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抗う高取《たかとり》栄位《えいい》 104


 高取くんとの対話は、最初に出た矛盾を指摘するところから始める。

 高取くんは、「天使の力は、瀬尾さんを困らせるやつにしか使わない」と言ったが、俺や砂藤さとう班長に直接、水晶のつぶてを放っている。

 そこは矛盾として感じていたところだ。


「……それは、僕の愛の天使としての使命を邪魔したから……」


 やはり、と思う。

 俺は間髪入れずに問題提起する。


「つまり、使命の邪魔をする相手には攻撃してもいいと思っている?」


「仕方ないだろ、降りかかる火の粉は自分で払うしかない」


「だとしたら、いつか同じ理由で高取くんをいじめていたやつらに力を振るうようになるよな?

 高取が邪魔だと感じれば、攻撃してもいいことになる」


「違う!」


「降りかかる火の粉は自分で払うんだろ?

 高取くんの言う使命の邪魔になると判断したら、君を罵ったやつらは全員、敵だ」


 俺は静かに反論を制した。


「うっ……」


「それから、君が瀬尾さんの盗聴をしていると本人が知ったら、どうする?」


「や、やめろ!」


 高取くんが指先を俺に向ける。


「ほら、攻撃するんだろ?」


「ち、違う……あれは咲希を取り巻く環境を知るために必要な行為だった……」


「でも、本人に知られたら嫌われると思ってる。

 だとしたら、高取くんの想いは叶わない。

 咲希さんの楽園には、君というストーカーがいる」


「好きあっていれば問題ない!」


「でも、盗聴行為をバラされたら嫌われるんだろ?

 咲希さんが君に好意を持っていて、君も咲希さんに好意を持っている。

 好きあっていれば問題ないなら、バラされても揺らがないはずだ。

 つまり、咲希さんが君に好意を持っているというのは、君の感想に過ぎない」


「き、教科書を一緒に見て、ハンカチを貸してくれて、エールを送って来たんだぞ!」


「幼なじみとしての可能性は?

 そもそも、盗聴していたなら、咲希さんの口から君への好意が語られたことはあるのか?

 俺たちの年代なら恋バナすることくらい、あるだろ」


「ある。はっきり名前は言わなかったけど、あれは僕のことだ」


「あるのか。なんて言ってた?」


「言わない。どうせ、言葉じりを捕まえて否定するんだろ、信じる気のないやつに何を言っても無駄だ!」


「ああ、そうだよ。

 高取くん、自分の考えが間違っているかもしれないと思ったことは?

 俺は周りの人間に気付かせてもらうまで、疑いもしなかった。

 そして、それまでの間違った行いのせいで、今も苦しんでる……。

 ぶっちゃけると、君も苦しんで責任を取り続ける人生を歩めばいいと思ってる」


「は?」


「だって、そうだろ。

 君は自分でさえ信じていない相思相愛の夢を見て、愛という大義名分の元に人を殺してる。

 何より許せないのは、咲希さんの気持ちを一切、省みていないことだ。

 はっきり言う。

 君は間違っている!」


「な、なんでそんなこと……」


「俺も聞いていたからだ。

 瀬尾咲希さんは、○○南駅前の午後イチカレー店、店長殺害、○○駅構内トイレでの塾講師殺害、○△駅近郊公園での高校生殺害の犯人候補として監視されていた。

 その過程の中で、彼女が恐怖から他人の悪口を言えなくなったのを聞いた」


「犯人候補!?

 違う、あれは僕が……」


「恐怖で縛られた状態の彼女が幸福だとはとても言えないだろ。

 それを作ったのは、高取くん、君だ。

 話ができるのなら、それを諭してやるだけで済んだはずだ。

 なのに、君は間違えた。

 他人の心は操れない。そこに目を瞑って、行動だけを縛ったんだ」


「心は操れない……ああ、そうか……僕は咲希を操ろうと……でも、違うんだ。

 操るつもりなんかなかった……咲希の憂いを取り除くためだったのに……」


「いつのまにか、瀬尾さんを自分が望む方向に誘導しようとしていた?」


「うっ……そ、そうだ……」


「そもそも、楽園だとか、愛の天使だとか、本当にそれが高取くんの望みなのか?」


 俺の言葉に、高取くんは、ハッと顔を上げた。


「ハルポナ……僕を……」


 操っていたのだろう。人の心を本気で操ろうとするなら、洗脳だとか、催眠だとか、そういう言葉のマイナス面が思い浮かぶ。

 三千年も生きた天使ならば、そういう手練手管も持っているのだろう。


 高取くんの顔つきが途端に尊大なものに変わる。


「ようやく、神の使徒たる者が誕生しようとしていたというのに、甘言を用いて、戯れ言をほざくとは……許し難し!」


「ハルポナか!」


 ハルポナが指先を俺へと向ける。

 俺は身構えるが、ハルポナから水晶のつぶては飛んで来ない。


うつわが……我に逆らうか……」


 はたから見れば、高取くんがひとりで葛藤しているだけに見えるが、おそらく、これは身体の主導権の奪い合いが起きているのだろう。

 そして、ベリアルの知識をインストールされた結果、ほとんどの知識は零れ落ちてしまったが、俺には残された知識によって『封印』以外の道が見えていた。


「高取くん、ハルポナを否定しろ!

 頭のてっぺんから足のつま先まで、高取くんの魂で満たすんだ!

 ハルポナに細胞ひとつの操作すら許すな!

 そうすれば、ハルポナを肉体から追い出せる!」


 元来、肉体の主導権は宿主にある。

 これは揺るがない事実だ。

 そして、『再構築者(リビルダー)』は肉体にとって借家人のような存在なのだ。

 『再構築者(リビルダー)』は肉体を借りているだけなので、宿主が望めば、借家人は追い出されてしまうしかない。

 ただし、これは魂の存在を理解していないとできない。


 人間には魂が感知できず、また自身の魂を操る術を知らないゆえに、借家人は肉体という住まいを好き勝手改造して、やがては自分が大家であるかのように振る舞う。


 しかし、俺とベリアル、高取くんとハルポナのようなレアケースは違う。

 実際のところ、ベリアルとハルポナは肉体の乗っ取りに失敗しているのだ。

 失敗しているから俺や高取くんの強い意向に逆らえず、機嫌を取りながらやっていくしかないのだ。


 そんな中で、俺や高取くんに魂の扱い方を教えることになる知識のインストールというのは、ベリアルやハルポナにとってはかなりの賭けになる。

 それが信頼から来ているのか、それとも、それを教えてさえ尚、覆せるだけの自信があるのかは分からないが、俺や高取くんは偶然に偶然が重なった上のラッキーボーイだと言える。


 推測だけで言うなら、高取くんは洗脳完了間近、ハルポナにとっては、知識をインストールして高取くんが自身の行動で取り返しのつかないところまで進んでしまうのが望みだったのかもしれない。

 もう、戻れないところまで進んでしまえば、完全に洗脳が完了したことだろう。


 ただ、高取くんは愛の天使になる直前で、俺の説得に耳を貸してくれた。

 だから、今ならハルポナを追い出せるはずなのだ。


「も、う……信じられる、わけ、ないだろ……」


「なぜ拒む? 咲希の愛はもうすぐ手に入るのだ!」


「ダメ、だ……咲希に怖がられて……ボクは……」


 一番最初の想い。それを楽園や愛の天使という言葉で歪められた高取くんだったが、ありのままの自分を見てもらえるだけで、救われていた自分というのを思い出して、呪縛から抜け出した高取くんは、必死に戦うのだった。



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