パエンナー 23
此川さんの【彫刻刀槍】がパエンナーの肉の塊を吹き飛ばす。
「二人とも無事?」
「此川さん!」
「松利ちゃん!」
吹き飛んだ肉の塊が理科室の片隅で人の形をとろうとしている。
【彫刻刀槍】がくるくる回って此川さんの手に戻っていく。
「うう……なんで、いじめるの……」
パエンナーの呻きが聞こえる。
「そりゃ、悪いことしてるからやろ!」
「松利ちゃん!」
亜厂が此川さんに声を掛ける。
「やるで!
ぶっ飛ばしぃ! 【必中の雷撃槍】!」
「うん!
唸れ! 【十拳剣】!」
亜厂が【木刀ボールペン】を横薙ぎ一閃、その隙間を縫うように、此川さんの【彫刻刀槍】がパエンナーを貫いた。
「ぎゃああああっ!」
肉の塊が叩かれ、貫かれる。
パエンナーの肉塊は傷を癒しながら、顔が福田くんの女体を形成していく。
「う……うぅ……」
充分に弱った気がする。
俺は慌てて携帯を取り出した。
「そうだ、封印!」
「もう、日生くんっ!」
亜厂の怒ったような声が聞こえて、俺の身体の自由が奪われていく。
「え……なんで?」
「そんなに、女の子の裸が見たいの?
ダメだよ!」
俺の身体が後ろを向く。
「うぉっ、怖い、怖い!
急に動かすなよ!」
首から上は俺の意思で動くだけに、そのままなのだ。
俺の首が回ってはいけない角度まで回っている。
「やばい、やばいって、俺、今、見えちゃいけない角度の自分の背中が見えてる……これ、やばいんじゃないのっ!?」
「そう思うなら反対を向きなさい!」
「お、おう、そうか……」
ぐり〜ん、と首を身体の向きに合わせて戻す。
此川さんに操られた時もそうだが、操られている間の俺の身体は、人体の限界を無視して動く。
この時、痛みはないが、たぶん、ものすごい損傷を受けている。
おそらく、それはすぐに回復されているんだと思うが、めちゃくちゃ怖い。
上から糸で吊るす操り人形をそのまま置いたら、関節が有り得ない方向に曲がるのと似たようなものだ。
もし、操り人形に五感が備わっていたら、その操り人形にとって、これほど怖いことはないだろう。
亜厂と此川さんが二人でパエンナーを封印したり、服を着せたりと処理をしていく。
パエンナーは性別的に女性だろうが、福田くんは男性で、まあ、見てても混乱するから、ある意味、ありがたい。
「……此川さーん!
静かになったけど、大丈夫〜?」
遠くから恐る恐るという感じで、声が聞こえる。
「あちゃ、真名森先生のこと忘れとった……」
此川さんが自分の頭を、ぺちんと叩いた。
「いやあ、早く応援に来るために、私らの秘密、バラしてんな。
そんで危ないから待っててもらったんやけど……」
「ああ、瞬間催眠装置があるから……」
「日生くん! まだこっち見ないで!」
「お、おう……すまん……」
「そろそろ来てるはずやねんな……」
黒服の大人たちの応援は来ていてもおかしくない。
戦闘になる辺りには、慎重に大人たちも近づく。
なにしろ『再構築者』に対抗できるのは、亜厂たちDDだけだからだ。
今回で、俺の中の『想波』に気づけたことだし、俺のDDデビューも近づいた気がする。
「ひっ……何、この荒れよう……」
レーザービームで穴だらけになった壁の向こうに真名森先生がいた。
「ああ、先生、もうちょい待ってな!」
「此川さん、大丈夫なの?
他にも誰かいるみたいだけど……」
「ひなせくん、真名森先生連れて、先に外に出てくれへん?
私ら、この建物、直さなあかんから……」
大人たちへの報告以外で、唯一の後始末が壊れた周辺の現状復帰だ。
『欲望』が使えない俺には今のところ、関係ないことであるが、亜厂と此川さんはこれも仕事に含まれている。
特に此川さんはこれが得意らしい。
此川さんが、『旧校舎』の壁に『このかわまつり』と名前を書く。
「これで、この建物は私のモンや。
私のモンはあるべき姿に戻る!」
まるで時間の逆回しのように『旧校舎』が戦闘前の姿に戻っていく。
圧巻だ。
「ええっ! なに、なに、なに……何が起こってるの!?
こ、此川さーん!」
おっと、真名森先生を落ち着かせに行かないと。
俺は理科室を出て、真名森先生を落ち着かせる。
真名森先生は両手に、武器にするつもりだったのかモップと懐中電灯を抱えていて、驚きに目を見開いている。
「先生!」
「だ、誰?」
「1ーCの日生満月です」
「え……ええっ! 満月くんっ!?
まさか、あなたも?」
「はい。公安部の人間です、いちおう……」
早く力に覚醒しないと、なんとなく公安部外事第六課と名乗るのに躊躇してしまう。
これは、DDのDDとしての仕事ができないからだろう。
「ええと、もう危険はないですが、作業が残ってまして、真名森先生、一緒に来ていただいていいですか」
そう言って真名森先生を連れて、外に出る。
やはり、既に黒服の大人たちが遠巻きに待機してくれている。
組木さんが見えたので、組木さんに手を上げる。
「あちらの方は?」
「僕らの上の人です。ちょっと報告して来るんで、待ってて下さい」
真名森先生を待たせて、俺は組木さんのところへ。
「どう、日生くん」
「ええと、とりあえず、あちらの真名森先生に
ヒュプノライトが必要な状況ですね」
「分かったわ。日生くんは車に行って報告をお願いね」
「はい」
俺は真名森先生に頭を下げる。
組木さんが真名森先生の元へと歩を進める。
頭を下げたのは、こんな突拍子もないことを無条件に信じてくれて、ありがとうと同時に、記憶を消してしまってすいませんという意味だ。
俺が頭を上げると、真名森先生が手を振っていた。
そんな真名森先生に組木さんが話し掛ける。
真名森先生がかしこまって話を聞いている。
組木さんが『瞬間催眠装置』を出して、それを真名森先生が見つめている。
シュボン!
光が瞬いた。俺は少し遠い目をして、それを眺めていた。
組木さんと真名森先生が何事か話している。
記憶を操作しているのだろう。
ちょっといたたまれなくなって、俺は他の大人に報告をしに行こうと、踵を返そうとした時、組木さんがこちらを向いて、手招きしてくる。
何事だろうか?
俺が近づくと組木さんが言う。
「日生くん、もしかすると真名森先生は『妄想☆想士』かも?」
「は?」
俺はあんぐりと口を開けたのだった。




