名前を言ってはいけない『ふにっと』 13
能天使・イミエルとの初戦はなんとか乗り切ったが、後処理までが俺たちの仕事だ。
学校の外には相変わらず黒塗りバスと黒塗りセダンが並んでいて、二百人からなる大人たちが学校内で無関係な人たちの記憶を消して回っている。
よくバレないな、と思うが、ネット特撮番組を作っているというダミー情報が近隣に流されているらしい。
サブスク全盛の時代だ。
随分、大掛かりにやっているんだな、くらいにしか思われていないらしい。
まあ、ウチの学校、お山の中腹で周りは田んぼや畑が多いし、少し行けばそれなりに栄えた街中に出るが、シチュエーションとしては田舎なんだよな。
ちなみに、裏山の神社ってのが鬼門で、ここが転生者の流れ着くパワースポットになっているらしい。
だから、ウチの学校の人間が狙われる訳だ。
ここと似たような場所は全国に十数カ所あって、そこでも似たようなことは起きてるって話は組木さんから聞いた。
それで後処理。
天田能斗先輩は、やっぱり入院。
ただイミエルの発見が早かったため、身体の再構築は大したことがなかったとのことで、一カ月程で帰って来られるらしい。
それからイミエル。
異世界エルヘイブンから来た転生者の魂。
現在、封印中だが、下手をするとこのまま封印続行になるかも、ということだった。
異世界エルヘイブンは簡単に言うと、天使の世界。
だいたいこの異世界というのはふたつでひとつというパターンが多い。
エルヘイブンの対になる世界はエルパンデモン。林先輩に憑いていたハボリムはこっちから来たやつなんだそうな。
エルヘイブンは、一方的な交流がある異世界という扱いだ。
どうにも、こちらの世界を下に見ているというか、高圧的で向こうから指図されることはあっても、こちらから交流を図ろうとするのは無理という状況らしい。
エルパンデモンはまだ友好がある方で、取引なんかはできるが平気で文書偽造したり、話を曲解したりするので注意が必要という世界だ。
異世界ってそんなのばっかりかよ……。
さらに、ちなみに、エルヘイブンとエルパンデモンは対になる世界のくせに、戦争真っ只中らしい。
まあ、天使と悪魔じゃ、そうなるか。
結果、イミエルは送り返す訳にも行かず、ひたすら封印続行となる訳だ。
それと殿こと殿田先生はと言うと、イミエルの『御業』によって『怒り』という感情を封印されている状態で、こちらは回復の目処が立っていない。
そもそもエルヘイブンのやつらが使う『御業』の原理が解明されていないのだ。
なんとなく俺たちが使う封印に似ているから、封印と言われているだけで、実際のところはどうなっているのか皆目見当もつかないらしい。
殿田先生は『脳に障害を抱えた傷病者』という扱いで、家族には充分な保険が適用されるらしい。
仕事は……続けられないだろうな。
あの状態じゃ、さすがに教師は無理だろう。
後日、「殿がいなくなって、せいせいした」という声を学校内で聞いたが、さすがに俺は同調できなかった。
被害者で、救えなかった人だからな。
実際のところ、俺たちの後処理というのは、大人たちに説明することが全部で、細かい諸々は大人たちがやってくれる。
ただ俺が覚えることは多そうだ。
どんな異世界があるのか、そことの関係はどうか、知らないことはまだまだある。
それから『想波』の『デザイア』への変換方法とかな。
そんな訳で、俺たちは説明が終わり、解放された。
もう、すっかり夜だ。
校門の桜が誰もいない学校の外灯に照らされて、舞い落ちる様を眺める。
「お待たせー!
さあ、帰ろっか!」
此川さんと亜厂がやってくる。
どうせ、校内にはもう誰もいないのだ。
一緒に帰ろうと此川さんが提案してくれた。
「ああっ、待って、待って……」
亜厂は自転車通学、俺と此川さんは歩きだ。
自転車を押して歩く分、亜厂は少し遅くなる。
「夜の学校ってちょっと怖いよね……」
亜厂が言う。
「そう? 私なんか逆にワクワクするんやけど……」
「日生くんは?」
「亜厂の発言にびっくりしてる……」
「ええ、なんで? だってウチの学校って人気がなくて、外灯も少ないし、なんか、その……出そうじゃない?」
「幽霊とか?」
「あ゛あ゛あ゛あああーっ!
言わないで! 言わないで!」
「ひぃやあああっ!」
俺の発言からほぼ間をおかずに、亜厂から凄い声が漏れた。
自転車を押すために片手分しか耳を塞げないので、必死に声を出して打ち消そうとしたのだろうが、おかげで此川さんが驚いたのか、俺にしがみついて来た。
ふ、ふにっとしてる……あ、でも、マジで震えてる。
「ああ……えっとぉ……これ、俺が悪い、のかなぁ……」
なんとなく自分が悪いような、そうでもないような、分からなくなってきた。
「ああ、ごめんね、松利ちゃん……」
「もう、なんやの! もう……!」
亜厂は此川さんに謝って、此川さんは俺をバシバシ叩いていた。カオス。
「結局のところ、二人とも名前を言ってはいけないあの方が苦手?」
「「うぅ……」」
二人が涙目になった。
俺は何とか軌道修正を試みる。
「ああ……意外だな。
二人とも『デザイア』を使って『再構築者』の魂に攻撃できるだろ。
名前を言ってはいけないあの方が出ても倒せるような気がするけど……」
「それとこれとは、話が別なんよ……」
「アレには効かない気がするんですよ……」
「そうかな? 精神体とか魂に効くなら、れぃ……アレにも有効だと思うんだけど……」
「ウひっ……」
「ちょお、さっきから亜厂、反応しすぎ!」
「ご、ごめんー……」
「ええと、何か明るい話をしよう!
ほら、好きなアーティストの話とかさ」
あと、そろそろ此川さんにしがみつくのを止めて貰わないと俺の心臓がそろそろ口から飛び出る。
嫌じゃない。嫌じゃないけど、高校生の俺には刺激が強すぎる。
結局、外灯が増える市街地近くまで、俺たちはそれぞれに好きなアーティストについて話をしたが、俺は話の内容の半分も理解できなかった。
なにしろ、亜厂が気づいて、「あー! 松利ちゃん、日生くんに抱きついてる!」と指摘するまで、此川さんは俺に『ふにっと』を押し当てていたからだ。
「あー、ちゃうちゃう、そういうんじゃなくて……」
「え〜、怪しいなあ?」
「いや、だって亜厂だって自転車なかったら、同じことしたやろ?」
「う……まあ……」
お化け屋敷行きたい。そう思うのは俺だけじゃないはずだ。
「はー、お腹空いたなぁー」
少し恥ずかしくなったのか、亜厂がそんなことを言い出した。
「ああ、そしたら皆でバガッションでも行く?」
「バガッション?」
亜厂が不思議そうに聞く。
「バガステのことだよ。関西だとたしかバガッションって言うのが普通なんでしょ?」
バーガーステーション。略してバガステ。
関西と関東の違いあるあるでよく話題になるのが、バガステとバガッションだ。
「そうそう。しまったー、関西人なの隠してたのにな〜」
「いや、めちゃくちゃ関西弁だったがな!」
「あはは、ひなせくん、関西弁下っ手やな〜」
「ええ、私も関西弁やりたい!」
「語尾に『がな』ってつければ関西弁になるがな」
「分かったがなー!」
「ひなせくん、適当すぎひん?」
「面白ければいいんだがな!」
「がながな、ひらがな〜!」
亜厂も乗ってくる。
俺たちは三人で、がながな言いながら、バーガーステーションに向かうのだった。




