表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

112/128

同調する田中 112


 俺の身体を『想波(カムナ)』の鎧が包んでいく。


「……テラの戦士だと!

 日生ぇ……お前は底辺の兎だ!

 それを分からせてやる!

 『王者の狩り』!」


 光が凝縮した巨大な矢が、空中に二本。

 矢羽から矢だと分かるが、その実態は槍のようなものだ。

 不思議な力で飛ぶ矢の一本を避け、もう一本を篭手部分でどうにか逸らす。


「避けてんじゃねえよ、コスプレオタク野郎が!」


「どっちが強いか、とかそんな物差しで人を見下すのが、いかに愚かか、教えてやるよ!」


 俺はゆっくりと指先で手招きする。

 取り憑かれたばかりなら、魔力の総量はたかが知れている。

 田中くんは『再構築者(リビルダー)』に唆されて、力に酔っているように見える。

 勝てないと悟らせれば、田中くんの意識が残っている今、封印に持ち込めそうな気がする。


「お前にそんな余裕があってたまるか!

 『王者の狩り』!」


 どデカい光の矢だ。

 しかも、それが四本、空中に生み出される。


 一本目、タイミングを見計らって放たれたソレは、避けられる。

 二本目、避けたところを狙いすました一撃は、篭手で払える。

 だが、一本目の矢を避けたところで、その一本目が背後で分裂。

 無数の矢になって、俺の背後を襲う。

 大部分の矢は、俺の鎧に弾かれるものの、鎧の薄い関節部に数本の矢が刺さる。

 そこに来るのが二本目の矢だ。

 全身、操り人形(マリオネット)の俺に痛みはないが、関節部に刺さった矢は動きを阻害する。

 二本目が払えない。

 どデカい矢は、俺の『想波(カムナ)』の鎧を貫通する。

 右肩に突き立った矢で、俺は大きく仰け反る。


 三本目の矢が飛んで来る。

 腹に穴が空く。


「はははっ! 俺はキング!

 ひれ伏せ!」


 四本目、俺は必死に顔を上げ、どデカい矢の方向を見極めようとするが、避けた先でまた分裂、後ろから襲われては堪らない。

 動きを大きく阻害する腹のどデカい矢をどうにか抜いて、人にあり得べからざる跳躍力を発揮して、田中くんを飛び越え、背後に着地する。


 腹の奥底で真名森先生の血が滾るのを感じる。

 腹に空いた大穴が、真名森先生との契約によって塞がっていく。

 ついでに右肩の矢も、左手で掴んで外す。

 膂力も人間の物を逸脱している。

 片手だろうが、問題なく矢は抜ける。

 矢には返しがついていて、俺の右肩が大きく避けるが、そこは亜厂の『想波(カムナ)』が護る範疇だ。

 優しい力が溢れて、俺の傷は塞がっていく。


 極論、死ななければ問題ないのだ。


 振り向いた田中くんから、四本目の矢が放たれる。


 俺はその前の反省を踏まえて、矢を避けてから、軽業師のように前宙、田中くんをもう一度、飛び越える。

 それは地面に刺さったどデカい矢が分裂、俺の背後から飛ぶ矢を、田中くんへと向かわせる。


「ええい、鬱陶しい!」


 田中くんが前方へ腕を振ると、分裂した矢は雲散霧消していく。


「いいのか? そろそろ魔力も尽きてきたんじゃないのか?」


「くっ……底辺の兎如きがほざくなっ!」


 田中くんの顔が真っ赤だ。

 それは首の脇の赤い膨らみと共鳴しているようで、俺の目には奇異に映る。


 ぼこんっ!


 田中くんの首が伸びたかと思うと、その右側に黒ヤギの頭が生えた。


「ベヘェェェッ!」


 黒ヤギの口から火球が放たれる。

 突然のことで、避ける間がない。

 腕を交差させて、顔だけを守る。


 俺の全身を炎が包む。

 まるでナパームのように、黒ヤギの唾液が燃焼剤になって、いつまでも消えることがない。


 『想波(カムナ)』の鎧はどんな攻撃にも対応する万能の鎧だが、炎の熱を防ぐために『想波(カムナ)』を消費すれば、その分だけ脆くなる。


 ぼこんっ!


 さらに田中くんの左側にカエルの頭が生えた。

 ひとつの身体にみっつの頭という異形になったのだ。


「げええええっ!」


 俺は転がるようにソレを避けた。


 カエルの口から吐かれたのは、溶解液だ。

 地面が、ぶくぶくと泡立ち溶けているのが分かる。


 俺は田中くんを視る。

 魂の動きから、田中くんの動きを先読みしようと思ったのだ。

 二重写しの田中くんは、削れていた。

 さらにその奥、三重写しのところに醜悪な魂が視える。

 カエルと老人と黒ヤギの頭に、身体は蜘蛛だ。

 現実と削れた田中くんと『再構築者(リビルダー)』が重なって、気持ち悪くなる。


 これでは逆に、田中くんの動きが見えない。


 ただ、ひとつ分かったのは、田中くんの魂が削れていることだ。


───バエルめ、よほど相性の良い身体と見える。変異を進める時に土くれの魂を削るとはな───


 普通、『再構築者(リビルダー)』が変異を無理やり進めようとすると、『再構築者(リビルダー)』の魂が削られる。

 だが、実際に削られているのは、田中くんの魂だ。


「そんなことができるもんなのか?」


───すでに土くれの魂はバエルと一体化しているのだろうよ。

 異常な相性の良さが、アレを可能にしている───


 なんだその裏技。


「田中くんは大丈夫なのか?」


───大丈夫もなにも、すでに魂はバエルと同化している。

 おそらく精神性が完全に同調してしまったのだろう。

 蔑まれた末に、神から落とされた、堕ちた王……田中はもうバエルだよ……───


「それじゃあ、田中くんは……」


 ふと、俺がヒエラルキーの底辺に落ちる前、入学当初の頃のことが頭に浮かぶ。

 田中くんは、クラス内ヒエラルキーで言えば、かなり上位に居た記憶がある。

 ユキユキは元から、そういったものに興味がないタイプだったのも大きい。

 クラス内で田中くんは尊大に振舞っていたような気がする。

 ただ、尊大であるということは、クラスメイトからすれば、かなり鼻についたのかもしれない。

 クラス内ヒエラルキー上位から転げ落ちるのは簡単だったことだろう。


 だが、田中くんは自分を顧みなかった。


 だからこそ、バエルと精神性が同調したのかもしれない。


「はははっ! キングは魔力なんぞに拘らない!

 それがキングだからだ!」


「ベヘェェェッ!」「げええええっ!」


 火球と溶解液は、魔力を使わないのだろう。


 時間は刻一刻と変わっていく。

 遠く、ぶわぁあああん、と蝿の羽音が聞こえてくるのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ