勘違いする亜厂《あかり》ほのか 18
放課後になった。
俺は教室でマニュアル作りに精を出していた。
亜厂が情報収集に出る直前、俺に聞いてくる。
「日生くん、何やってるの?」
「例のマニュアル作り……」
携帯のホロビジョンディスプレイを大きめに広げて、今、ユキユキがやっている練習の改良案だとか、ユキユキの性格的注意点、見やすい画面作りなんかを考えている。
「ああ、昨日、話した……」
「うん、明日、真名森先生に見せなくちゃいけなくてさ……」
「え?」
「昼休みに話したら、宿題にされちゃって……」
「あれ? それって、私が山越先輩に渡すことになってる?」
「ああ、そうそう……うーん、レイアウト弄るか……なんか、真名森先生がバスケ部の顧問の危東先生に持っていってくれるって話になってさ……」
「ふ、ふーん……そ、そうなんだ……良かったね……」
「ああ、だから山越先輩用と危東先生用でちょっと内容変えようと思ってるんだけど、亜厂にちょっと見てもらいたいから、急いで……あれ?」
ん? さっきまで亜厂と話していたはずなのに、いない。
おや? なんでだ?
ちょっと集中しすぎて、亜厂の話は流れで答えてしまったから、亜厂が何を言っていたか、定かではない。
「急ぎで行かなきゃいけない用事とかあったのかな?」
交友関係が広いと、あっちこっちに話を聞きに行かなきゃいけないだろうし、今は新しい『再構築者』の警告が出て、捜査が一番重要だ。
まあ、仕方ないと気を持ち直して、マニュアル作成に勤しむ。
亜厂にはファイルを送って、確認だけしてもらおう。
それから、『転生者診断アプリ』の写真も三人のSNSで共有しておく。
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此川︰検尿……?
日生︰お茶のコップとして使ってるから
此川︰真名森先生が怪しいと思ったん?
日生︰クラスメイトの挙動がおかしいって聞いて、殿みたいに精神が弄られてるパターンもあるかと思って。シロだったけど。
亜厂︰あ、怪しんでいたから、行ったんですか? 色っぽいお姉さんだからじゃなく?
日生︰警告が出て、それを無視するほど不真面目じゃないよ。
此川︰そのクラスメイトは?
日生︰今日は休み。
此川︰あれ? 挙動がおかしいって……。
日生︰それは昨日の話。警告の精度が分からないから、昨日からリビルダーが来てる可能性もあるかと思って。
亜厂︰たしかに、ゲートについては、まだ正確な所は分かっていないと、組木さんも仰ってました。
此川︰なるほどな。そしたら、そのクラスメイトが怪しいんちゃう?
日生︰あ、あれ? そういう可能性もある、のか……。
此川︰連絡取れる?
日生︰えーと、友達を辿れば、なんとか……。
亜厂︰取れます。連絡してみますね。
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……亜厂、福田くんの連絡先、知ってるんだ。
俺はクラス内で軽く話したりはするが、連絡先まではまだ知らない。
交友関係の狭さが、恥ずかしくなる……。
いや、学校行事とか始まれば、クラス内で連絡先を交換する機会もあるはず。
そうだ、まだ焦るようなタイミングじゃない……。
亜厂との個人間SNSにも連絡が来る。
さっき送ったマニュアルへの返事だった。
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日生︰忙しい時にすまない。山越先輩用と危東先生用のマニュアルを作ってみたので、後で確認しておいて欲しい。〈ファイル1〉〈ファイル2〉
亜厂︰あの、それぞれに渡すんですね。
日生︰山越先輩用は亜厂の意見を取り入れて、より具体的に。危東先生用は、指導方針と衝突する可能性を考えて、ユキユキの性格的傾向を中心にしてみた。
危東先生用は明日の昼休みまで、山越先輩用は亜厂の予定次第で考えているので、意見があれば、よろしく頼む。
亜厂︰てっきり、マニュアルは一部だけかと思ってました。ごめんなさい。
日生︰何故、謝る?
亜厂︰その……日生くんが、私と一緒に作ったマニュアルを真名森先生に渡してしまうのかと思って、ちょっと嫌な態度取りました。ごめんなさい。
日生︰ああ、そうだったのか!
すまない、説明がたりなかったな。
亜厂︰いえ、真名森先生のこととか、全部、私の勘違いなので。
日生︰真名森先生?
亜厂︰〈平謝りする犬のスタンプ〉
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ヤバい。平謝りする犬の意味が分からない。
ああ、先程のグループSNSで、俺が真名森先生が見たいだけという勘違いの話かと気づく。
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日生︰それも説明足らずで申し訳ない。
〈平謝りする某漫画の主人公スタンプ〉
亜厂︰あ、その漫画、私も好きです!
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ふう……色々と亜厂に勘違いさせてしまったようだ。
亜厂は俺の教育係でもあるからな。
報告、連絡、相談のホウレンソウはしっかりしないと、と自分の気を引き締め直した。
亜厂からの連絡が途絶えた。
福田くんに通じたのだろうか。
なんとなく、最後の返信にあった前半部分を指で隠してみる。
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)、私も好きです!
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あ、今、たぶん自分は気持ち悪い笑い方してるな、と自覚してしまった。
周囲を慌てて見回し、誰もいないのを確認して、ホッとする。
亜厂と個人的に連絡できる程度のことで、俺は浮かれているらしい。
亜厂も此川さんも、必死に捜査してくれているというのに、自分の馬鹿さが憎らしい。
少し頭を冷やそう。
そう思って、俺は教室を出るのだった。




