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1ーC 結城《ゆうき》裕貴《ひろたか》 15


 桜の季節が終わり、葉桜に新しい季節の名残を感じる頃、何名かの教師が別の学校に行くという話があって、また、それに伴い、新しい教師が赴任して来るという全校集会があった。


 殿こと殿田先生は、脳疾患が見つかって、教師を辞めるという話が、二年の学年主任の先生からあって、俺は少し寂しさを感じた。


 それから、何人かの新任教師が登壇して挨拶をする。

 まあ、高校生男子にとって重要なのは、ソコに若くて可愛い女性教諭がいるかどうか、その一点だったりする。


「あ、あ、新しい保健の先生、めっちゃ可愛くないか……」


 一年C組、下ネタ担当の福田くんが周りの男子に同意を求める。

 求めてたか? 求めてなかったかもしれないが、大半の生徒たちは、それに同意していた。


「やっべ……なんか、ムラムラする……」


「福田、サイテー……」


 近くに座っていた女子生徒が反応していた。


真名森まなもり美也子みやこです。

 心理カウンセラーの資格もあるので、悩みがある子も、友達みたいになれたらな、と思います。

 気軽に保健室に来てくださいね!」


 ウェービーな髪をハーフアップに束ねた新任の養護教諭は、人懐っこい笑顔を浮かべて、そう挨拶した。


 ああ、福田くんだけではない。

 男子も女子も、そのちょっとお姉さんの友達みたいな魅力にやられた人は多い。


 美人だが、お高く止まらない雰囲気が真名森先生から溢れている。


 あの先生は人気が出るだろう。


 さて、全校集会が終わり、帰りのホームルームも終わる。

 イミエルの騒動以降、束の間の平和が訪れている。

 俺は、たまに亜厂あかり此川このかわさんと情報交換をしつつ、自主練習の日々を送っている。


 自分の『想波(カムナ)』を感じる訓練だとか、自分の認識を拡げる訓練だとか、やり方は亜厂から教わった。


 家でやってもいいが、教室に人が居なくなるのを見計らって、屋上で訓練に勤しむことも増えて来た。


 『想波(カムナ)』を感じる訓練は、要は瞑想に近い。目を閉じて、自身の中にある熱の中心を探る。それから、その熱をゆっくり動かしていく、全身を巡らせて、その熱がひと回り大きく熱く感じられれば成功、らしい……。

 熱の中心で動く何か、それが『想波(カムナ)』らしい。

 未だに感じられないのは、俺のやり方に問題があるんだろうか?


 認識を拡げる訓練は、自分の中の『キイ』を探すのが肝らしい。

 これは此川さんが教えてくれた。


 亜厂が教えてくれたのは、『想波(カムナ)』を指先に集めて、何かに移すという方法で、『想波(カムナ)』が感じられない俺には難し過ぎる。


 そこで此川さんに相談したら、出てきたのが『キイ』だ。

 此川さんは、『想波(カムナ)』を流したい対象に『名前』を書く。

 そこを起点に認識を拡げるんだそうだ。

 この『名前』はひらがなでなければならず、恐らく幼少期に自分のモノに自分で名前を書くという親の躾によって育まれたのではないかと、此川さん自身は考えているようだった。


 それが亜厂の場合、唾液ということだろう。

 キスを通じて、唾液をつける。

 自分のモノにするという慣用句に『唾をつける』というのがある。

 まさにそれを体現している訳だ。


 俺も『名前』や『なまえ』を書いたり、『キス』してみたり、『頬ずり』、『人肌で温める』、『両手で挟んで念じる』など、色々やってみたが、どうにも『キイ』が見つけられない。


 放課後、今日も屋上に行こうかな〈屋上はカードキーで施錠されているが、DDに支給される特殊携帯で開けられる〉と考えていると、ユキユキが俺の前に立っていた。


満月みづき〜!

 聞いてくれよ……なんか俺だけどんどん練習がハードになっていくんだよ、もう挫けそうでさ……」


「お、おう……。だって、ユキユキはベンチメンバーに選ばれたんだろ。

 しかも、一年の中でただ一人」


 ユキユキはいじけたように、空いている俺の前の席に座った。


「そうだけどさ〜。

 いや、そりゃベンチ入りは嬉しいし、頑張ろうとも思ったけどさ。

 俺だけ三年のマネージャーが付きっきりで、別メニューやらされてさ……しかも基礎練ばっかで……」


「ああ、今の内に中核メンバーとして育てようってことじゃねえの?」


「だって、つまんねんだよ……五十メートルダッシュ五十本とか、それだけで部活の時間の大半が終わる日とかあるんだぜ」


「ユキユキ……お前、走るの大好きじゃん」


「体育館で同じとこを延々とぐるぐるすると、なんか気持ち悪くなんだよ……」


「ああ、景色が変わらないのが嫌なんだろ」


「そう! それだっ!

 走るの好きだけど、なんか気持ち悪くなると思ってたけど、それが原因だ!」


 ユキユキは大型犬だからな。興味があっちこっちに移りやすい。

 でかいフィールドで好きに駆け回らせてやれば、ずっと走ってられるが、狭いフィールドだと、違うところに興味が移ってしまうのだろう。


「その三年のマネージャーさんに相談してみたらいいんじゃないか?」


「いや、怖いんだよ、あの先輩……。

 女だから、何考えてるのか分かんなくてさ……」


 くすくす、ととなりの座席の亜厂が笑っていた。

 ユキユキは声もでかいからな。聞こえてしまうんだろう。


「おお、亜厂さん、笑わないでくれよ……。

 俺、結構、悩んでるんだからさ……」


「あ、ごめんね……日生ひなせくんと仲良さそうで、いいなぁと思ったから……」


 亜厂は微笑ましいものを見たという顔だ。


「お、亜厂さんも分かる?

 満月みづきって、頼りがいがあるって言うかさ……なんか、俺、安心しちゃうんだよね!」


「うん、分かるよ!」


「いやあ、満月みづきの理解者がこんなとこにもいるなんてなぁ。

 亜厂さんとなら、俺、仲良くできそう!」


「あはは、結城ゆうきくんは、日生くんが大好きなんだね!」


「なんつーか、バディ?

 なんか、そんな感じ。

 あーあ、三年のマネージャーの先輩も、亜厂さんくらい話しやすければいいのに……」


「バスケ部の三年のマネージャーさんって言うと山越先輩?」


「そうそう、やま先輩。めっちゃ怖いんだよ」


 ユキユキは亜厂と一瞬で打ち解けた。

 基本、ユキユキは女の子が苦手だ。

 普段はそんな素振りは一切見せないが、俺と二人でいる時は、よく愚痴ってくる。

 強く言うと、すぐ泣いちゃいそうで、それが怖いらしい。

 まあ、ユキユキはデカいからな。

 本人的には強く言っているつもりはなくても、誤解を生んでしまうことは、よくある。


「私、知り合いだから、それとなく伝えておく?」


「マジで! めっちゃ助かる!」


「日生くん、どういう感じに伝えればいいのかな?」


 亜厂が聞いてくる。


「ああ、そうだな……」


 俺が少し考えていると、何を聞きつけたのか、福田くんが話しかけて来る。


「結城って、悩みがあんの?」


「んあ? おう、バスケ部でちょっとな」


「おっしゃー! 保健室行こうぜ、保健室!

 美也子みゃーこちゃん先生が、話聞いてくれるから!」


「いや、今、満月みづきと亜厂さんが解決策を考えて……」


「いいから、いいから……。

 もう、俺、悩みらしい悩みがなくて、困ってたんだよ。

 結城の付き添いってことなら、保健室行けるしさ、頼むよ!」


「悪いけど、俺、ああいうおんなおんなした人、苦手だからよ」


「大丈夫だって! さ、さ、行こうぜ!

 ぜってぇ損はさせませんから!」


 強引に福田はユキユキを引っ張る。

 ユキユキは、俺に必死に助けてと視線を送ってくる。


「……まあ、いいんじゃないか。

 俺は、亜厂、亜厂さんと山越先輩への伝え方を考えておくから、別アプローチも相談して来いよ」


「ええ、だって……」


「もしかしたら苦手を克服できるかもしれないしな……」


「うーん……そうかなぁ……」


 俺が言っているのは、女、女した相手への苦手意識のことだ。

 たしかに亜厂の口から山越先輩に伝えることはできるだろうが、最終的にユキユキが自分で伝えられれば、それに越したことはない。

 それはユキユキも自覚があるのだろう。

 渋々ながら、ユキユキは福田に付き合うことに決めるのだった。


 ずるずるとドナドナ(連れて行か)されるユキユキを見送って、俺は亜厂に向き直る。


「ねえ、亜厂で良いよ。ほのかでも良いけど……あ、ほら、みんなの前で壁作っちゃうと、今後も話し難くなっちゃうでしょ」


「お、おう……」


 そうか、亜厂さんと呼び直したのが、引っかかってしまったか。

 まあ、クラス内で接点なしのままよりも、簡単な会話くらいできる仲にしておいた方が、いざって時に便利だとでも考えたのだろう。

 ただ、上目遣いで少し寂しそうに言うのは勘弁して欲しい。

 ほら、俺の場合、勘違いしやすい性質たちだから。


「あ……それで、どういう風に伝えるのがいいかな?」


「ああ、そうだな……」


 俺と亜厂は山越先輩へのアプローチを考える。

 クラス内で少しだけ亜厂と仲良くなれた瞬間だった。


 翌日、朝のホームルーム。

 俺の携帯に『TS研究所』からメッセージが届いた。


───近隣に『再構築者(リビルダー)』反応有り、捜査されたし───


 それは平和な時間の終わりを告げるものだった。



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