あの頃の二人 121
「ユキユキ……」
身構えたものの、それが本当にユキユキなのか信じられない。
「構えろよ……俺じゃ役不足とでも言うつもりか……」
見ている内に、棒立ちになってしまったようだった。
なにしろ、相手はユキユキなのだ。
周囲からは大型犬と飼い主と呼ばれるくらいの仲で、中学時代からの親友。
休み時間はだいたい一緒に居る。
高校に入り、俺がDDになってからは、多少、疎遠になったが、それでも俺は親友と呼べるのはユキユキしかいないと思っている。
そんなユキユキが、俺に戦えと言って来る。
「やめようぜ、ユキユキ……俺はお前と戦いたくない……お前に取り憑いたベルゼブブは、この世界の敵なんだ。
そこまで自我が残っているお前なら、ベルゼブブに反抗できるだろ。
悪いことは言わないから、ソイツを俺に封印させてくれよ」
「……やっぱり、俺程度は相手にならないと思ってるんだな」
「待て待て……体力勝負で俺がユキユキに勝てるはずないだろ!
学力だって、大して違わないし……強いて言うなら、ゲームの腕前くらいだけど……それだって最近は全然やれてない。
自分で言うのもなんだけど……ユキユキに勝てるところなんて、殆ど無いだろ……」
言ってて悲しくなるが、実際にそうなのだから、仕方ない。
「そうやって、負けたフリして逃げるのか?
満月にもベリアルとかいう悪魔が取り憑いてるんだろ?」
「いや、フリじゃない、フリじゃ……」
「分かってるさ……満月が手を抜いていることくらい……ずっと近くで見て来たんだからな……」
「誰が、手なんか抜くか!
かけっこでユキユキに勝てるなら、勝ってみたいわ!
ユキユキくらいの人望が俺だって欲しかったわ!
お前くらい単純に好き嫌いが言えたらって、何度も思ったわ!
俺は……俺はお前みたいになれないんだよ……嘘も吐くし、小賢しいことして裏目に出るし、いつも他人の目が気になってる……ユキユキが思ってるような人間じゃないんだよ……」
「でも、俺が持っていないものを全部、持ってる……どこかで満月を超えてみたい俺がいる……だから、戦えよ! 日生満月!
『蝿の葬列』!」
ユキユキの頭上で蠢いていた蝿が槍のように列を成して襲って来る。
「くそっ!
それを言うなら、俺だってユキユキに勝てる何かが欲しいってーの!
変身!」
俺は残り少ない『想波』を鎧として纏う。
蝿の槍は一瞬で俺の肩口の鎧を砕き、また頭上の黒雲の一部へと戻っていった。
「ほら、そうやって力を隠しているじゃないか!
本気を出せよ! 頼むから!」
「頼まれなくても、本気でやらなきゃ、俺が死ぬだろ!」
『想波噴流』はもう使えない。
それをするだけの『想波』が残っていないのだ。
辛うじて剣を腕の鎧から伸ばすが、それだって普段の半分ほどの長さだ。
俺は痛む肩口を我慢しながら、剣先をユキユキへと向けるのだった。
「ほら、かかって来いよ!
それとも、まだ本気になれないのか?」
「充分に本気を出して、コレなんだよっ!
訳の分からん幻想で俺を過大評価するな!」
「『魔王の賛歌』……」
それは竜巻だ。黒い蝿の竜巻がユキユキの声に応えて頭上から降りて来る。
屋上のフェンスが竜巻に絡め取られて、ぐじゃぐじゃになる。
「くっ……そんなもん、友達に向けて放つ魔法じゃねえだろ!」
「今さらだろ……」
竜巻が俺に迫る。
俺は指先での仕込みを終えて、竜巻の中へ。
蝿どもが全力でぶつかり、そのついでとばかりに、ひと齧りずつ俺を食っていく。
暴風の中で俺の叫びはかき消され、少しずつ塵と化していく。
もちろん、それは俺の幻だ。
「そいつはもう見た。『蝿の葬列』!」
ユキユキは俺の隠れた屋上階段の壁に向けて、真っ直ぐ蝿の槍を突き出して来る。
それも、俺の背後から蝿たちは突っ込んで来る。
「ああ、くそ!
お前、頭上の蝿と連動してんのズルいだろ!」
黒雲のように蠢く蝿の複眼、その全てが見えているなら、正直、俺に勝ち目はない。
上からマップを見下ろしているようなものだ。
「それは戦士が魔法使いに、魔法を使うなんてズルいって言ってるようなもんだろ。
戦い方が違うんだよ」
ユキユキが自慢げに笑う。
こうして顔だけ見れば、元のユキユキと何ら変わりがない。
それは二人でゲームをやっている時のように感じる。
あ、その技ズルい。油断するからだろ。もう一回、もう一回。おお、お前、それハメ技っぽくねえ。いやいや、油断大敵でしょ、え、なんで抜けられんの、チートだよ。バッカ、これはそういう技なんだよ……。
無邪気に勝った負けたを繰り返し、一喜一憂していたあの頃。
これに世界の命運やら、自分たちの命がかかっていなければ……と、思わなくもない。
だが、負ければベルゼブブは学校中の命を奪い、ユキユキだってどうなるか分からない。
そして、俺はその時にはベリアルに唾を吐かれ、最初の生贄になっている勝負だ。
ジリ貧の今、何度も戦い方を考えている余裕はない。
俺はいつ襲って来るか分からない蝿の槍に気を配りつつ、何か手はないかと考える。
「ほら、休憩している暇はないぞ!」
蝿の槍が迫る。
「少しくらい、待てよ!」
俺はなんとか蝿の槍から逃れようと屋上を走り回るのだった。
ひいぃ……今度は姉がコロナ疑い……年末ってそういうもん?
今まで分担していた母の介護が、僕一人の手に委ねられました。
なかなか、安定して出せず、申し訳ございませんm(_ _)m




