遅すぎた決断をする日生満月 113
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時間がない。
田中くんは助けられない。
決断しなくてはならなかった。
既に同調してバエルと魂が一体化してしまった以上、田中くんを殺すしかない。
魂だけの『再構築者』ならば、ベリアルに食って処理してもらうことも可能ではある。
田中くんを殺して、その魂ごと喰らう……。
それを決断するなんて、俺には無理だ。
───何を悩む?───
「無理だ……田中くんが殺せない……」
「俺を……殺す?
……底辺の兎でしかない、日生が?
テラの戦士だからか?
その力の底は割れているだろうに、愚かな……そして、なにより、日生ごときが生意気な口を聞くんじゃない!」「ベヘェェェッ!」「げええええっ!」
火球と溶解液が飛んで来る。
先の光の矢のことを思い出してしまう。
下手に避けたら、また何かカラクリがあるのではないかと考えざるを得ない。
『想波噴流』で撃ち返すことを選択する。
腕の先に取付けられた噴射口から、無機質なエネルギーとしての『想波』が噴き出す。
火球が田中くんの後ろで燃え上がり、溶解液が『想波噴流』とぶつかって反射され、辺りを、ジュクジュクと溶かす。
「守るばかりで、どうやって俺を殺すんだ?
鈍重な亀め!」
兎から亀になってしまった。
田中くんからの挑発が悲しい。
殺さなくては、ベルゼブブの蝿が迫る今、他の多くの人々の命が危険に晒されることになる。
田中くんはたしかに憎たらしいやつだが、クラスメイトだ。
どうする。どうする。どうする。と頭の中で言葉が反響するが、それは決断を遅らせるだけの逃避に過ぎない。
田中くんの腰回りから、デカい蜘蛛の足が身体を突き破って二本、四本と飛び出してくる。
蜘蛛の足で体を支えて、田中くんが浮き上がる。
そして、田中くんの魂は跡形もなく削れて、消えてしまった。
消えゆく田中くんの魂は、とても、とても哀しげに泣いていたように視えた。
「クックックッ……げ〜ら、げら、げらげら!
よくやったぞ、それでこそ我が臣下よ!
ひと時とはいえ、王の気分を味わったのだ。
魂の全てを賭すだけの価値はあっただろうよ!
ム……なじみが悪い……おのれ、我が血を宿した臣下のくせに、この程度とはっ!」
馬鹿みたいに笑い出したかと思えば、よく分からないことで悪態をつき、怒り出す。
田中くんのことだろうか。
だとしたら、その扱いはあんまりじゃないだろうか。
───忘れるなよ。アレと同調できる魂の持ち主だからこそ、アレに使い潰されたのだ。
魂の強さによっては、逆もありうるのだからな───
俺の同情の声が聞こえたのだろうか。
ベリアルからの、冷淡な切り捨てともとれる言葉が頭に響く。
心根の問題とでも言うべきか。
アレが田中くんの心根にあったのだとしたら、それはとても悲しいことだと思う。
それでも、どこかにそうじゃない田中くんが居て、それが哀しげな田中くんに繋がっていたのだと信じたい自分がいた。
『総合体育棟』の方で戦闘が始まった。
人間の魂を狙い、殺到するベルゼブブの蝿とそれを防がんとする面々が戦っているのが分かる。
強風が吹き荒れ、雷の如く槍が飛び、電磁網バズーカの射出音が蝿の羽音の中に響く。
こちらにも蝿が飛んでくる。
その蝿はバエルの頭上を旋回したかと思うと、一匹がバエルの手に収まる。
「おお、我が盟主よ!
今、参りますぞ!」
バエルは蝿の一匹を高々と掲げ、そう言ったかと思うと、そのまま蝿の頭に齧りついた。
ぶじゅり、と頭が潰れて、バエルはそれを、ずるずると啜る。
「うっ……気持ち悪ぃ……」
思わず目を逸らす。
「はははっ!
盟主様からの賜りモノよ!
それ、『王者の狩り』!」
魔力を使い切ったはずのバエルから、魔法が放たれる。
どデカい光の矢だ。
まさか、蝿が貯めた魔力を啜ったとでも言うのか……。
元々、ベルゼブブの蝿は普通の蝿がベルゼブブの魔力によって、変質した存在で、その目的は『綻び』や『ひきつれ』から漏れ出る異世界エネルギーの収集にある。
配下の魔力回復に使えるなんて……。
「ベヘェェェッ!」「げええええっ!」
火球と溶解液を織り交ぜ、光の矢が飛んでくる。
これが全力ということだろう。
『想波噴流』を使い、さらに空高く翔ぶ。
複雑に『想波噴流』を起動させ、分裂した矢を避け、撃ち落としていく。
着地場所を誤ると、溶解液で溶けた地面で滑りそうだ。
位置を確認しながら着地。
さらに『想波噴流』で高速移動に移る。
もう逃避している場合じゃない。
田中くんが消えてしまった今、その肉体を自由にするバエルを消すのに、躊躇する意味がない。
田中くんの首から生えたカエル頭が舌を伸ばして、新たなベルゼブブの蝿を食う。
「させるか!」
俺は硬質化させた『想波』の剣を生み出すと、バエルへと跳ぶのだった。




