第98話 気付き
いつも読んで下さり有難うございます!
「ほれ、来んならこっちから行くぞ」
「──ッ!」
「良い反応じゃ!反応というよりは反射に近いの!よほど学習能力が高いと見える!」
何とか躱せた。だがしかし、決して見えていたからではない。初めて会った時にモロに喰らった攻撃だったからだ。更に言えば、1000倍という規格外のボーナスがあるが故に、考えるよりも前に体が動いてくれただけだ。
「動きが殆ど見えない……」
「あぁ?そりゃおかしいだろ。確かにあのババアの動きはエゲツねェが、線で捉えるくらいはできんだろ。まがりなりにもこのオレと殴り合えるんだ」
「え?何言ってるんですか。ピピさんはヘラさんなんかより段違いに速く──ちょっと!何するんですか!!」
「ホラ、避けられるじゃねェか」
コイツ、たったそれだけの事実を示すために殴りかかってきたのか?あんなに魔力を込めて?なんて嬉しくない信頼なんだ。
「む、確かにおかしいの」
「ピピさんまで!?」
「お主、気付いておらんのか?今しがた避けた攻撃に関しては、しっかり反応して避けておったではないか」
「そりゃあ見えていますからね、避けられますよ。ですが、ピピさんの動きは見えません。もう少し詳しく言えば、なんというか、狐につままれた様な感じになるんです」
同じ内容をヘラにも伝える。翻訳作業が地味に面倒くさい。
「……オマエ、寝ぼけてんのか?」
心の底から呆れた顔で俺を見るヘラ。状況的に2対1だ。多数決で考えると俺の方がおかしいことになる。がしかし、全然納得いかない。
「んん~、ちっとばかし困ったの。……娘っ子、取り敢えず我が輩にかかってきてくれんかの。それで、お主は一旦傍から観察するといい。何か分かるやもしれん」
ふむ、良いアイデアだ。2人の主張によればそこまで大差は無いのに、見え方に大きな違いがある。その原因が掴めるかもしれない。傍目八目ではないが、そういう視点は悪くない。
ヘラにピピさんの言葉を伝えると、凶悪な笑みを浮かべて「いいねェ」と腕まくりを始めた。願ってもない申し出だったようだ。
「じゃあ、僕は観戦に回ります」
「うむ、それでは娘っ子よ、かかって──」
「先手必勝ォ!」
うわ、シンプルに汚い。視線をこちらに向けていたピピさんに遠慮もへったくれもない動きだ。……或いは、それだけ相手を格上だと認識している、とも言えるのか。
「威勢だけは一人前じゃな」
「だぁぁあクソ!何で当たんねェんだよ!」
「娘っ子は正直過ぎるからのぉ」
「ヘラさん!正直過ぎる、だそうです!」
「あァん!?クソ程フェイント入れてんだろーが!!」
「なっはっは!あんなものはフェイントとは呼べんよ」
「あんなのはフェイントに入らないらしい!」
「んだとォ!?」
「僕にキレないでくださいよ!」
「揺さぶりというのはな……、こうするんじゃ」
「なっ──」
「……あ」
いとも簡単に、赤子の手をひねるかの如く転がされるヘラ。その一部始終を離れた位置から見ていたお陰で、戦闘に意識を削がず全身全霊で観察に注力したお陰で、やっと分かった。
「ありがとうございます、ピピさん、ヘラさん」
「あァ?何に対する礼だよ」
「流石は天与の才。今ので理解できたのか?」
全くもって初歩的というか、根本的な問題だった。俺にとってはとっくの昔に当たり前になっていて、それ故に完璧に思考の外だった。
「僕は、お2人の身体の動きを殆ど見ていなかったんです」
「ハァ?その歳でボケちまったのか?」
「……なるほどのぉ。盲点じゃったな。というより、“普通”ならそうはならんのじゃがな」
全筋は案の定だが、ピピさんは今の言葉だけでピンと来たらしい。この人もこの人で十分過ぎるくらいに天才だよな。俺なんかよりずっとずっと本物だ。
「コバヤシ、ちょっと来てくれ」
「え、あ、はい」
急に神妙な面持ちになって、ヘラのヤツ、どうかしたんだろうか。それに“来てくれ”だなんて柄にもない、お願いベースの言い方なんて。
「どうかなさったんで──いっだ!!」
コイツ!ガチの拳骨してきやがった!!“ストレングス”がギリギリ間に合ってこの痛さだ。頭がカチ割れていた未来があってもおかしくないぞ!
「次その目で見たら問答無用でぶん殴るって言ったよな?」
「本気で、とは言ってなかったじゃないですか!」
「それだ。オレは今、割かし全力で殴った、殴りかかった。なんならさっきあのババアに詰め寄った時よりも魔力を込めた」
マジで何やってくれてんだよ。頭の中に何味噌が詰まってるんだ。
「だが、反応しやがった。信じ難いことに、拳を振り上げた時点でほぼ防御態勢は出来上がってた。……どういうカラクリだ?」
「言ったじゃないですか、僕はお2人の動作を殆ど見ていないんです」
「だから──」
「代わりに、魔力の流れを見ているんです。僕も今の今まで無意識でした。ヘラさん、今朝言われていましたよね。貴様はもう少し魔力感知を鍛えた方が良い、って」
「オイオイ、ナメてんのか?魔力の流れくらい気にしてるっての。戦闘において初歩の初歩だろんなもん」
「コバヤシよ、この娘っ子は何と言っておる?」
おっとマズい、蚊帳の外にしていまっていた。軽く謝罪を入れた後、これまでの会話内容を伝える。
「なっはっは!その通り!そうじゃ。娘っ子は気にしているだけ、意識の片隅にあるだけ。要するに──見ていないも同然じゃ。一方で、こやつは違う。相手の一挙手一投足、全身のつま先から頭の先に至るまで、余すところなく魔力の流れを見ておる。こやつの観察眼は、娘っ子の言う初歩の初歩を究極の域にまで練り上げておるのじゃ」
その言葉を、そっくりそのままヘラにも伝える。
「ハッ!じゃあババアはその上をいく魔力制御ができるってことかよ」
息まくヘラを見て、こちらが言わずとも何を言ったのか察しがついたらしく、ピピさんは応える。
「いんや、違うな。我が輩の制御技術はそこそこじゃ。お主よりはマシじゃが、ハーフエルフの娘っ子には劣るくらいじゃな」
首を振ったピピさんを見て、更に熱くなるヘラ。
「あァ!?じゃあなんでコイツはババアの攻撃を避けられねェんだよ!理屈に合わねェだろ!」
相変わらず沸点の低いヤツだな。暴れ出すのも秒読みといった感じだ。とっとと正解を教えてやらねば。ピピさんも存外意地悪だな。
「筋肉の動きですよ」
「筋肉の動きだァ?」
「そうです。ヘラさんは魔力の流れも、筋肉の動きも素直です。だから、片方が十分に見えていれば僕でも対処できます。──ですがピピさんは、魔力の動きと筋肉の動きの間にも高度なフェイントを入れているんです。そのちぐはぐさのせいで、いつ動き出すのか、動き出した後にどう攻めてくるのか、一気に読めなくなるんです」
「一言でまとめてしまえば、今まで魔法に頼り切った戦い方をしてきた“ツケ”じゃな。お主の持ち物に剣があったが、最後に抜いたのはいつじゃ?まったく、あれでは武器が不憫じゃわい」
「返す言葉もございません……」
「おい、ババア」
「なんじゃ、娘っ子」
「オレは、もっと強くなれるってことだな?」
真っ直ぐな問いを、ピピさんに伝える。
「なっはっは!──思い上がるな。お主の様な小娘、伸びしろしかないわ」
最早言葉は不要と判断しらしい。今日一番の構えを見せるヘラ。
「じゃあ、やろうぜ?」
「お願いします、ピピさん」
やっと見つけた伸びしろだ。もうダメかもしれないと諦めかけていたが、ピピさんに出会えて良かった。俺はまだ、強くなれる。
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