監視されるパーカー男 100
砂藤班長の言う通り、情報からパーカー男の身元はすぐ割れた。
高取栄位。瀬尾さんの幼なじみで、学校の一年生だ。学校に来るのは週に一、二度という半登校拒否状態。近所では有名な不審者として知られていた。
砂藤班長が見つけた時は、そのものずばり、瀬尾さんを盗聴していたようで、幼なじみということもあり、半ばストーカー化している状態らしい。
そのくせ、瀬尾さんが学校に通っている時は、ストーカーはしておらず、本人は休みがちという、なんとも半端な性根をしているようだった。
だが、その性根のせいで今まで俺たちDDの追及から逃れていたと思うと、捜査における詰めの甘さを思い知らされる。
唯一の救いは、毎日学校に来て異世界からのエネルギーを貯め込んでいる想定でいたが、学校に来る回数が少ないのならば、それだけ貯め込んだエネルギーも少ないはずだ。
異世界からのエネルギーは、『再構築者』の変異を進めるために使われる。
自らの魂を削って、無理やり変異を進める『再構築者』もいるが、それはかなりリスキーな行動と言える。
ベリアル曰く、魂を削るのは千年を無駄にする愚か者なんだそうだ。
異世界に生きる者は、俺たちよりもよほど長命だが、魂を削ることで寿命は減り、記憶もその分失う。
来世では、削った魂の分だけ位階が下がる、と負のスパイラルが待っているらしい。
このことから分かるのは、『再構築者』は死んだら生まれ変わるが、その記憶のほとんどを維持したままだということだ。
位階、というのはよく分からないが、それが地位や寿命に関係することらしいことは、ベリアルの言葉からなんとなく読み取れた。
そんな人間の肉体を異世界のものに作り変えてしまう変異は、進めば進むほど異世界のものに近づいてしまう。
俺はベリアルが変異を止めているから、五感の変化と魔力器官が備わった程度で済んでいるが、人外化してしまう場合もある。
探れるのなら高取くんの変異具合を探りたいところだった。
俺は『想波防御』も周囲の何かを操る力も無い。
高取くんにどんな力が備わっているのか、それを知らないと、俺なんかは怖くて戦えない。
砂藤班長の勧めで、遠隔ドローンを使って高取くんを監視する。
家の中での高取くんは、引きこもりがちだが、普通の高校生に見える。
朝、寝ぼけまなこをこすりながらカーテンを開け、携帯を弄る。
親に呼ばれたのか、面倒そうに返事をしている。
部屋を出て、朝食をもそもそと済ませ、洗面台に立つ。
ゆっくりとした朝の時間。
部屋に戻り、制服を着て、携帯を見ながら出掛ける。
今日は学校に行くつもりだろうか。
そう思ったが、駅のトイレに入って、出てきた時は私服に着替えていた。
そして、繁華街で遊ぶ訳ではなく、□△駅で降りて、歩いて向かったのは、『TS研究所』でチェック済みの異世界からのエネルギーが少しだけ漏れ出る場所、『綻び』だった。
ここの『綻び』は前にベルゼブブの蝿を駆除した場所だ。
高取くんの動きを見る限り、最初からここに向かったというよりは、迷いながら、五感をヒントに辿り着いたという感じだった。
見た目からは、散歩の学生が少し遠くまで冒険してみたという程度にしか見えない。
少しずつこうやって異世界のエネルギーを貯めているようだ。
学校よりもエネルギーの貯まりは悪いだろうが、現実的な行動だ。
その割りには、見た目の変化が少ないのは気になるが、こうやって人気の少ない場所に出歩くのなら、学校に来る日を待たずとも、封印に持ち込める。
砂藤班長が春日部隊長に状況説明をして、作戦を立て始めた。
引き続き、高取くんを監視していると、夜には瀬尾さんの盗聴に出かけた。
取り憑かれる前からの趣味のようだ。
学校に行っている時間は、『綻び』を見つけて異世界からのエネルギーを貯め、それ以外は取り憑かれる前のままの行動をする。
そうやって、周囲に溶け込んでいるらしい。
『再構築者』を見つけたのはいいが、高取くんと被害者たちに直接の関係はなかった。
関係があったのは、瀬尾さんだ。
盗聴した音声からは瀬尾さんが友達と二人で話す声が聞こえる。
どうやら、友達が泊まりにでも来ているようだ。
「……そういえば、咲希に言い寄ってた三年の太原、学校来なくなったみたいよ」
「え? やめて、やめて。
なんか怖いよ……」
「ああ、咲希が悪く言った人が次々に死んじゃうってやつ?」
「う……なんか分かんないけど、私のせいなのかなって……」
「自意識過剰じゃない?
バイト先の店長って横暴でよくお客さんとトラブル起こしてたって言うし、塾の先生もパワハラで有名なんでしょ。
咲希じゃなくても、恨んでる人とかいっぱいいるだろうし、たまたまだって!」
「そんな、恨んでなんか……」
「ああ、ムカついてる、ね!
あ、そういえばさぁ、アイツはどうなったの? ほら、駅前の浮浪者。
ちょっと目が合ったとかで、石投げて来たんでしょ。ムカつくよね〜」
「そりゃ、変な人とは思ったけど、もうあんまり他人のこと悪く言いたくないから……」
「今日も駅前で寝てたんでしょ。それで、別に死んでない。ほら、前に、マジ死んで〜って言ってたのに生きてるんだから、別に咲希のせいじゃないって〜」
「う、うん……」
瀬尾さんは連続変死事件に思うところがあるようだ。
バイト先の上司や塾の講師にムカつくことくらい、よくあることではあるが、それが連続で変死したとなれば、自分の周りで何かが起こっていると考えても不思議ではない。
盗聴が悪いことだと分かっていても、同じものを高取くんも聞いているはずなのだ。
そう思いながら、ドローンで監視している高取くんの方へ目を向けると、高取くんは自転車で走り出すところだった。
「どこへ行くつもだ?
家に帰る方向じゃないぞ……」
砂藤班長の言葉に、俺は嫌な予感が止まらないのだった。




