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窓際の令嬢 22


 三階に上がる。

 亜厂は嫌がるが、俺の移動にはついてくる。


 すまんが諦めてくれ。ここまで来て、怖いから帰ります、にはできない。


 相手は糸使い的な『再構築者(リビルダー)』だろうか?


 たぶん、俺たちの侵入はバレている。

 そう考えると、ピアノの音が鳴ったのは、俺たちが近づかないように怖がらせるためか、俺たちを音楽室におびき寄せるためのどちらかだと思われる。

 音楽室が罠だとしたら、亜厂が怖がったせいで、まともに調べずに無視したのが正解。

 怖がらせて、俺たちが逃げ出すよう仕向けたのなら、今、三階に向かっているのが正解のはずだ。

 つまり、結果的にこの行動が正解な気がする。


 あくまでも相手が『再構築者(リビルダー)』だと仮定しての話だ。

 これが名前を言ってはいけない(アレ)の仕業だという考えは捨てる。

 さすがにそっちを考えてしまうと、俺も歩けなくなってしまう。


 三階、音楽室の上は理科室らしい。

 ここのドアはすんなり開いた。


 ガラリ。同時に理科室から移動できる理科準備室へと移動する、その人が見えた。


「待て!」


 声を掛ける。

 長い赤毛、何故かカーテンをドレスのように身体に巻き付けていて、遠目からもその人がかなりスタイルの良い女性だと分かる。

 窓際の令嬢……たぶん、噂を作った先輩は、見たのだ。

 意識したかどうかは定かではないが、網膜の端に、あの長い赤毛が焼きついていたのだろう。

 火のないところに煙は立たないとは、良く言ったものだ。


「来ないで!」


 女性はハスキーな声で叫びつつ、理科準備室へと去った。


「え……今の人……」


 亜厂がようやくまともになってくれた。

 相手に生身の肉体があると分かったからだろう。

 俺と亜厂は理科室に突っ込むと、そのまま理科準備室へと駆け寄る。

 脇に飾られた骨格標本が、カタカタ、と笑って倒れた。


「今さら、怖がらせようとしても無駄だ!」


 その人は理科準備室の片隅に蹲っていた。


「お願い! 近寄らないで!」


「そうはいくか!」


 俺は携帯を取り出し、『転生者診断アプリ』を起動する。


「福田くんに何をしたんだ!」


 カシャリ。九十パーセント。ビンゴ!


「ちょっと、日生くん!」


 俺は亜厂に肘を引っ張られる。

 先程までの可愛らしい亜厂とは真逆の力強い引き止めだ。


 おっと、そうだった。

 つい、相手が弱気な反応を見せるものだから、こちらは強気になってしまったが、相手は『再構築者(リビルダー)』だ。

 『欲望デザイア』の使えない俺は写真を撮るまで。

 後は亜厂に任せる。


「貴女は『再構築者(リビルダー)』ですね。

 貴女の存在はこの国では違法です。

 素直に投降すれば、悪いようにはしません。

 投降して下さい!

 私たちはDD、この世界の守護者です」


「DD……聞いたことがあるわ。

 ……本当に?

 酷いことしない……?」


 その人は今にも消えてしまいそうな、儚い声で聞く。


「貴女はどちらからいらしたんですか?」


「オルムホス……」


「オルムホス?」


 俺が頭にハテナマークを浮かべると、亜厂が小声で教えてくれる。


「こちらではオリュンポスと認識されている世界です。

 良かった。界交もありますし、穏便にいけるかもしれません……」


 国交ならぬ界交かいこうか。

 オリュンポスって、ゼウスとかアテナとかそっち系の神話世界とでも認識しておけばいいんだろうか?

 ただの外国の山……ってことはないよな。


「では、こちらにゆっくり来て下さい」


「変なことしない……?」


 怯えている。身体にはカーテンを一枚、巻き付けただけの格好だ。

 その人が軽く身動ぎしただけで、希望がたくさん詰まってそうな胸や夢が溢れたお尻が見えてしまいそうで、俺は目のやり場に困る。

 健全な高校一年生男子的には、亜厂が目の前に居ることで、なんとか理性を保っているようなものだ。

 くぅ〜、本当はちょっとガン見したい……。


「安心して下さい。ただ、その身体は本人に返してもらいますよ」


「え? それはダメよ……ようやく馴染んで来たのよ……」


 その人が自分の身体を抱くようにして、イヤイヤする。

 亜厂はそっと胸ポケットからボールペンを抜いた。


「大丈夫です。元の世界で貴女の身体を取り戻せるよう、私たちも全力を尽くします。

 その身体は、貴女のモノじゃないんです。

 それは分かりますか?」


「元の世界……」


「そうです。私たちに任せてくれれば、ちゃんと帰れるんです」


「イヤよ! 私はこっちの世界で良い男を見つけるんだから!」


 その時、初めてその人は髪を振り乱して亜厂を睨んだ。


「ふ、福田くん……!」


 俺は思わず声を上げた。

 そこに居たのは、超グラマラスセクシーな身体になって、長い赤毛を振り乱す福田くんだった。

 福田くんかい!

 俺は、訳もなく自分自身を呪った。

 福田くん、いくら女の子好きでも、自分が女の子になっちゃうのは違うよな?


「……なんで? さっきまであんなに興奮した香りしてたじゃない!」


 赤毛長髪、超グラマラスセクシーな福田くんが俺を指さす。


「は? こ、興奮とかしてねえし!」


「嘘よ、このパエンナーにはお見通しなんだから!

 ほら、見て……興奮するでしょ……」


 福田くんが胸を持ち上げ、お尻を突き出し、俺を挑発してくる。

 俺は……真顔だった。


 逆に、亜厂は俺をジト目で見ている。


「いや、ないない、ないない……」


「オルムホスでは、性的興奮を匂いで判断する文化があるそうですよ……」


「いやいや、ホント、福田くんだよ!?」


「なんでよ! さっきまであんなに興奮してたのに!」


「あのなあ! パエンナー。その身体は福田くんのなんだよ!

 無茶言うなっ!」


 俺はパエンナーだか福田くんだか、分からないその人に向かって、声を荒らげた。

 すると、その人の雰囲気が急に変わる。


「……そう。ならいいわ。この身体で包み込んだら、どうせすぐ良い香りに変わるでしょ」


 何っ!? と思うが、その身体の元は、福田くんなのだ。

 女性の女性らしい肉体、しかし、残念ながら、俺はドノーマル。

 それは無理な話だ。

 俺は無意識にスンとなった。


「日生くん、さがって!」


「私の権能を味わいなさい! 【危険な髪(キンディノスマリャ)】!」


 パエンナーの赤毛が、ざわざわと伸びる。

 それは触手のように自在に動く髪だ。

 そうか、音楽室で見た『糸』だ。


 亜厂が用意していたボールペンにキスをする。


「これは私のモノ。だから、大きくなるし、長くなるし、硬くなるし、強くなる!

 顕現せよ【十拳剣トツカノツルギ】!」


 パシっ! と亜厂の【木刀ボールペン】がパエンナーの【危険な髪(キンディノスマリャ)】を断ち切る。


「無駄よ! 言ったはず、私たちはこの世界の守護者だと!

 大人しくしないなら、それなりの手段を取らせてもらうわ!」


「そう……あなた、私に男を取られるのが嫌なんでしょ!

 みっともないわよ、女の嫉妬は!」


 まるで歌舞伎の連獅子かのように、パエンナーが頭を振り回す。

 それを亜厂が【木刀ボールペン】で弾き返す。

 狭い理科準備室がぐちゃぐちゃになっていく。


 俺は慌てて理科室へと逃げ出した。

 すでに、『応援、求む』のボタンは押している。

 今回こそ、邪魔にならないようにしないと……。


「臭い、なんなの、この匂い!」


 棚が壊れて、取り残されていたホルマリンの瓶が割れたのだろう。

 異様にすっぱい匂いが辺りに立ち込めている。


 パエンナーの自慢の赤毛が酷いことになったようだ。


「最低よ! 許さないんだから!

 【千の光(ヒィリャフォス)】!」


 理科準備室の壁を貫通して、強烈な光のレーザーみたいなものが拡散して飛んだ。


「きゃあっ!」


 俺は咄嗟に床に伏せて事なきを得たが、亜厂の悲鳴が聞こえる。


「亜厂っ!」


 たまらず亜厂も理科準備室から、よろめき出てきた。

 服がかまいたちで切られたかのようにボロボロだ。


 おそらく、【想波防御(カムナシールド)】を身体の中心に集めて、防いだ結果だろう。


「日生くん、松利ちゃんを呼んできて!」


 亜厂が俺のことを守るように立って、叫んだ。

 一人では荷が重いと思ったのだろう。


 話し合いでまとまりそうだったのに、いきなりのバトル展開。

 やはり、異世界とはことわりが違うのだろう。


「くそ! 保たせてくれよ!」


「うん!」


 俺はさらに理科室からも逃げ出そうとする。


「逃がさないわ! 【危険な髪(キンディノスマリャ)】!」


 パエンナーの髪が束ではなく、蜘蛛の巣のように拡がって、辺りへ伸びていく。

 亜厂が数本の髪を断ち切ろうと、関係ない。

 それどころか、亜厂に巻きついた髪が少しずつその自由を奪っていく。


「ほら、これでも逃げられる?」


 亜厂に守られている俺は、亜厂の背中から出れば、ひとたまりもなく巻取られてしまうだろう。


「くっ……日生くん、お願い!

 私とキスを!」


 亜厂が叫んだ。


「はあっ? 何言ってんのアンタ!

 やっぱり、嫉妬してたのね!」


 そうじゃない。パエンナーは知らないのだ。

 俺と亜厂の関係性を。

 嫉妬なら、俺だってもっと喜んでキスをする。

 だけど、そういうことじゃないのは、俺が一番、痛いほど知っている。


「分かった! 力をくれ、亜厂!」


 次第に自由を奪われていく局面で、亜厂は決断したのだ。

 俺はそれを尊重する以外にない。

 ごめんも、すまんも無しだ。

 そんなの亜厂に失礼すぎる。


 髪の毛数本なら、今の俺の力でも引きちぎれる。

 俺は亜厂を背後から抱き締めて、少し強引なキスをした。


「日生くん……」


 亜厂の瞳が潤んでいるように見えたのは一瞬、目を閉じてしまった亜厂の真意は分からない。


 俺は亜厂の唇を奪った。

 亜厂の舌がソレを運んで来る。

 俺の舌がソレを絡め取り、嚥下する。

 かぁっ、とお腹の辺りが熱くなる。


「ちょ……やめなさいよ!

 二人とも、殺されたいの!」


 唇が名残りを惜しみながら離れた。

 亜厂が呟く。


「日生くんは私のモノ。私のモノは、強くなる。

 お願いね、日生くん。【生太刀・生弓矢(イクタチ・イクユミヤ)】……」


 俺は、小さく頷いて、もう一度、軽くキスをした。

 これで、良い。なんとなく分かった。

 亜厂のモノでありながら、俺は俺のモノという状態。

 この瞬間、確かに俺は亜厂と通じ合った。


 【生太刀(イクタチ)】で俺の全てを渡して、【生弓矢(イクユミヤ)】で俺のコントロールを俺に移す。

 なるほど、そういうことかとこの時は分かったのだ。


 無尽蔵に湧き出る体力。

 俺にまで絡み始めた髪を、ぶちぶちと引きちぎりながら、俺は動き出す。


 俺の『想波(カムナ)』が亜厂の『想波(カムナ)』と混ざりあって、溶けていく。


 そうか、これが俺の『想波(カムナ)』……。


 ただし、俺の『想波(カムナ)』は相変わらず俺の自由にならない。

 だから、俺の『想波(カムナ)』のコントロールは全て亜厂に渡す。


「うぅ……溢れそう……」


 亜厂が吐息混じりに呟く。


「キイィィィッ! なんなの!

 アンタたちだけで気持ち良くなってんじゃないわよっ!

 【千の光(ヒィリャフォス)】」


 拡散ビームだ。

 俺はパエンナーの髪の毛を引きちぎりながら、強引に前に出て亜厂を守る。

 亜厂の張る【想波防御(カムナシールド)】は強力で、俺に毛ほどの傷もつかない。


「無駄だ! 今の俺に、その光は刺さらない!」


「そんな……神の権能なのに!」


「知るか! 今の俺らの想いの方が優ってる。

 それだけだ!」


 俺は拳を固めて突進した。

 女性を殴ることに抵抗がない訳じゃない。

 でも、福田くんの不甲斐なさなら殴れる。


「福田くん、今の君は全然、エロくない!

 真名森先生に傾けた情熱は嘘だったのか!

 残念だよ!」


 顔面パンチ。悪いが福田くん要素が残っているのが、ここだけだ。


「【抱擁アンカァリャゾゥ】……」


 パエンナーが両手を広げて、まるで俺を迎え入れるかのように権能を使った。

 俺の顔面パンチが当たった瞬間、パエンナーの肉体が俺を包み込むように変形していく。


 肉の塊だ。それが俺の拳を伝って、二の腕までを包んだ。

 変形したパエンナーの顔面が俺の腕に浮かび上がる。


「うふふ……どう?

 女の身体って柔らかいでしょう……」


 ふにふに、とした感覚。

 パエンナーの広げた両腕が俺の腰に抱き着き、それもまた変形していく。

 俺の腰を中心に、変形した肉の塊が太腿、腹と拡がっていく。


「私の全身で愛してあげる……。

 溺れていいのよ……。

 ウブな高校生男子には、刺激が強すぎかしら? うふふ……」


「日生くんっ……!」


 おう……これ……。

 いっその事、全身で味わいたい誘惑もあるが、残念ながら、俺の身体は亜厂のモノ。

 感覚が薄い。

 本来なら、見た目はともかく、きっと気持ち良いんだろうな、とは思う。


「くっそ……動けん……」


「ええ、そうでしょうね……この快楽を知ってしまえば、心で嫌がったところで、体が反応してしまう……」


「くっ……今、助けるから!」


 亜厂が【木刀ボールペン】を手に立ち上がる。

 未だ亜厂の全身には赤毛が絡んでまともに動くことはできない。

 だが、亜厂は叫びと共に【木刀ボールペン】を手放した。


「今の『想波(カムナ)』ならやれるはず!

 舞え! 【十拳剣トツカノツルギ】!」


 【木刀ボールペン】が空中を自在に動く。

 赤毛を切り裂き、亜厂を自由にしていく。


「やれるもんなら、やりなさいな……。

 でも、一歩間違えたら、アンタの大事な男に傷がつくわよ……」


 福田くんの顔が俺の背中側に移動して、話している。

 やべぇ……ある意味、ホラーだ。


「くっ……」


 自由を得て、【木刀ボールペン】を手にした亜厂だが、そのひと言で、また自由を奪われてしまったようだ。


「飛べ! 【必中の雷撃槍(グングニール)】!」


 まさに天の助け。

 声と共に現れたのは、此川さんだった。



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