愛の天使 102
ハルポナがいきなり背を見せて走り出す。
「待て!」
俺は声を上げて、それを追おうとした瞬間、ハルポナは振り向いて水晶のつぶてを放った。
俺は咄嗟に腕を上げて、その水晶を払う。
爆発。俺の体内に潜り込めなかった水晶が中空で音もなく爆発した。
『想波』の鎧が軋みを上げながらも、俺を守った。
だが、その衝撃波はどうにもできない。
俺は無様に地面に転がった。
「通らぬか……」
ハルポナはそう言って、俺に向けてもう一度、水晶のつぶてを放つ。
俺はそれを転がりながら避け、途中で背中の『想波噴射』を起動、無理やり体勢を立て直す。
「それじゃダメだ! 俺のやり方を見てろ!」
ハルポナの口調が急に変わる。
「まさか……高取栄位か?」
俺は低く聞いた。驚きが抑えきれない。
「監視してたのはお前か、ヒーロー?
テラの戦士とかいう神の使命を邪魔する奴がいるとは聞いていたが……もしかして警察なのか?」
ハルポナの威圧感は消えたが、代わりに得体の知れない陰湿さのようなものが感じられる。
身体の開き具合とでも言うべきか、ハルポナが自信ありげな立ち姿だったのに対して、推定、高取くんは肩を落とし、俯きがちで、暗い印象が拭えない。
「お前、リビルダーに取り憑かれるってのが、どういうことか分かってるのか?」
俺は聞いた。
「ああ、知ってる……俺は天使になるんだ……愛の天使さ……咲希の悩みを全て取り除いて、この世界に小さな楽園を築く……そのためだけの、僕は愛の天使……」
「は……? お前、何言ってんだ?」
「別に理解は求めてないよ……ふっ……ひひっ……知らないだろうが、事実、彼女は変わり始めている……誰かに悪態をつくことを悪とし、元の清らかさを取り戻しつつある……いつの日か、自身が大いなる神の愛に包まれていると知った時、その時こそ彼女は僕への愛に気付くだろう……」
あれは……あれは違うと思う。
瀬尾さんはたしかに誰かの悪口を言うのを嫌がった。
でも、その根本にあるのは恐怖だ。
その恐怖の先にいる高取栄位という人間への愛に気付く?
俺は、ゾッとした。
「高取くん……それは違うだろ!」
言った瞬間、高取くんは水晶のつぶてを放った。
それは俺に向けてではなく、俺の背後にいる浮浪者のおじさんに向けてで、虚をつかれた俺は一瞬、遅れる。
打ち落とすのは間に合わない。
『想波噴射』でおじさんの前に回る。
爆発。鎧の表面で起きた爆発の衝撃が内部の俺を叩く。
「ぐっ……」
「馴れ馴れしく呼ぶなよ……何も知らないくせに」
高取くんは苦々しく吐き捨てるように言った。それから、おそらくはハルポナに向けて。
「ほらな。ヒーロー気取りのやつだ。この遅い弾を当てるにはコツがあるんだよ!」
「くっ……」
俺はなんとか顔を上げる。
すると、浮浪者のおじさんは逃げる風でもなく。
「おう、あんちゃん、大丈夫か?」
「に、逃げて下さい……」
「うるせえな、ここは俺の寝床だ!
絶対、どかねえぞ!」
カツン! 石が飛んで来る。
「狙われてるんだよ! 逃げろ!」
俺はつい声を荒らげる。
「これ以上、逃げる場所なんてねえよ!
バカかお前!」
分からない。分からないなりに、このおじさんは死んでもどかないというのは分かった。
さらに水晶のつぶてが飛んで来る。
腕を十字に、前に出て、爆発を身体で止める。
吹き飛ばされる。
「また、当たった……くふっ……バカだな、ヒーロー?」
高取くんが暗く笑う。
俺の鎧は、俺の『想波』を取り出して機械的に固めたものだ。
他のDDみたいに柔軟に俺を保護してくれたりしない。
だから、鎧が無事でも、中の俺に来る衝撃波は充分に俺を壊しに来る。
また、この鎧には弱点があって、関節部分は脆い。
細かく砕けた水晶の粒が爆発の衝撃で当たれば、簡単に割れて俺を傷付ける。
高取くんは浮浪者のおじさんに水晶のつぶてを向けているだけで、俺はその度に爆発に身を晒すことになる。
体勢が整わないため、水晶のつぶてを打ち払えず、ひたすらに身体を盾にするしかなかった。
「硬いな、ヒーロー……」
でも、高取くんから放たれる水晶のつぶては永遠を思わせるように、出続けるのだった。




