、外林研究員は話しているようで話していない。
たぶん、あまり俺という人間に興味は無く、俺の『想波』の量とか『欲望』の発現の仕方なんかが興味深いってことなのかもしれない。
ただ、それが嫌かと言うと、俺にとっては逆にありがたい話だった。
さっきまで俺の人間性にスポットを当てられまくったせいで、今はちょっと俺がどうとかの話は避けたかった。
「あのっ、その前の段階なんです……一度だけ『想波』を感じる瞬間はあったんですけど、それからはさっぱりで……」
「なるほど、その『想波』を感じた瞬間のことを聞こうか。
どういう状況で、どう感じて、どうなったのかな?」
うん、この人なら大丈夫な気がする。
俺は、その瞬間のことをつらつらと語った。
亜厂の操作を受け入れた上で、その操作を返してもらったこと。
その時に『想波』を感じたこと。
そして、亜厂に『想波』渡すことで、二人の『想波』が混じりあったこと。
あえて亜厂の『鍵』が何なのかは言わない。
おそらく分かっているだろうが、外林研究員はそのことには言及しなかった。
「……それで『想波』を感じた時はどう思ったかな?」
「その……感情の熱、なのかな?
亜厂に渡した瞬間、すっと冷静になったというか……心が冷えたような……いや、すぐに戻って来たんですけど……なんか、そんな感じでした……」
「うんうん、温かさや熱さで実感する子がほとんどだけど、冷たさで『想波』を実感するパターンは初めて聞いたよ。
そうだとすると、日生さんは自分でも気付かない内に『想波』を当たり前のものとして受け入れているのかもしれないね。
なかなかに面白い……」
「温かさですか……。
あの、『鍵』を見つけるコツとかってあったりします?」
「コツ。コツねえ……大抵の場合、『想波』を自覚した段階で、『鍵』も自覚するらしいよ。
まあ、個人差があるから、少し遅れて発現する人もいるけどね。
『鍵』が分かってしまえば、後は手当り次第、自分に馴染むモノを探すしかない。
慣れてくれば、それまで『想波』を徹せなかったモノにも徹せるようになるって話だから、それは経験によるのかもね。
それでさ、冷たいのって具体的に言うとどれくらいかな?
キンキンに冷えた生ビール……は、まだダメか。
え〜と、キンキンに冷えた炭酸飲料くらいとか、背中に氷をぶち込んだ感じとか、イメージしたものとかある?」
外林研究員の言葉は、俺にとって未知の領域で、タメになることが多いが、すぐに脱線してしまう。
心が冷えた現象を具体的に表現しようと思うと、これは難しい。
なにしろ、俺にとっては一瞬で、その時の感覚なんて大して覚えていないからだ。
熱が奪われて、しかし、それは刹那で、すぐに温かさは返って来ている。
ただ、この話もどこかで俺のタメになるのかもしれない。
俺は必死に思い出そうと試みる。
「なんだろ……めちゃくちゃ寒い冬の朝に、いきなり布団剥がされたみたいな……急に全身がぶるっと震えるような……うーん、違うかな……あ、例えば、何もない真っ白な空間にいきなり裸で放り出されたみたいな寒さ、ですかねえ?」
自分で言いながら考えるが、最後の言葉が一番しっくり来る。
「なるほど、冷たいというより、寒いって感覚が近い?」
「……良く分かりません。なんとか言葉にするとそんな感じってだけで……」
「ふむ……興味がそそられる……。
もし、次に『想波』を感じることがあれば、ぜひまた感想を聞かせてくれないかな?
想定外の『想波』量、他にない感覚、なかなか発現しない『欲望』。
日生さんは研究しがいがありそうだ!」
外林研究員は、食べかけのうどんをそのままに立ち上がった。
「そうだ、もう一回、『想波』の波形パターンを調べてみるか……過去資料の検索も必要だし、ああ、他の発現が遅いパターンとも比べてみたいな……それから……」
「あの、うどん!」
そう声をかけたが、外林研究員はまるで意に介さず、そのまま、ふらふらと歩いていってしまう。
変な人だ。それが俺の第一印象だった。
日付変わって、翌日。
昼休み。ミーティングとして新しく俺の教育係に任命された此川さんに呼び出されたのは、やはり屋上だった。
此川さんが一番のようだ。
「此川さん、早いね。一番乗りじゃん」
「一番乗りっていうか、先着って感じなんやけどな……」
「ん?」
「ああ、なんもない。
ただ、亜厂と真名森先生は今日は保健室。
つまりはその、二人っきり……って言わせんといてー!」
此川さんは恥ずかしそうに俺を叩いた。
「あ……指導係が交代になったから!」
「むぅ……そうやけど、ノリ悪いなぁ……」
つまり、亜厂は真名森先生の指導係に配置換えということなのだろう。
ぶーたれている此川さんは、充分に可愛らしいが、ここで恋愛ごっこ的なやりとりをして、後で亜厂に聞かれるのは、なんとなく嫌だった。
「まあまあ。時間は有限だから、ミーティングお願いします」
俺は此川さんを宥めつつ、頭を下げた。
「うん。それじゃあ、まずは……私と付き合おっか!」
「は……?」
此川さんは、照れくさそうにそう言った。




