ボロボロの日生満月 119
すいません。だいぶ遅れました。
空が黒雲で覆われているのかと思うような光景が広がっている。
全てベルゼブブの蝿だ。
上は羽音がうわん、うわんと鳴り響き、下は巨大扇風機の駆動音でごうん、ごうんと鳴り響いている。
巨大扇風機による風の道によって、ベルゼブブの蝿が窓から侵入するのを防いでいて、最も大きな侵入口となる外廊下に繋がる入口や正面入口などをDDや機動隊員たちが守っている。
応援の機動隊員たちは続々と増えていて、付近の住民の避難も進んでいるはずだ。
封印を終えた俺は、まずは春日部隊長に指示を仰ぐべく、『総合体育棟』と『専門学習棟』を繋ぐ、外廊下へと向かった。
「満月くん! 屋上に行って!
排気ダクトから侵入される恐れがあるって!」
俺の顔を見た瞬間、亜厂が叫んだ。
「屋上……あ、盲点だった!」
俺たちは『総合体育棟』の四面を固めることに必死になるあまり、屋上に意識を向けていない。
屋上の扉はスチール製で普段は施錠されているし、窓もない。
しかし、たしかに業務用のデカい換気ダクトがある。
ソレも基本的には侵入不可ではあるのだが、ベルゼブブの蝿の大きさと換気ダクトの排気口は金網だが普通の虫除け程度の強度しかないことなどを考えると、見つかったらアウトというレベルの穴なのだった。
換気ダクト内は換気扇が回っていて、簡単に侵入できないようにはなっているが、ベルゼブブの蝿が大挙して押し寄せたら、ひとたまりもないだろう。
言われて俺は『想波噴流』を使い、壁を蹴って屋上へと出た。
「やばい……」
『総合体育棟』の屋上、その換気ダクトに黒い塊が蠢いている。
人間の匂いに惹かれているのだろうか。
ピンポイントで群がっている。
「くらえ! 『想波噴流』!」
腕に取り付けた噴出機構から俺の『想波』を噴き出して、ベルゼブブの蝿どもを追い払う。
換気ダクトの金網は破られている。
くっ……何匹入った?
「隊長! 破られてます!」
俺は春日部隊長に大声で報告する。
「亜厂想士に館内の処理を任せる!
日生想士は、そのままそこを死守!
それ以上の侵入を許すな!」
俺は近くなった黒雲の、うわんうわんという音に空を睨む。
換気ダクトは四か所。
破られたのは一か所だけだ。
おそらく、先生と生徒が集まる体育館に繋がるダクトがそこなのだろう。
破られたダクトを中心に、屋上付近に来たベルゼブブの蝿を全部落とすつもりで、静かに『想波』の剣を伸ばす。
「来い……」
黒い暴風に俺は立ち向かうのだった。
そこからどれくらい経っただろう。
三時間……いや、一時間ほど……実は二十分に満たない程度かもしれない。
それほど終わりの見えないベルゼブブの蝿との追いかけっこは、体感時間が長くなっている。
剣が触れれば、蝿は体液を撒き散らして落ちるし、『想波噴流』を使えば、一時的にしろ、面での制圧が可能で、瞬間的に呼吸を入れる隙も作れる。
だが、終わらない。
空の黒雲は一向に薄まる気配がなく、俺が守りについたことで、蝿どもにココが入口だと悟らせてしまったのか、間断なく蝿どもが襲いかかって来るようになった。
匂いに釣られた数十匹どころの話ではなくなってしまっていた。
また、四方の守りに使っている巨大扇風機や機動隊員の助けもない。
屋上に上がれるのは、俺しかいなかったのだ。
いくら俺の『想波』が他の『妄想☆想士』より桁外れていても、バエル、エウリノームとの連戦に加え、亜厂、此川さん、御倉、真名森先生に預けている分を考えると、とても保ちそうにない。
その証拠なのか分からないが、『想波』の鎧の修復が遅くなってきた。
決死の覚悟で突っ込んで来るベルゼブブの蝿。
落とせない分は、身体で止めるしかない。
純正のDDと違って、俺は環境を武器や防具にはできないし、『想波防御』が身体全体を守ってくれている訳でもない。
次第に鎧は損傷し、生身に傷がつき、鎧に『想波』を流して、生身に魔力を流して、ダメージを回復させながら戦うしかない。
体感時間が異常に長く感じるのも道理というものだろう。
ひたすら、消費を強いられ、終わりが見えない。
集中力も落ちて来た。
そんな時、見てしまった。
ベルゼブブの蝿が、俺が守る換気ダクト以外の排気口に集り始めていたのだ。
薄っすらとでも人の匂いがしたのだろうか。
一か所を守るだけでも精一杯なのに、四か所は無理だ。
それでも、学校を、仲間たちを、世界を守るためにやらなきゃいけない。
『想波噴流』を使って、他の換気ダクトに集ったベルゼブブの蝿を落とす。
鎧の修復を後回しにして、連続で『想波噴流』を使う。
と、ベルゼブブの蝿どもが空で固まり始めた。
呆然と空を見上げる。
「一体、何が……」
俺の呟きは、学校を守るべく奮戦した全員が感じていたことなのだろう。
「何事か!」「分かりません!」「ベルゼブブの蝿が集まって、上昇していきます!」
「終わった、のか……」「そんな訳あるか!」「負傷者の救助急げ!」
機動隊員たちの大声が、さっきまでより明瞭に聞こえる。
ベルゼブブの蝿どもが、より空高くに離れたことで、羽音が遠のいたのだろう。
パリンッ!
ガラス窓の一枚が割れた音が、やけに大きく響いた。
ブ、ブブ……ブブブ、ブブブブブ……。
学生服の背中から、蝿の翅を生やした男が空へと飛び立った。
「一匹で良かった……種は撒き終わっていた……集めたエネルギーを渡せれば、私の勝ちだった。
誤算というほどの誤算はなかったな。
つまり、私の勝ちだ。ベリアル」
飛び立った男は屋上の少し上で滞空して、俺に向かってそう言った。
「ユキユキ……」
俺は小さく呟いた。
母、無事に退院しました。
ご心配下さった方、ありがとうございますm(_ _)m




