再会の…… 105
「出ていけ……僕の、ナカから……ハルポナーーーっ!!!」
その戦いは高取くんの勝利に終わった。
高取くんの肉体からハルポナの魂が引き剥がされたようにはみ出した。
───食っていいよ、ベリアル……───
俺はベリアルに肉体を譲ろうとする。
───おや、魂の味は日生満月も感じたはずだ。自分で食いたいのではないか?───
───どれだけ美味くても、人間の食事に魂なんてものはない。
人間の領分を超えた欲望なんて、怖くて俺じゃ扱いきれないよ───
───ふむ……高取栄位を見て恐怖を覚えたか……───
───ベリアルは人間を甘やかしたいんだろ?
有難いけど、お断りだ───
───欲望に靡かんな日生満月は……。
なかなかに面白い……───
そう言って、ベリアルは俺になった。
『想波』の鎧が溶けていく。
俺は半壊したヘルメットを投げ捨て、すっかり白くなった髪をかき上げると、舌なめずりをする。
「本来ならば、器ごと喰らうのが本懐というものだが……日生満月の信頼には替えられぬ……」
そう言って俺は魂だけになったハルポナを掴むと、一気に啜った。
魂に甘美な調べが流れ込む。
位階が高まる。
しかし、肉のない魂の半分ほどは輪廻の輪の中へと逃げてしまう。
半分も喰らえば、数百年は輪廻の輪から出て来られない。
意趣返しには充分とも言える。
ある程度の満足を得た俺は、他のことなど興味の外というように、肉体の操作権を俺に返した。
少しだけ、ハルポナの魂の味を頭の中で反芻しつつも、自分ひとりで成し遂げたことの大きさに、込み上げて来るものがある。
最後はベリアルの力を使いはしたが、イニシエーションを通して、ベリアルと俺の魂は双子の兄弟のように通じてしまった。
ベリアルからすると、また感覚は違うのかもしれないが、俺の中のベリアルは俺の力の一部なのだとようやく認められるようになった。
もう、簡単には離れられない。
高取くんもこんな気持ちだったのだろう。
ハルポナと決別した高取くんは、半身を失ったような空虚な顔をして空を見つめていた。
信頼以上の繋がり、血を分けた双子の片割れから裏切られ、自ら拒絶して輪廻の輪に戻したのだ。
高取くんの気持ちは察して余りある。
それをそうなるように仕向け、実行した俺は、高取くんに掛ける言葉を持たない。
ここからは班長たちに任せるべきだろう。
俺は高取くんから目を逸らした。
その瞬間だった。
背後から何者かに腰をロックされる。
「ひ〜な〜せ〜さ〜ん!」
そのやけに明るい声は、御倉のものだった。
「見つけました!
もう離しませんよ!」
俺は自分の顔を手で隠す。
ヘルメットは壊れたのだった。
腰に巻きついた細腕は、想像以上に強く、俺には振りほどけそうになかった。
「なに顔隠してんですか?
こっち見てくださいよ!」
今さらどんな顔で見ろというのか。
DDとして、一人前になったら、せめてもう一度だけ、皆の前に顔を出して、謝りたいと思っていたが、急すぎる。
今、ベリアルを自分の一部と認められて、ようやく、ひとりの力で『再構築者』に対処できたと思えるようになったばかりだ。
どう謝ろうとか、今後の身の振り方とか、まだ何もない。
だが、御倉の手を振り払うことはできない。
周囲ではサイレンが鳴り響き、緊急車両のドアから人々が出てくる音がけたたましい。
「ひ〜な〜せ〜さ〜ん!
顔、見せてくださいよ〜!」
なんで楽しげに俺の名前を呼ぶのか。
理由を必死に探していると、俺の右腕と左腕が二人掛りで引き剥がされた。
正面には泣きそうな顔で怒っている此川さんと、目に涙を貯めた亜厂が立っていた。
腕の力が抜ける。
もう応援が着く時間が経っていたのだろう。
理由は分かるが、訳が分からなくなった俺は、くしゃりと顔が歪む。
謝らなくちゃ、と思うが、何を言うべきか分からない。
と、此川さんと亜厂が、同時に俺の胸に飛び込んで来た。
「バカ、バカ、バカ、バカ!」
此川さんから、安心したような呪詛の言葉を吐きかけられる。
「う〜〜〜、う〜〜〜……」
亜厂は声もなく、俺の胸に頭を擦りつけて来る。
俺は、ぽつりと呟いた。
「ごめん……」
三人の腕が俺を封じるようにスクラムして、俺は泣きながら、とにかく、出た言葉は意味の分からない謝罪ひとつで、明るく名前を呼ぶ声と、安心したような呪詛と、何かを堪える唸り声の中、どうにもならない感情を涙ながらに零すのだった。




