3ーF、林雄介 2
本日、二話目になります。
まだの方は一話目からどうぞ。
おーけー、落ち着こう。
一度、認めよう。
この世界はいつのまにか、俺が知らない間に、ファンタジーに侵食され、学園伝奇フィクションになっている……。
いや、そんな簡単に受け入れられねえわ!
だが、納得は置いておいて、理解はしよう。
亜厂にキスされたのが始まりだ……キス……そう、亜厂のことが気になりはじめたその日にキス……その唇は柔らかくて、少し温かくて、蕩けるような……いや、そこじゃない。
分かっている。
たしかにキスは俺の脳内をそれだけでパンパンにするような出来事ではあったが、それ以上に衝撃的なことがありすぎて、ゆっくり反芻する余裕はない。
俺はたぶんだが、亜厂の操り人形になった。
浮気者の逆上彼氏三年生、通称『ハボリム』。
その『ハボリム』に背中を刺されて、死にかけた俺は、亜厂のキスで怪我が治り、三階から亜厂を抱えて飛び降りても平気な身体になり、体力お化けとなって走れるようになった。
ただし、俺の意思が反映されるのは首から上くらいのもので、首から下は完全に操り人形状態だ。
手足の感覚はある。
なんとか動かせないだろうか。
ピクッ、ピクッと指先が動く。
おお、これは……なんとか身体の自由が戻りそうな予感。
「やめて! お願い、日生くん。
今は言うこと聞いて!」
『ハボリム』と対峙する亜厂が苦しそうに言った。
いや、苦しませるつもりじゃなかった……。
「お、おう、分かった……」
俺は答えると同時に、抵抗を止める。
「え? 意識が……」
亜厂は俺の方を見ていた。
だが、『ハボリム』はその隙を逃がさなかった。
「さあ、雄介、捕まりたくなきゃ力を出せよ!
そうだ。俺は炎の魔神!
お前の意志の体現者だ!
『火祭る宝玉』!」
『ハボリム』が火の玉を掌に集める。
どうやっているのか分からないが、まるで魔法だ。
「亜厂! アイツが!」
「ハッ! 守って!」
亜厂に向かって火の玉が迫る。
亜厂が木刀ボールペンに命令すると、亜厂の手にした木刀ボールペンが勝手に動く。
ガキッ! 内野ゴロ。
惜しい、詰まらされた感じで火の玉は『ハボリム』と亜厂の間に落ちて、爆発した。
「キャーッ!」「うわぁっ!」「ひぃぃーっ!」
何事かと見守っていた、部活終わりの生徒たちが叫ぶ。
ちょうどその時、デカい黒塗りのバスが校門前に横付けされた。
そのバスからは、警察の機動隊員らしき制服を着た人々がぞろぞろと出てきて、透明な盾を並べていく。
バスの後ろからは、やはり黒塗りの車が何台も現れて、中から黒いスーツの集団を吐き出していく。
「危険です!
関係ない者はこちらに下がりなさい!」
機動隊員が叫んだ。
わっ、と生徒たちが保護を求めて逃げ出した。
「なんだ、こいつらは?」
「私の仲間よ! 観念しなさい!
大人しく封印を受け入れれば、その内、送還もしてあげる!」
『ハボリム』の動揺に、亜厂が言う。
「ふん……送還だと?
冗談じゃねえ、せっかく好き勝手やれる世界に来たんだ、俺の力を見せてやるぜ!
『火照りのこん棒』!」
『ハボリム』の掌に集まった光は燃え盛るこん棒になった。
「このっ! 騙されないで、林先輩!」
『ハボリム』は林 雄介ってことなのか。
亜厂の言い方が、『ハボリム』の中にいる良心に訴えかけているようで、俺はますます混乱する。
『ハボリム』の燃えるこん棒 と亜厂の木刀ボールペンが打ち合わされる。
機動隊員も黒スーツたちも、見守るだけで手出しはしない。
大人数で取り押さえられないもんなのか?
「日生くんっ!」
亜厂はこん棒の炎に焼かれそうになりながら、俺の名前を呼んだ。
同時に俺の首から下が勝手に動き出す。
「ちっ! 半端な魔術風情がっ!」
俺の拳が『ハボリム』の顔面を捉える。
炎のこん棒が近い。
「あぶっ! あちっ! あちゃちゃちゃちゃ!」
首から上は状況を理解しようと動かしていたせいで、燃えそうになって、火の粉が頬を嬲って、俺は叫んだ。
「ひ、日生くんっ!?」
「こ、怖えー! だ、大丈夫。とりあえずセーフだから!」
勝手に動く身体が『ハボリム』にキックを入れて、亜厂との間に身体を入れ、さらに『ハボリム』に追撃のパンチとキックを入れまくるのを尻目に、なんとか亜厂の方を見ながら、大丈夫を連呼する。
考えてみたら、身体と首が関係なく動いていて、俺は軽くホラーの体現者になっている気がする。
百八十度以上、首を捻っているけど、不思議と痛くないんだよな。
「がはっ! ぐふっ! ぐえっ……やめ……やめろ……ふぐぅっ……」
『ハボリム』はボコボコだ。
俺としては、自分の意思じゃないし、どうにもできない。
ただ、浮気がバレて逆上して襲って来るような男は懲らしめられるべきだと思っているので、それが可哀想だとは思わない。
「この浮気ヤローが!
亜厂の気持ちが晴れるまで殴られてやるくらいの甲斐性を持て!
そもそも、お前が浮気なんかしなければ!
あんなかわいい子を泣かすとか、有り得ねえぞ!」
そう、殴っているのが俺の意思でないならば、これは亜厂の怒りだ。
亜厂の気が済むように、気持ちをぶつけてやればいい。
まあ、さすがに死ぬまで殴るような人間には見えない。
良きところで終わるだろう。
「ぐぅっ……『火祭る……宝……玉』」
ズバンッ!
この局面で、火の玉を出しやがった。
しかもゼロ距離爆発。
俺の身体は圧力に耐えられず、空を舞った。
どちゃり、と地面に落ちる。
痛くはない。痛くはないが、俺の右手が、肘から先が無くなっていた。
制服は焼け焦げ、裂けまくってボロボロ。
恐らく、『ハボリム』の火の玉を右手を犠牲に逃れたのだろう。
「みっ……右手ぇえええっ!」
痛みが無いため、現実感がない。
首から下の動きを完全に亜厂に委ねていたので、大して感覚もない。
驚き、でいいんだろうか?
またもや、混乱、が正しい気もする。
「日生くんっ!」
慌てた亜厂が俺に飛び込んで来て、またもやキスをした。
二回目……。俺の初めてと二回目……。
とろり、とした感覚。自分の喉がソレを嚥下したのが分かる。
いや、だが今はソレどころじゃない。
「日生くんは私の物。私の物は壊れない。私の物は壊れない……」
亜厂が呪文のように言い聞かせる。
やめろや。そんなに『私の物』宣言されると、むず痒いと言うか、恥ずかしいと言うか……ああ、もう! 惚れたらどうすんだ!
いいのか、本気になっちゃうぞ!
くああ、ムズムズするなぁ、右手の辺りが……。
「みっ、右手ぇえええっ!」
俺の右手が復活した。たぶん、生えた。
怖ァっ!
でも、良かったぁー。
そこだけ、煤も付いてない綺麗な右手。
これ、俺のだよな? ホクロとか同じだし。
「よ、良かったぁぁぁ〜」
亜厂がホッとしたように言う。
「これ、俺のだよね? 小麦粉製だったりとかないよねぇ?」
「うん、ちゃんと日生くんのだよ!」
「お、おおう……良かったぁ……」
俺は右手を動かし、見聞しながら息を吐いた。
「ぐ……くくっ……ふざけるな……猿真似程度の魔術風情がぁああっ!」
『ハボリム』が立ち上がる。
腹に穴が空いている。
生きてんの、ソレで……。
「ふんっ! 魔術、魔術って、ふざけてるのはそっちよ!
私は妄想☆想士!
政府公認の地球の戦士よ!」
でりゅ、でざい……な、何を言っているんだ?
亜厂が一瞬で遠くの世界の人に感じる。
アレか、月、いや地球の光に導かれちゃった的な……いや、ああいうのはアニメとか漫画の世界のアレだろう?
それで俺の身体が超常の力を発揮したり、腕が無くなったり、生えたり?
ええ!?
俺の頭、どうかなったんか?
あ、まだ実は午睡の途中で、夢の中とか?
「くおおっ……俺はまだ……」
『ハボリム』は傍らに転がる燃え盛るこん棒を手に立ち上がる。
「無理よ! それ以上は林先輩の身体が保たない! やめなさい!」
『ハボリム』が一歩、また一歩と亜厂に向かって歩く。
「ダメ! やめて!」
亜厂は後退った。
これ以上、攻撃の意志はなさそうだ。
だが、『ハボリム』は止まらない。
腹に穴を空けたまま、不思議な力で歩いてくる。
どうやら、『ハボリム』と『林先輩』は、同一人物の中の別人格のような感じだ。
なんだろう……悪魔に乗っ取られたとかそういうことだろうか?
だとすれば、ありきたりかもしれないが、『林先輩』に訴えかけるのが、正解なんじゃないだろうか?
「はぁやぁしぃー!」
俺は声を限りに叫んだ。
『ハボリム』は一瞬、びくり、と止まった。
「あんた、何がしたいんだ!
世界、ぶっ壊れろとか絶望でもしてんのか!
そりゃ、女の子泣かしてまでやることか!
あんたが亜厂を無視するならそれでも構わない!
でも、俺は亜厂のもんだ!
だから、亜厂を泣かすなら、俺があんたをぶっ飛ばす!
悔しかったら、なんとか言えよ、林ぃーっ!」
俺は叫んで、右手で亜厂を抱き寄せた。
挑発だ。
浮気男でも、いざ自分の彼女が取られるとなったら奮い立つかもしれない。
「ひ、日生くん……!?」
「しっ……黙って……」
俺は亜厂の耳元で呟く。
『ハボリム』がぶるぶると震える。
きっと中で戦っているのかもしれない。
そうして、『ハボリム』の手から燃え盛るこん棒が落ちた。
それから、その手が俺を指差す。
「俺の……俺の前で女の子とイチャイチャしてんじゃねぇーーーっ!」
血管が切れそうな形相で林先輩は叫んだ。
俺には分かる。それはDTの叫びだ。
あれ? 亜厂と付き合ってて、浮気を問い詰められたんじゃ……?
林先輩は血涙を流しつつ、倒れた。
腹の辺りに光が貯まって、次第に治っていく。
「はっ……主導権を取り返されて、死ぬのが嫌で最後の力を回復に……。
日生くん……」
「あ、わあぁぁぁっ!
なし、なし、ごめん!
林先輩を挑発したくて、わざとやりました! 他意はないんです! 必要悪ってことで……」
俺は右手を離し、必死に首を振ってアピールする。
「凄いですよ、日生くん!
この人を救って、ハボリムを休眠に追い込むなんて!」
亜厂が俺の右手を両手で掴んで嬉しそうに笑った。
「え? いや、その……」
「あ、右手……動くんですよね……それにお話もできる……」
「え、あ、うん……」
「声も聞こえて、意識があって……あ、あわわわわ……あひゃーっ!」
亜厂は急にドタバタと両手を上げて奇声を発したかと思うと、俺から離れて逃げるように去っていく。
なに? なに? なに?
ある意味、普段の教室の彼女に戻ったような感じだが、意味が分からない。
すると、俺は肩を叩かれた。
何事かと思い、俺はぐるりと首を回す。
「うわっ……心臓止まるかと思った……君、首がすごいことになってるよ。戻して、戻して。
こら、亜厂ーっ!」
黒スーツの女性だった。
黒塗りの車から降りた一人だ。
年の頃は二十代くらいだろうか。
黒スーツがなんかビシッと決まっていて、カッコイイ。
俺の肩を叩いて驚いてから、慌てて亜厂が逃げた方向に走っていってしまう。
少しして、急に俺の身体の感覚が戻って来る。
お、動かせる。足から腕から全部。
服が大変なことに……。
ど、どうしようかと途方に暮れる。
すると、先程の黒スーツの女性が戻って来た。
「ああ、失礼。
私は亜厂の上司で組木と言います」
「はあ……」
組木さんはスーツの内ポケットから、ペンライトのようなものを取り出した。
「ちょっと、これ見てくれます?」
「はい……」
なんだろう? ライブなんかで振り回すようなペンライト?
すると、カシャカシャっと音がして、ペンライト半ばが開く。中にはフラッシュライトのような物が並んでいる。
同時に、フラッシュが瞬いた。
シュボンッ!
「ぐああっ、目がっ!」
───いつもと変わらぬ日常。今日はどんなことがあったかな?───
「ちょ……見えないっす……変わらぬ日常って……めちゃめちゃ超常現象起きてて、説明するの大変ですよ……それより、なんで目潰し……」
俺はクラクラしながら、目を押さえた。
すると、組木さんは大きな声で怒鳴る。
「亜厂ーーーっ!」
「は、はぁーーーい!」
何が起きてんの?
今日は不思議だらけだよ。