呼び出された日生《ひなせ》満月《みづき》 24
翌日。学校に向かう俺の横に黒塗りの車が止まる。
ウィンドウが少しだけ開かれ、中には組木さんが座っていた。
「日生くん。乗って……」
組木さんは少し怒っているようにも見える。
なんだろう、と思いながら、車に乗る。
「ええと、なんか怒ってます?」
「それは後で。真名森先生も連れて行くから……」
「あ、はい……」
分からねえ……。ただ、組木さんがイラついているのだけが、妙に不安だ。
車が少し前に進んで、真名森先生を見つけて横に止まる。
「今のところは、日生くんは黙っててね。
余計な事は言わないように……」
組木さんに釘を刺される。
まあ、検査して、その後の状況次第では真名森先生の扱いも変わるだろうから、余計な事は言わないに限る。
真名森先生がDDとしての素質があるなら、晴れて仲間になるだろうし、そうでないなら、厳重な口止めをしたりするのだろう。
組木さんが、真面目な顔で真名森先生に話し掛ける。
俺の時と同じだ。
「え!? 満月くん?」
俺はなるべく爽やかな笑顔を浮かべる。
「大丈夫なんで、乗って下さい」
「ん〜……じゃあ、満月くんも心配だし……」
真名森先生は俺のことを心配して、車に乗ることにしたようだ。
乗車中は学業は大丈夫なのかとか、親御さんはこのことを知っているのかなど質問が飛んで来る。
俺は余計な事は言うなと組木さんから釘を刺されているので、曖昧に笑って受け流すと、その都度、組木さんからフォローが入る。
学業に関しては、希望者には国から手厚いフォローが入る。
親を含む親類縁者であっても、このことは内密にしなければならない。
親へのアリバイ作りも、相談すれば何とかしてくれるし、出席日数も圧力で何とかしてしまうらしい。
うーん、大人の世界。
説明がある度に真名森先生は目を丸くしていた。
しかし、俺たちのやっていることは、そこまでしてでも成さなければならないことだと、組木さんは力説していた。
直接的な超常現象として、此川さんの建物修復と『旧校舎』から放たれたレーザービームの片鱗くらいしか見ていない真名森先生にしてみれば、『再構築者』がどれほど危険なのか、実感が湧かないのだろう。
あまり響いていないように見える。
それでも、これは強制であって任意じゃない。
どう思おうとDDとしての素質があるのなら、戦いの渦中に巻き込まれることになるのだった。
車が『TS研究所』に着く。
真名森先生はこれから検査で、俺は……なんだろう?
未だ目覚めない『欲望』について、特訓とかだろうか?
とりあえず、言われるままに来てしまったが、良かったのだろうか。
小さな部屋に通される。
まるで取調室だ。
しばらく待たされて、組木さんがやってくる。
縛っていた髪を解いて、頭を振ると、小さな部屋の中は組木さんの大人な香りに包まれる。
「真名森さんは今、検査中。
私のカンだけど、たぶん、真名森さんはDDで間違いないわ……」
「何か特徴とかあったりするんですか?」
「ん〜……しいて言うなら、目がキラキラしてるのよ。たまにそうじゃない人もいるけど……」
「目がキラキラですか……」
「希望を見ているからって、私は解釈しているわ」
なるほど。この小部屋は取調室よろしく一面が鏡張りになっている。
チラリ、と俺は自分の顔を鏡に映す。
それが分かったのか、組木さんは呟くように「そうじゃない人もいるのよ、たまにね……」と言った。
あ、俺は『そうじゃない人枠』ですか……。
「さて、単刀直入にいくわ……」
組木さんは世間話は終わりとばかりに、身を乗り出して、俺を見つめる。
美人に睨まれるのは圧が凄い。
俺は少しだけ腰が引ける。
「日生くん、君の教育係を此川に代えます!」
「え?」
随分といきなりな命令だった。
「あの……何故でしょうか?」
「君、イミエル事件とパエンナー事件、亜厂とキスしてるわよね?」
「いっ!? あ、いや、アレはキスではなくて……」
「どういうつもり?」
「ど、どういうつもり?」
思わずバカみたいにオウム返ししてしまう。
そりゃそうだろう。アレは必要に迫られて行った救命措置で……。
「君が思春期で、そういうことをしたくなる気持ちは分からなくないけど、いくらなんでも事件にかこつけてなんて、不誠実に見えるの……」
「いえ、そういうんじゃなくて、俺は俺なりに役に立とうと……」
「ええ。信じたいわ。
信じたいから、此川に教育係を任せるの。
実際、亜厂に事情聴取した時も問題行動という判断は下されなかったわ」
そうなのか。でも、それなら何故、という疑問が湧き上がる。
だが、俺が質問する前に組木さんは答えを出す。
「いい、亜厂の『欲望』の発動条件は『唾をつける』ことよ。
亜厂が『欲望』を使うことで、この世界が救われるのなら、私たちはそれを使えと強要します。
でも、亜厂はDDである前に、まだ十代の女の子なの。
私はあなたたちを纏めるキャプテンとして、あなたたちを護る務めがあるわ。
今のままでは、日生くんを信じられなくなりそうなの……此川と組んでも同じだけの働きができるって、証明しなさい。
私に日生くんのことも信じさせて欲しいの……」
組木さんの言葉が重くのしかかる。
つまり、今の俺は、事件にかこつけて亜厂とのキスを狙う変態野郎だと思われている訳だ。
いや、正しくニュアンスを汲み取るならば、その疑惑が払拭できないでいるといった所か。
世界を守るヒーローのつもりが、キス狙いの変態疑惑があるなんて心外だ。
それもこれも、俺に『欲望』が目覚めないからでもある。
亜厂や此川さんに頼らず【想波防御】が使えれば、毎回、大怪我を負うこともなくなるはず。
今までサボったつもりもないが、もっと努力が必要だ。
「……分かりました。
早く『欲望』を使えるようになって、ちゃんと戦えるようにします!」
「それは急がなくていいわ。
『欲望』は諸刃の剣でもある。
無理に急ぐ必要はないわ。
アプリが使えるだけでも、戦力になっているもの」
『転生者診断アプリ』。
たしかに、『想波』が無ければ使えないアプリだ。
それはいい。それはいいんだが、俺がただの変態野郎じゃないと示すには、どうすればいいんだ?
怪我をしなきゃいいってのは分かる。
だけど、『再構築者』相手に、ノーダメージで済ませるなんて、それこそ無理な話だ。
……いや、待てよ。
此川さんに【想波防御】を貰って、俺の操作を俺がやる、パエンナー戦で亜厂にやってもらった状態が作れるなら、俺の『想波』を此川さんに渡して、此川さんの負担を極力減らした状態で戦える。
なるほど、そのための教育係の交代ってことか。
「分かりました。それじゃあ……」
此川さんにこれからは教えてもらうようにします。その言葉が出て来ない。
俺が変態野郎じゃないと示すための言葉だ。
なのに、何故か俺はパクパクと空気を求めて喘ぐ魚のように、それを言葉にできなかった。
だが、それを知ってか知らずか、組木さんは事務的に、連絡は私の方からしておきますと告げて、俺の面談は終わった。
今日はこのことだけで、俺は呼び出されたらしい。
学校では、今、昼休みというところか。
『TS研究所』の食堂で飯食って帰ろう。
そう決めて、俺は食堂に向かうのだった。




