ハッピーオーラの亜厂ほのか 116
「なんで亜厂ちゃんが一番なの?」
「違う。違うよ。
私はみんなと仲良くしたいと思っただけで、一番とかそんなこと考えてなかったよ!」
校庭の一角、『総合体育棟』から離れたそこで、『木刀ボールペン』に凭れるように腰を落とす亜厂と暗く陰鬱なオーラを身体から発しながら、地面をみつめる加藤さんが立っていた。
「嘘つき。私は一番になりたかったのに……それを邪魔してた……中学の時は私が一番だったのに、亜厂ちゃんがそれを盗ったんだ……こんな私に価値なんてない……かわいくなろうと努力して、必死に二番にしがみついているのに、亜厂ちゃんはそうやって、努力している私を笑ってるんでしょ……私の努力なんて無視して、友達が多いことを自慢して、その癖、なんにもしてないなんて嘯いて……」
「そんなことない。私だってかわいくなろうと努力してるし、友達が多いなんて自慢したことないよ」
「ほら、またそうやって私を馬鹿にする……私の努力が足りないって言いたいんでしょ。
いっつも噂話をみんなに振りまいて、マウント取るクセに……友達が多いのよって言いたいんでしょ?」
「そんなこと考えてないよ!
なんでそんな悪い方に受け取るの?」
加藤さんから立ち昇る負のオーラが、いっそう濃くなった。
「そうだよね……僻みっぽいと思ってるんでしょ……やっぱり、私なんて一番になれない……一番になれないなら、生きてる意味なんかない……でも、独りで逝くのは寂しい……」
「そんな……私たち、友達でしょ!」
「友達……?」
「そうだよ! 私たち、友達じゃない!」
俺は直感的にソレを理解した。
これは、魔法だと。
春日部隊長が精神攻撃と評したのは、間違いでもなんでもなく、正しく、魔法による攻撃だ。
おそらく、少しだけ亜厂の思考の方向性を限定する魔法。
「友達、ならさ……一緒に逝ってくれる?」
「うん、友達だもん……」
「ありが……」
「ふぅぅぅざっけんなああああああっ!」
俺は走り込んで、亜厂を抱え込むと加藤さんを睨んだ。
「なによ、ゴミ虫……」
加藤さんが俺を睨む。
いや、正しくは加藤さんに取り憑いた『再構築者』エウリノームだろう。
だが、エウリノームがゴミ虫と呼んだというより、おそらくは加藤さんの肉体記憶に、俺がゴミ虫と残っているだと思うと、それなりに凹むものはある。
「ああ……満月くん……私……」
亜厂が哀しそうな潤んだ瞳で俺をみつめる。
「もう大丈夫だ、亜厂。
アイツは死の王子、エウリノーム。
ベルゼブブの片腕で、加藤さんに取り憑いてる。
たぶん、自殺衝動みたいなものを呼び起こす魔法を使ってる。
惑わされるな!」
「ごめんね……でも、約束したから……友達と、大事な約束……」
どうやら、亜厂の魔法は未だ解けてない。
見ていた感じでは、強制力が強い訳ではなく、方向性の誘導が主な効果だと思う。今の亜厂の状態は、魔法というより、亜厂の友達との約束を守りたいという強い想いで縛られているように思う。
なかなかに厄介だ。
亜厂の思い込んだら一直線な性格が悪い方へと作用している。
俺が、あれこれ悩んで、どうにもならなくなった時の状況に似ている。
自分ひとりで思い込んで悩んだ時、結局のところ救ってくれたのは、俺じゃなくて、周りの人たちだった。
つまり、自分の中で考えている限り、思考は堂々巡りをするだけで、新しい考えなど浮かぶはずもないのだ。
まあ、人生の経験値が不足していると言ってしまえば、それまでなのかもしれないが。
なにか、亜厂の今の思考をぶっ壊せるような言葉とか、そういうものがあれば、と思うが、生憎と俺は賢くない。
「亜厂、俺も好きだ!
俺を置いていかないでくれ!」
ぐったりする亜厂に俺は心を込めてキスをした。
「ん〜……んん〜!」
馬鹿な俺には、この程度のことしか思いつかなかった。
最初、びっくりして、俺の身体を押しのけようとした亜厂だったが、亜厂の意識がハッキリするまではと身体を離さずにいた。
すると、今度は亜厂の腕が俺の首に巻きついて来た。
大人のキス。
「……ぷはっ」
「引きこもり底辺のゴミ虫と一番の亜厂ちゃんが……ど、どういうこと……?
なんで、私を無視するの?」
加藤さんの身体から出る暗いオーラが波のように俺たちを襲った。
一瞬、とてつもない衝動的な考えが頭をよぎる。
「うっ……」
脳がとろけそうに最高に幸せな瞬間。
この瞬間を永遠にするためには、亜厂の首に手を掛けて、息を止めてしまえば……。
そう思った時、先に動いたのは亜厂の方だった。
外したはずの腕が、もう一度、伸びてくる。
その腕に力が込められ、俺の顔が引き寄せられる。
もう一度のキス。
更なる最高の瞬間が、暗いオーラを吹き飛ばす。
どうやら、ハッピーオーラがあれば、エウリノームの負のオーラにやられることはなさそうだった。




