儀式する面々 109
遅くなりましたm(_ _)m
「さて、久しぶりに全員揃ったね!」
嬉しそうに真名森先生が言う。
俺たちは真名森先生の誘導の元、一度、保健室へ。
「他のみんなの避難が終わるまでは、少しだけここで待機だよ。
お茶でも飲む?」
「そんなゆっくりしてる場合なんかな?」
此川さんが言う通り、俺たちはそわそわしてしまって、落ち着かない。
「んー、でも、全員の避難には少しかかるし……全校生徒が一斉に動いている間は、変に目立たない方がいいでしょう?
必要なのは、心の準備だから、まず落ち着かないとね!」
ほわほわした物言いだが、真名森先生の言葉は的を射ている。
「あ、準備!」
御倉が何かに気づいたように、ポンと手を打った。
それから、保健室にあるベッドと他の空間を遮断するためのカーテンを引く。
シャッ……とレールを走るカーテンの音が、やけに大きく響く。
「えっと……日生さん!
ちょっと……」
カーテンの内側から、顔と手だけを出して、御倉が俺を呼ぶ。
「お、おう……」
否やはない。否やはないが、なんとも恥ずかしいシチュエーションだ。
未だに俺を諦めず、好いてくれる女子二人と、なんとなく察しているものの、深くは聞かないでいてくれる年上女性が、カーテン一枚挟んだ、すぐ傍に居る。
俺は右手と右足を同時に出して、ギクシャクと動いた。
「あれ〜、もしかして決戦前の告白的な?
いいよ、いいよ。青春しちゃいなさい!
お茶入れとくからね! 」
真名森先生はお気楽に言った。
カーテンの裏で俺と御倉が何をするかは、どうぞご自由に、という感じだ。
「やぁ……なんか照れるよね……」
「う、うん……」
「でも、気持ちは変わってないから……」
潤んだ瞳で御倉はそんなことを言った。
俺は何も言えないで、ただ自分の心臓が早鐘を打つ音に意識を集中していた。
「私の王子様……」
俺は御倉とキスをした。
「次は私の番やな!」
「OK! じゃあ、交代ね!」
此川さんと御倉がお互いに片手を上げて、ハイタッチする。
「負けへん!」
「ふふーん! 素敵だったなぁ……」
御倉はわざと挑発するように言った。
俺はカーテンの裏側で、一人、はらはらと会話を聞いている。
「くっ……負けへんったら、負けへーん!」
バサリ、荒々しくカーテンが開かれた。
「あ、あう……」
鼻息荒く中に入って来た此川さんだったが、俺を見た瞬間に変な声を出して、俯いてしまう。
「あかん……いざとなると、恥ずかしすぎる……なにが、負けへんや……こんな鼻息荒い女の子、日生くんかて幻滅やんか……」
蚊の鳴くような声で呟きながら、次第に陰に入っていく此川さん。
「うぅっ……わたし、アホやんな……」
心做しか、鼻が赤くなって来たような。
「ごめん! こんなアホの子やけど……してくれますか?」
顔を挙げれば、泣き笑いで、おずおずと後退りしていく。
俺は慌てて首を振った。
「俺の方こそ……バカでアホでどうしようもない奴だけど……此川さんの勇気、分けてくれるかな……」
自分でも意識しないまま、此川さんの肩を抱き寄せていた。
「うん……ありがとう……」
此川さんが目を閉じると、大粒の涙が、ポロリと落ちる。
「俺の方こそ……」
そこから先は言わずに、そっとくちづけしようとしたら、此川さんの手が伸びて、止められる。
「えへ……間違えた。
フリッグの約束や……」
ただのキスをするところだった。
でも、これは儀式だ。
繋がって、お互いの『想波』を預けあうための。
此川さんがそそくさとカーテンから出ていく。
「おっかしいなぁ?
もっとロマンチックになるはずやったのに……」
此川さんが殊更おどけた態度で、ニコニコと話していた。
「繋がってるから、分かるよ」
御倉が優しい声音で言った。慰めるでもなく、羨ましがるでもなく、それは理解を示すものだ。
「んじゃ、次はほのちゃんやね!」
「うん」
そう言って、亜厂がカーテンを静かに開け、中に入って、閉める。
見つめ合う俺と亜厂。
さっきまで、隣りの席で授業を受けていたのだ。
「あの、さっきは、もしかして庇ってくれた?」
俺が携帯の件で注意を受けた時のことを持ち出すと、亜厂は静かにベッドを指差した。
ドキリ、とする。
「す、座りましょう」
「お、おう……」
二人して、ギクシャクとベッドに腰掛ける。
「あの!」
「は、はい」
突然、亜厂が発した声が大きくて、俺は、びくりと条件反射的に返事をする。
「あ、えっと、その……何を話したらいいか……そう、初めてだったんです!」
「な、なにが?」
「DDとして戦っている時に、一般の人が出てくると思ってなくて、ですね。
ちゃんと人払いアプリも動かしてたのに、それが効かない人がいると思ってなくて、ましてや、その人がリビルダーから私を庇って、血が、ドバァーってなって、どんどん青ざめていって……でも、その瞬間、私はちょっと、トキメいてしまったり、いやいや、それどころじゃないでしょ、ってアタフタしたり、この胸の高鳴りが、キュンとしたことで起きているのか、死にゆく人への恐れから来ているのか疑問が沸き起こって、冷静に考えれば、後から救急車でも良かったんじゃないかとか、色々あるんですけど、とにかく、その……したかったんです……デザイアで……」
マシンガントーク。
どうやら、俺が亜厂を気にするようになった、あの時の話みたいだが、初耳だ。
トーンダウンした後に発せられたのは、俺も耳を疑ってしまった。
『欲望』で……。
今、俺はものすごい告白を亜厂から聞いているんじゃないだろうか。
「ま、まさか、一般人だと思ってた人が、DDだなんて、分かる訳ないじゃないですか。
デザイアで完全に意識が無くなるはずなのに、意識だけ残ってるとか、瞬間催眠装置で消せるはずの記憶が、一切効かないとか……本当なら私の一瞬の気の迷いで、全ては私だけの小さな甘い記憶で終わるはずが、全部ひっくり返って、組木さんから問い詰められるし、そのせいで満月くんにセクハラ疑惑が被されちゃうし、でも、もしかして……これが運命なのかなって……そう思った途端に松利ちゃんといい雰囲気になっちゃって、ああ、私じゃなかったのかもって悲しくなって……でも、私の中では満月くんの存在がどんどん大きくなってて……いつのまにか琴ちゃんも参戦してるし、けど、二人とも好きになっちゃうのも分かるし……私だって諦めきれないし……だから、三人で一緒に好きになってもいいよねって分かり合えたと思ったら、満月くんは休学しちゃうし……ええと、なにが言いたいかと言うと……その……」
俺は待った。
亜厂は亜厂なりに色々と悩んでて、それは此川さんも、御倉も、それぞれに葛藤がきっとあるはずで……今、亜厂は今まで言えずにいた想いをどうにか形にしようとしているのだと思ったからだ。
「満月くんが好きです……」
最初は気の迷い。吊り橋効果なのかもしれない。
それを亜厂は亜厂なりに、一生懸命、自分の想いが育っていく様を赤裸々に語ってくれた。
俺は正直、御倉も此川さんも亜厂も、選べないくらい俺の中で大きな存在になっているのを感じる。
真名森先生は恋と愛の違いも分からないだろうからと、いっぱい悩めと言ってくれたが、この悩みは大きすぎる。
それでも、たしかに繋がることで理解が深まる。
俺たちは愛し合っているのだった。
それは、俺と三人が、というだけではなく。
四人がそれぞれに愛情を持って接している。
「だから、私と、私たちともっとお話して……」
「分かった。もう勝手に消えたりしないから……」
「うん……」
繋がる。繋がることで分かることと、分からないことがある。
足りない分の埋め方を、亜厂は俺に教えてくれたのだ。
想いは言葉にしなきゃ伝わらない。
多少、支離滅裂なところはあるけれど、それを含めた全部が、きっと『愛』なのかもしれないと思った。
「はぁぁ……みんな、甘酸っぱいわぁ……」
目を開けると、カーテンの隙間から真名森先生が覗いていた。
「うおっ!」
慌てて俺と亜厂は離れて居住まいを正した。
「なんで、見てるんですか!?」
耐えきれなくて、俺は抗議の声を上げる。
カーテンが、シャアアッと開かれる。
「まあまあ……」
言いながら真名森先生が指先の絆創膏を、ペリリと剥がした。
そして、その指を、なおも抗議しようとする俺の口に突っ込んだ。
じわり……血の味が拡がる。
いつも指先を切りつけて『欲望』を発現する真名森先生は、なかなか指先の傷が治る暇がない。
「うふっ……これでみづきくんは私の物!
なんだか、みんなのことを見てたら、交ざりたくなっちゃった!」
「いや、先生……」
突然のことに俺たちは誰もが動揺していた。
『欲望』の支配力とでも言うのだろうか。
真名森先生は特殊タイプで、自分の血を操る。
ソレが俺の中に入った途端、俺の身体の操作が真名森先生中心に切り替わる。
「じゃあ、お勉強ね!」
真名森先生は俺にキスをした。
それも、大人なキスだ。
ぬろん、となって、クチュクチュして、真名森先生の意識が俺と溶け合う。
「せ、先生!」「ダメーっ!」「あ、あかん!」
「ぷはっ……ああ……こんな感じなのね……あれ?
もしかして、軽くくちづけするだけで良かった?」
「はああっ!」「ななな、なに言ってんですか!」「みゃー子ちゃんっ!」
「ん〜、交ざりたくなっちゃったのは本当で〜、せっかくなら、みんなに少し大人の性教育をしようと思ったんだけど……えへ、失敗しちゃった!」
はからずも、真名森先生とも繋がってしまう。
真名森先生の言葉に嘘はないらしい。
俺だけは繋がった時、みんなの意識にアクセスできないが、みんなには共有の意識みたいなモノが生まれるらしい。
これは俺が『ヒルコ』だからかもしれない。
個人、個人との二人の共有意識を俺は個別に四つ持っている感覚で、みんなの中ではひとつの大きな意識と俺との個別チャンネルがある感覚らしい。
俺だけグループチャットに参加できない感覚で、ちょっと悔しい。
「もう、なんでそういうことするんですか!」
御倉は怒っているし、此川さんも同様。
「ホンマやで、私らの気持ち、美也子ちゃんなら知っとるはずやのに……」
「え〜、大丈夫よ、キスなんて減るもんじゃないし。
それに私だけ仲間はずれなんてひどいじゃない」
「…………」
亜厂は放心している。
ひどいめちゃくちゃさ、だった。
でも、みんなとは違うものの、真名森先生の愛情も感じる。
あと、ちょっと大人のキスの衝撃が強すぎて、俺も放心気味だ。
「す、すげぇ……」
「ふふーん、気持ち良かった?」
「ちょ、ちょ、せんせー!」
「ベルゼブブをやっつけたら、個別でみんなもしたら、大丈夫!」
「う……」「あ……」「…………」
三人が三人とも黙る。
「あ〜、想像したんでしょ〜!」
「ち、違……」「そ、そんなんやあらへんから……」「…………」
真名森先生無双だった。
「なんだったら、みんなにも教えてあげよっか、最高のキ・ス……」
真名森先生以外の全員が顔を真っ赤にする。
そうして、俺たちが準備を整えていると、携帯がメッセージの着信を表示した。
それは、新たな『再構築者』が生まれたことを意味するものだった。




