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ベルゼブブ 127


 俺は操り人形だ。

 コントロールを俺が握っているので、思う通りに動くことはできるが、痛みは薄く、何よりも自分の限界を超えて動くことができてしまう。

 限界を超えて動くというのは、つまり、自分のリミッターを外して動けるということだ。


 ベルゼブブの強大な膂力から繰り出される魔力剣を受けることもできるし、弾き返すこともできる。


 もちろん、その瞬間に俺の身体はぶっ壊れているが、それを無視できるのは亜厂が俺を守ってくれているからだ。


 だから、短時間。

 亜厂の『想波(カムナ)』が保つ間だけならば、俺はベルゼブブと十全に戦える。


 そう思っていた。

 しかし、実情はそう簡単ではなかったのだ。


 『斬る』ことに特化した『治療(クーラーティオー)』だがベリアルの魔力コーティングのおかげで、ベルゼブブの魔力剣を受けることはできる。

 しかし、ベルゼブブの魔力剣に含まれる毒は、ベリアルの魔力を浸透して真名森先生の血を冒した。


 ベルゼブブの魔力剣を受けると、『治療(クーラーティオー)』の柄頭から、真名森先生の血が吐き出される。

 毒を受けた部分をどうにもできず、侵食を抑えるために捨て去る。

 それは危険な行為だった。


 真名森先生は前にも、血が足りなくなって死にかけている。


 だが、受けも弾きも使わずにベルゼブブとは戦えない。

 三合打ち合って、俺はソレを理解した。


 一度、距離を取る。


「真名森先生、このままじゃダメだ……」


 俺は正直に弱音を吐いた。

 だが、真名森先生の血が俺の指先に絡みついて来る。

 それは真名森先生の「絶対、離れないからね!」という宣言だった。


「先生……」


 真名森先生は、俺の手をその血で包む。

 その温かさが、まるで俺を励ましているように感じられて、俺は覚悟を決めた。


「ほれ、もう少し私を楽しませてみせろ!

 それとも、そこで倒れているやつらから、喰っていってやろうか?」


 ベルゼブブが、此川さんに視線をやる。


「ああ、やってやるよ!

 この蛆虫野郎!」


 俺は自らを鼓舞するように悪態をついて、走り出す。

 限界を超えて、足を回せ。腕を振れ。

 下で俺たちを信じて待っている機動隊員たちに教わったことを思い出せ。


 足を止めての打ち合いはしない。

 ベルゼブブの下半身である巨大蝿は羽根がイカれている。

 走り回り、狙いを定めさせないようにして、翻弄して小さく打ち込む。

 それでも、一合、二合と斬り結ぶ瞬間はあって、『治療(クーラーティオー)』の柄頭から血を吐かねばならなかったが、俺の指先に絡みつく血は、決して離れなかった。


「ははは、狩りを思い出す……逃げ回る獣を追い立てながら、仕留める瞬間を待つ……ほら、そこだ!」


 ベルゼブブの鋭い突きが、俺の心臓を穿つ。

 だが、これは好機だった。


 操り人形の俺は、穿たれた心臓を操って動かす。

 狙いは、巨大蝿の眉間、みんなが作ってくれた大きな傷跡だ。


 下からかち上げるように、巨大蝿の顎先から入った『治療(クーラーティオー)』が、眉間の傷跡に沿って、ベルゼブブの上体まで走る。


「ちっ……最後のひと噛みか……」


 ベルゼブブが剣を引いて、俺の首を跳ねようと大振りの一撃を放つ。


 俺は人の身では有り得ない動きで、身体を折り曲げ、その一撃を避けると、大きく跳び上がる。


「もらった!」


「なにっ!? 馬鹿な……有り得ん動きを……」


 大上段からの一撃。


 ベルゼブブは古い悪魔だ。そして、人間界に何度も現れては、人間に取り憑いて来ている。

 そのため、ベルゼブブは人間のことを良く知っていた。

 だからこそ、操り人形の俺の動きに惑わされた。


 ユキユキの身体が、もうどうしようもない程に壊れていく。

 だが、そこにはもうユキユキはいないのだ。


 代わりに、ベルゼブブの魂が、ふわりと浮き上がる。


「ベリアル……代わってくれ」


 最後はベリアルに代わる。

 ベリアルは、ベルゼブブの魂を捕まえると小さく呟く。


「ここまでに喰った魂を吐き出してもらおうか。

 そうすれば、喰わずにおいてやってもいいぞ?」


 ベルゼブブの魂からいくつもの小さな魂が離れていくのが分かる。

 その内の幾つかが俺の胸の中を通り過ぎていく。

 それは、ベルゼブブの蝿と戦って命を落とした機動隊員たちのものであり、ユキユキの魂だった。


 誇らしげに去る者、俺を心配しながら去る者、恨み言を残して去る者……。


 俺の胸を通っていった魂たちは、何かしら言葉を残していった。


───お前みたいになりたかった───


 ユキユキが残した言葉はそんなことだった。


「俺もだよ……」


 お互いにないものねだりをしているだけだ。

 ただ、俺はユキユキの言葉を背負うことしか、もうできない。

 ユキユキがなりたかった俺がどういうものなのか、俺にはまだ経験が足りなくて自分のことすら定義できないが、それでも、俺は俺らしく生きたいと思うのだった。


 ベリアルがベルゼブブの魂を放した。

 ベルゼブブの魂は、ヨロヨロと裏山の神社の方へと逃げていった。


 ベリアルとベルゼブブ。

 共に古き悪魔である二人にも、何かしらあるのだろうか?


───逃がして良かったのか?───


「喰らったところで、復活はすぐだ。

 恨みを残すより、恩を売った方がいいこともある。

 なに、百年かそこらは大人しくするだろうよ。

 恥ずかしくてな……」


───全てを無価値にするベリアルらしくないな……───


「そうでもない。

 少なくとも、命懸けで戦った日生満月の頑張りは、無価値となった。

 これでしばらくは、楽しめる……くくくっ……」


───はぁ……そういうオチかよ……───


 俺は盛大にため息を吐くのだった。



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