保健室の真名森《まなもり》美也子《みやこ》先生 17
昼休み、俺はユキユキと連れ立って保健室に向かう。
職員室なんかがある『事務棟』だな。
「真名森先生いますか?」
「は〜い!」
少しハスキーな感じで真名森先生が答えて、扉を開ける。
「ああ、結城くーん! はい、入って、入って〜!
あら、今日は福田くんじゃない、新しいお友達なんだ〜。
へえ、嬉しいなぁ。えへっ!」
こ、濃い……。一発目からキャラが濃いな!
俺の第一印象である。
真名森先生は、やはり人懐っこい笑顔を浮かべて、俺たちを保健室へと誘う。
「失礼しまーす」
「失礼します……」
ユキユキに続いて、礼をしてから保健室に入る。
「えっとぉ、誰くんかなぁ?」
真名森先生が俺の顔を覗き込む。
「あ……ユキ……」
「あ、待ってね!
当てるから。
う〜ん、満月くん?」
「え!?」
「あ、当たりでしょ〜」
「そう、当たり。真名森先生、よく分かったな」
ユキユキが驚いていた。
「え〜、だって結城くんの安心しきった顔つきとか見たら、分かるよ〜。
たぶん〜、お友達の中で一番、信頼してるって言ってた満月くんかなぁって……」
「え、俺って顔つきとか違うかな?」
「うん。このほっぺの所とか〜、あと、昨日はギュッと握られてた手がリラックスしてるでしょー、可愛いよね〜!」
するりと近づいた真名森先生が、ユキユキの頬や手を指先で、ツンツンしている。
あざとい……しかも、それを自覚してやっているからこそ、責める気になれない。
そんなところも、やはり、あざとい。
「ははっ、そんなところで分かるのか。
やはり真名森先生は、只者ではないな」
「は〜い、じゃあ、二人とも座って、座って〜」
椅子を二脚、用意して、俺たちを座らせると、紙コップに入れたお茶を振舞ってくれる。
ん? この紙コップ……。
「あ、満月くん、気付いちゃった?
そう、検尿用紙コップだよ。でも安心して、私しか使ってないから……」
「ぶっ……」
「ああっ、何か勘違いしてるな〜!
使ってないって、管理してるのが私だけだから、綺麗だよって意味だからね!」
真名森先生が頬を膨らませて、怒ったフリをする。ただ、直後、その顔は例の人懐っこい笑顔に変わるのだ。
からかわれた?
「おい、満月。先生に失礼だぞ……」
後になって、冷静に考えてみれば、この時の真名森先生は、わざとそういう言い方、誤解されるように言っていたのだ。
そういう風にして、他人の反応から色々なことを見抜くのだろう。
「はは、やだな……真名森先生も人が悪い……」
「美也子先生でいいよ。
ほら、みやこって、ちょっと早口にすると、みゃーこって聞こえて、猫みたいじゃない?
可愛くない? みゃーこ……」
猫の手を作って、こちらに、ニャンニャンと爪研ぎでもするように手を振ってくる。
まあ、二十歳そこそこの、人懐っこい笑顔の女性がソレをやっているのは、お姉さんっぽい見た目からのギャップを感じて、たしかに可愛い。
だが、俺はあくまでもここに来たのは仕事だ。
相手のペースに乗ってしまっては判断ができなくなってしまう。
「はは……たしかにかわいいっすね。
でも、俺はあくまでもユキユキの付き添いなんで、ユキユキの話を聞いてやってもらえますか。真名森先生」
「ええ〜、みゃーこ、ダメかなぁ?
かわいいのに……まあ、いっか!
それで、結城くん、昨日はどうだったの?」
「ああ。先生に言われた通り、やま先輩じゃなくて、レギュラーの先輩に、相談してみた。
同じ場所をぐるぐる回っていると気持ち悪くなるから、何か方法はないですか、と……遠くを見ろ、と言われた。
多少は気が紛れたが、ダメだ……しばらくすると、やはり気持ち悪くなってくる」
「うんうん、やっぱり、結城くんの場合、三半規管というより、心因性の問題な気がするなぁ。
普段、ボールを追い掛けて、コートの中をぐるぐる回るのは平気なのよね?」
「ああ。ボールを追い掛けるのは好きだ」
「たぶん、結城くんには普通の練習が合わないんだろうから……うん、顧問の危東先生に私から話してみるね!」
なんだ、普通じゃないか。ちゃんとユキユキの話を聞いて、解決策を探ってくれている。
「満月くんも、何か結城くんのために考えてくれてるって聞いてるけど?」
「ええ、クラスの女子にバスケ部のマネージャーの先輩の知り合いがいるから、マニュアルを書いて渡してもらおうかと思ってるんです」
「マニュアル?」
「ユキユキ……コイツって本能的なんですよ。
ただの反復練習はやる気を削ぐだけなんで、見える景色を変えてやるとか、遊びを混ぜるとか、ゲーム性を持たせるとか、簡単なことでいいんで、そういう練習方法を取り入れてもらえたら、まだまだ伸びるはずなんです!
本当は実戦練習が一番なんですけど、部内の方針とかあるでしょうから、そこまでは言えないかなと思って……」
「へぇ〜、良く観てるんだ……」
「まあ、小中と一緒だったんで……」
「ああ、俺を使わせたら、たぶん、満月が一番上手い!」
「お前、そういうこと言うから、俺が飼い主って言われるんだぞ!」
「ただのやっかみだろ。それくらい言わせてやれよ」
「仲良しなんだねぇ、かわいい〜!
ふんふん……じゃあ、明日までにマニュアル作れる?
これ、宿題ね。明日の昼休みにまた来てくれればいいから!」
こうして、真名森先生との初遭遇は終わった。
変、といえば変だけど、『再構築者』に取り憑かれているようには思えない。
ああ、そうだ。
「真名森先生。今日、福田くんがお休みなんです。
良ければ、写真一枚撮らせてもらって、福田くんを元気づけてやりたいんですけど、いいですか?」
「え〜、どうしよっかな〜?
うん、いいよ、可愛く撮ってね!」
迷う素振りを見せつつ、判断は一瞬だった。
例の検尿用紙コップに『福田くん』と名前を書いて、それを掲げて見せる。
本当にあげたら、普段の福田くんなら、とても下卑た笑顔を見せてくれるような写真だ。
ただ、残念ながら、俺が撮るのはただの写真じゃない。
『転生者診断アプリ』での写真だ。
カシャッ!
紙コップにキスするような仕草の写真。
診断は二十パーセント。
シロだった。




